リュドミラの恋占い~身代わりの花嫁は国王陛下の番となる~

二階堂まや

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始まらない夫婦生活

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 母上が本に書き記した‘‘恋人’’を見つけなさい、というのは、楽しみを見つけなさいという意味であった。辛い時でも、何か一つ心の支えとなるものがあれば、きっと耐えられる。母はそう考えたのだろう。

 ちなみに母上は、テルクスタでは貿易により上質な糸が手に入るため、嫁いでからは刺繍を‘‘恋人’’としていたらしい。今でもテルクスタの宮殿には、母が作ったコースターなどが数多く残っている。

「沢山いただいたから、そのまま食べるだけじゃもったいないわね」

 入浴後、私は松の実を使ったレシピ本を、寝室のデスクで読みふけっていた。

 どうやら松の実は、リュドミラでも庶民に親しまれている食材のようで、いろんな料理やお菓子に使えるらしい。それも、地域によって本当に様々である。ならば、全部食べてみたいと思わずにはいられなかった。

「松の実のサブレとかマフィンとか、美味しそうね。これくらいなら、シェフに頼んだら作ってもらえるかしら」

「何を真剣に読んでるんだ?」

「!?」

 後ろから急に声をかけられ、私は反射的に飛び上がった。振り向くと、いつの間にかヴィルヘルムが背後に立っていたのだった。

「ノックして返事がなかったから勝手に入ってきたが、驚かせて悪かったな」

「ヴ、ヴィルヘルム様……っ、本日もご公務、お疲れ様でございました」

「ああ」

 慌てて本を閉じ、私はヴィルヘルムに軽く頭を下げた。

「夕食のあと、やたら松の実を食べていたとエマから聞いたが……どうしたんだ?」

 ヴィルヘルムは、訝しげに私を見つめていた。背の高い彼がそんな顔で私を見下ろす姿は、威圧感たっぷりであった。

 私の予定はお茶会だけだったが、彼は一日中公務をこなしていた。彼の公務が長引いたことにより、夕食も別々だったのである。

「あ、えっと……今日のお茶会で松の実を初めて食べたのですが、それがとても美味しくて」

「茶会のメニューで出たのか? 珍しいな」

「え、ええ。お土産でもいただいたので、デザートに食べてましたの」 

 さすがに怪しまれるか、と思ったものの、ヴィルヘルムがそれ以上根掘り葉掘り聞いてくることはなかった。

「ならいいが。ただ……」

「?」

「食べすぎにだけは、注意するように」

「は、はい」

 ふと見ると、ヴィルヘルムの視線は私から机の上に置いていた本に移っていた。それは、レシピ本と一緒に宮殿の書庫から持ってきた画集である。これもヴィルヘルムが来る前に読むつもりだったが、レシピ本に夢中で読めずじまいであった。

「もしかして芸術に、興味があるのか?」

 リュドミラは、芸術の盛んな国でもある。製菓や料理も芸術の一分野とみなされているため、この国のお菓子や料理は見た目も華やかなのである。

「は、はい……あまり詳しくはないのですが」

 昔から美術鑑賞などが好きなので興味があるのは確かだが、難しいことを聞かれても答えられる自信はなかった。だから私は、そう言ってはぐらかしたのだった。

「……そうか」

 そこから会話が広がることはなく、二人の間には沈黙が訪れた。

(……もしかして私、答え方を間違えた?)

 やや気まずさを感じながらも、私はヴィルヘルムと寝台へと向かった。そしてベッドの上に乗ったところで、ヴィルヘルムは意外な言葉を口にしたのだった。

「それはそうと。茶会は問題なく過ごせたか?」

「……え?」

「お前からすればまだ顔見知りもおらず、居心地の良くない会だっただろう?」

 彼は私のことを、密かに心配してくれていたようだった。

 思えば、朝食の席でもヴィルヘルムは、私にお茶会は出席できそうか、と聞いていた。今思えば、それも彼なりの気遣いだったのだろう。

「ふふ、ご心配なく。とっても楽しく過ごせましたわ」

 お茶会で起きたことを胸にしまいつつ、私はただ微笑んで言った。きっと正直に言ってしまったら、彼の負担は増えてしまう。だから、何も言わないことにしたのである。

「ならいい。……ゆっくり休んでくれ」

 ほんの少し喋っただけで、やはり私たちの夜は終わってしまったのだった。

「おやすみ」

「おやすみなさいませ」

(ヴィルヘルム様、よほど公務でお疲れなのかしら?)

 私のことを気にかけてくれているし、彼が悪い人ではないのは明白だ。しかし、子作りが始まる気配は一切なかった。

(私に興味がないというか……触れるのは嫌だ、とか? でも、それはさすがに困るわ。いくら占いで決められた、愛のない結婚だからって……)

 占い。その一言で、私にはある考えが思い浮かんだのだった。

(もしかして、子作りのタイミングも占いで決めるとか?)

 正直、結婚相手すら占いで決めるなら、そうであってもおかしくはない。私にはそう思えたのだった。

(たしか、ヴィルヘルム様の番占いをしたのもローレンス様のはず。彼なら、何か教えてくれるかもしれないわね) 

 そこまで考えた時に鼻を掠めたのは、やはり蜜のような甘い匂い。しかしそれを振り切るように、私は強く目を閉じたのだった。
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