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おまけの小話(ドゴール視点)②

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 意外にもエレナとの縁談は、すんなりと進んでいった。顔合わせの回数を重ねても、気性の荒さなど彼女からは微塵も感じなかった。

 多少は猫を被っているのだろうとも思ったが、ルーシアにも優しく接する思いやりのある性格に、私は次第に惹かれていった。エレナも自分のことを気に入ってくれたようで、めでたく夫婦として結ばれることになったのである。

 そして結婚式を終えた私達は、初夜を迎えた訳だが……。

 私は早々に、彼女をベッドの上で泣かせてしまったのである。

「う……っ、ひぐっ……」

「……」

 泣き崩れるエレナを組み敷いた状態で、私はただただ硬直していた。手には、解いたばかりのリボンを握ったままである。

 特別何かをした訳ではない。寝室に入った後、まず二人でベッドに腰掛けた。そして彼女に了解を得た後、ベッドの上に移動して深くキスをした。そこまでは順調だった。

 ……が、ナイトドレスの胸元に結ばれたリボンを解いた途端、エレナが急に泣き出したのである。

 友人や軍の同僚から、初夜は上手くいかないものだとは聞いていた。勃ち上がったソレを目にしてそんなもの入らないと言われたとか、慣らしが足りず繋がった際に痛みで大泣きされただとか、色んな失敗談を耳にした。そして皆口を揃えて、「ことを急ぐな」と私にアドバイスしたのだった。

 だがことを急ぐも何も、始まる前に私は彼女を泣かせてしまった。最早肌を重ねる以前の問題であり、前代未聞である。

 この結婚の決定権は全てエレナ側が握っている。だから、彼女が拒否したら破談になるというのが前提だ。だから夫婦となってある程度月日が経つまで、別れる可能性があるという心づもりでいるように、と両親は自分に言った。

 それでも。

 いつか終わりが来るかもしれない。そう分かっていても、密かにエレナと夫婦となることを心底楽しみにしている自分がいた。それ程に、知らぬ間に彼女への想いを募らしていたのである。

 しかし。エレナとしては、ずっと我慢していたのだろう。そしてここに来て我慢の限界が来たことは、想像に難くなかった。傷だらけの大男に抱かれるなどおぞましいと思われても、よく考えたら仕方が無いことだ。

 拒まれた私が出来るのはただ一つ。この寝室から出ていくこと。その後、夜が明けたら離婚に応じる。それだけだ。

 私は黙ったままナイトドレスの白いリボンを結び直した。そしてエレナの上から退いた後に口を開いた。

「私は別の部屋で寝るから……今日は取り敢えず、ゆっくり休んでくれ」

 しかし私が背を向けようとした矢先、エレナは突然抱きついてきたのである。

「嫌、嫌あああっ!!」

「!? エレナ……っ!?」

 これ以上近寄るなと距離を取られるならまだ分かる。しかし、嫌だと言いながら距離を詰めてくる。彼女もパニックになっているのだろうが、意味がわからず私まですっかり混乱していた。

 薄い布越しに感じる柔らかな胸の感触から意識を逸らしつつ、私はなるべく落ち着いた口調でエレナに問いかけた。

「エレナ、どうしたんだ? 何が嫌なんだ?」

「嫌、嫌、離れていかないで!!」

「……っ」

「嫌だ、離れたくない、でも大好きな貴方にまで嫌われたら……私もう、どうすれば良いか分からない……っ!!」

 その言葉は心の叫びであり、悲鳴であった。そこでふと、自分に彼女との縁談が舞い込んだ経緯が頭をよぎった。

 エレナがグアダルーデの王太子妃選びで破れた理由は、コルセットのボタンが留まらなかったからである。体調を崩しても尚、彼女は減量を止めなかったという。しかし、その血のにじむ様な努力は報われることは無かったのだ。

 花嫁選びが終わってからも、エレナは自らを責め続けた。当然ながら、そんな彼女を家族は放っておくことは出来なかった。しかしグアダルーデにいる以上、‘‘元’’王太子妃候補という肩書きと外見に対する評価は一生ついてまわる。そのため、雑音が聞こえないよう祖国から遠く離れた国に嫁がせることにしたのだという。

 そして自分が選ばれたのは、察するに私が他人の外見にどうこう言える面ではないからなのだ。だから決して、良い理由とは言い難い。

 しかしエレナは今、自分に縋り付いて泣きじゃくっている。そんな彼女を払い除けるなど到底出来る訳が無いし、する気も無い。

「……ううっ、」

 抱き入れるように、華奢な背中の後ろに手を回した。自分のように目に見えた傷は無くとも、きっとこの身体には透明な傷が山ほどに刻まれているのだろう。

「離れることはないし、お前を嫌うこともない。だから、安心してくれ」

「……本当? 本当に?」

「ああ。嘘じゃない」

 その傷が癒えるのかは分からない。しかし夫婦となるならば、傷を撫でるくらいはできるのではなかろうか。ふと、私はそう考えた。

 結局、私達は少しも離れることはなく夜を明かしたのだった。
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