リュドミラの恋占い~身代わりの花嫁は国王陛下の番となる~

二階堂まや

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狼の優しさ

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 私とヴィルヘルムが祭壇の前まで歩いて行くと、ローレンスはテーブルに置かれた蓋付きの大きな箱を開いた。するとそこには、たくさんの指輪が並んでいたのだった。

 金色のもの、銀色のもの、凝った装飾が施されたもの……様々な種類の指輪が何十個も並んでいる様子は、見る者を圧倒するような華やかさであった。

 リュドミラ王室の結婚式では、新郎が新婦のために結婚指輪をその場で選ぶのが伝統である。そしてそれは、ヴィルヘルムが今の時点で私にどんな印象を抱いているのかを知るチャンスでもあった。

 軽い素材のウェディングドレスを選んでいるので、着飾るのが不得意なのは彼の目から見ても明らかだろう。それに、敵国の王女に高価な指輪を与えるとは到底思えない。ならば宝石が何もついていない、一番シンプルな指輪を選ぶのだろうと、私は予想した。

 しかしヴィルヘルムが手に取ったのは、意外な指輪であった。

「お手をどうぞ、こちらへ」

 ヴィルヘルムが私の左薬指にはめたのは、銀色の指輪であった。それは外側には宝石が一つも付いていないものの、ずしりと重く感じられた。

 指輪の表面には、何やら細かい模様が刻まれている。モチーフは分からないものの、私の目には鎖のように見えたのだった。

 テルクスタでは、結婚指輪とウェディングドレスの重さは、新婦がこれから背負う責任の重さであるという諺がある。指輪もドレスも、飾りがたくさん付いた豪華なものを選ぶと、必然的に重くなる。つまりこれは、贅沢したならば、その分結婚後はしっかりと夫を支えていきなさいと花嫁を戒める意味の格言であった。

 しかし私は、チュール素材の軽いドレスを選んだ。それは彼からすれば、「責任を軽くしようとしている」かのように見えたのかもしれない。

(……思えばこのドレス以外は、たくさん飾りが付いた高価なものばかりだったわ。重い指輪を選んだのは、国王の妻であるという責任からは逃げるなってことかしらね)

 指のサイズなどを事前に知らせた訳でもないので、指輪は自分にはブカブカである。不思議に思っていると、ヴィルヘルムが私の指輪に触れたのだった。

「……っ!?」

 すると信じられないことに、指輪が私にぴったりのサイズに縮んだのである。それは恐らく、彼の魔力により起きたことなのだろう。

「これを持ちまして、お二人は正式に夫婦として結ばれました。それでは、今後の幸せな生活を祈り……」

(何だか、贈り物をもらったというよりは……首輪を着けられたような気分だわ)

 そんなことを考えながら、私はローレンスの祈りと祝福の言葉を聞いていたのだった。

+

「右から二列目、前から三番目のお客様のグラスが空になってる。お飲みものをお伺いして来てくれ」

「はい、かしこまりました」

 結婚式を終えたあと、宮殿では夕方から晩餐会が行われた。そして私とヴィルヘルムは、主催者として招待客への‘‘気配り’’に大忙しであった。

 結婚式の主役は新郎新婦だが、晩餐会は招待客を美食でもてなす、言わば「式参加に対するお礼の場」である。つまりは、招待客に楽しんでいってもらえるように、私たちは常に気を配らねばならないのだ。

 招待客たちは、五つの長テーブルに用意された席にそれぞれ座っている。そして私とヴィルヘルムは、お客たちの様子が一目で見渡せるように、少し離れた場所にある席に二人並んで座っていた。

「そ、その……あちらの、蝶々の髪飾りを着けた女性の方、もう少しでグラスのお水がなくなりそうなので、お水の用意をお願いできるかしら?」

「はい、もちろんでございます」

 このように、新郎新婦は招待客が何か困ってないかを常に観察して、必要に応じて使用人に指示を出さねばならないのである。リュドミラ宮殿の使用人たちとは初対面のため、最初は躊躇していたものの、ヴィルヘルムに全て任せる訳にもいかず。私は見よう見まねで、必死に指示出しをしていた。当然ながら、料理を楽しむ余裕なんてない。

「左から三列目、後ろから十一番目のお客様。あまりフォークが進んでないみたいだ。満腹が近いのかもしれないから、次のメニューから量を減らしていくか聞いてみてくれ」

 私とは対照的に、ヴィルヘルムは至って落ち着いていた。こういった場にも慣れているようで、指示も端的でとても分かりやすい。私はパンや飲み物のお代わりぐらいしか指示出しできないのに、彼はもっと細かいところにまで気がつくのだった。そして、自分の分の料理も全てきっちり完食している。

(前から十何番目とか……即座に数えらんないわよ……!)

 ヴィルヘルムの異常とも言える優秀さに気圧されつつも、私はふとあることに気がついた。

 招待客から一人ずつ祝いの言葉を貰う時も、ヴィルヘルムとお客たちの間には妙な緊張感が漂っていた。きっと人々は、‘‘黒狼’’という呼び名に表されているとおり、彼のことを狼のように恐れているのだろう。

 しかし、ヴィルヘルムはと言うと、そんな人々との関わりを嫌がっているようには思えなかった。一匹狼のように群れるのを嫌う孤高の存在なのかと思っていたものの、それは間違いであった。それに彼の招待客たちへの気配りには、事務的でない‘‘思いやり’’が感じられたのだった。

「何か?」

「い、いえ……」

 ヴィルヘルムのほうに目を向けていると、不意に目が合ってしまった。突然のことで、私は首を横に振るのが精一杯であった。

 現状、指示出しに忙しいため、まともな夫婦の会話はできていない。この調子だと、彼と落ち着いて話すのは寝室に行ってからになるだろう。

(とりあえず。この晩餐会のことは、雑談のいい材料になりそうね)

 ワイングラスを傾けるヴィルヘルムの横顔を盗み見ながら、私は心の中で呟いた。
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