上 下
16 / 52

暗転

しおりを挟む
「それにしても……」

「?」

「面白そう、と顔に出てらっしゃる」

「あら、お気づき?」

 そう。私は驚きこそしたものの、恐怖感は感じていなかったのだ。むしろ、不思議な力を目の当たりにして、興味が湧いていたのだった。

 その興味というのは、‘‘親近感‘‘とも言い換えられるのだろう。

「パニックになって逃げ出す方もおりますのに、さすが妃殿下、とても落ち着いていらっしゃる。もしかして、こういった術を使える方が身近にいらっしゃったのですか?」

「まさか。人より少しだけ、好奇心が強いだけよ」

 ローレンスに鋭い質問を投げかけられたものの、私はただ笑顔を返したのだった。

 そして、占いに使った道具の後片付けをしたところで、彼は本題を切り出した。

「では改めまして、今回のご相談ごとというのをお聞かせいただけますか?」

「ええ。相談という程ではないんだけど……結婚相手と同じで、リュドミラでは子作りの日にちも占いで決めるの?」

「なっ!?」

 ローレンスはよほど驚いたのか、言葉を失っているようだった。あえて気になることを単刀直入に言ったのだけれど、どうやらもう少し婉曲的な言い方をすべきだったようだ。

「い、いえ……その、たしかに、妊娠しやすい日取りを占うことは可能ですが、占いにより日にちを決定するということは、一切しておりません。あくまでそれは、ご夫婦でのタイミングで、と言いますか」

 私とは対照的に上品な言い回しで、彼はそう答えてくれた。質問に対しての回答としては十分だけれども、それを聞いて、私の困惑は増すばかりであった。

「……そう」

 ヴィルヘルムは、まだ子を成す時ではないと思っているのかもしれない。しかし私に残された時間は、ごく僅かである。悠長なことは言っていられない。

(一体、どうすれば……)

「妃殿下、いかがなさいましたか?」

「え、あっ……大丈夫よ、何でもないわ」

 慌てて首を振ったものの、私の気持ちはすっかり沈んでいた。そんな私の心の内を知ってか知らずか、ローレンスは意外な言葉を口にしたのだった。

「占いは人を導くためにあるものであり、人を縛るものではないので、どうかご安心ください」

「え……?」

「番占いについては、魔力を継承するという目的を果たすためのものなので、例外にはなりますが……それでも占いにより結ばれたお二人を、幸せな方向に導けるものであると、私は信じております」

「……」

「ただ、‘‘番’’占いという名称であるがゆえに、獣のように野蛮なものだと勘違いされる方も国外にはおられるようですが。だから私は、あまりその呼び名は使いません」

「え?」

「番占いには実はもう一つ、別の呼び名があるのですよ」

 そこまでローレンスが言ったところで、急に咳気が込み上げてきたのだった。

「げほっ、……っ、げほっ、げほっ!」

 私は慌てて、ハンカチで口元を抑えた。当然、ハンカチの裏側はすぐに血まみれになってしまったのだった。

 今まで、吐血を伴う咳は多くとも数日に一度であった。今日は明け方に咳き込んでいたので、私は完全に油断していたのだった。

(何だか急に、咳き込む周期が短くなってる……?)

 しかし体調が芳しくないことは、誰にも知られてはならない。不健康な女を嫁に寄越したと言って、怒りの矛先が兄上たちに向かってしまうのが目に見えているからだ。

「ごめんなさいね……っ、少しむせただけだから気にしないでちょうだい。……っ、今日はありがとう」

「よろしければ、メイドを一人呼びましょうか? おひとりで歩かれるのは心配ですので」

「大丈夫よ。じゃあ、失礼するわ」

 血がハンカチを染め上げる前に私は立ち上がり、私はローレンスを振り切って部屋を出た。しかしそれでも、激しい咳は止まらなかった。

「っ、げほっ、げほっ……っ、う」

 とうとうハンカチでは抑えられなくなり、吐き出した血はドレスまでもを汚していった。

「げほっ、げほっ、げほっ!!」

 内心慌てるものの、咳が続くせいで考えることすらままならない。とうとう私は、その場にうずくまってしまったのだった。

(……とりあえず、誰にも見られずに衣装部屋まで戻らなきゃ)

 そう思って立ち上がろうとした瞬間、視界が急にぐらついた。

 私は床に倒れ込み、そのまま意識を失ったのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

嫌われ女騎士は塩対応だった堅物騎士様と蜜愛中! 愚者の花道

Canaan
恋愛
旧題:愚者の花道 周囲からの風当たりは強いが、逞しく生きている平民あがりの女騎士ヘザー。ある時、とんでもない痴態を高慢エリート男ヒューイに目撃されてしまう。しかも、新しい配属先には自分の上官としてそのヒューイがいた……。 女子力低い残念ヒロインが、超感じ悪い堅物男の調子をだんだん狂わせていくお話。 ※シリーズ「愚者たちの物語 その2」※

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~

雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」 夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。 そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。 全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

処理中です...