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熊の急襲
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グアダルーデのコルセットは、ボタンを留めた上で更に紐を編み上げる特殊な構造となっている。サイズに余裕があるならば、ボタンを留めてから紐を縛り上げていく。反対にきついサイズならば、紐で身体を絞ってからボタンを留めるのだ。
五段階中の一は、まだまだ余裕といったところだった。腹とコルセットの間に手のひらが二枚入る程の隙間が出来たことは、私を安心させた。
続いて二番目の段は、やや狭まったものの手のひら一枚分の隙間を残すことが出来た。
夢に近づいていくワクワクが苦しみに変わっていったのは、いつからだったのだろう。ウエストを絞りながら、私はふと考えた。
美しい身体を作っていく場合、胸と腰がある程度成長してからコルセットでウエストを絞っていく。豊かな胸と腰も、美しさには必要だからだ。
だが私は、骨盤が人よりも成長しすぎてしまったのである。
骨盤が広いということは、その周りの脂肪を一層減らさねばならないということだ。骨盤を削る手術も検討したものの、傷ができること、そして歩行障害が残る可能性があるために家族から止められたのだった。
両親は無理をしなくて良い、王太子妃になれなくても大事な娘であることに変わりないと何度も私に言った。けれどもそれを無視して、私は夢を叶えるためひたすらに減量を続けた。
しかし。ついにコルセットの一番下のボタンが留まることはなかった。
花嫁選びの際にそれが減点対象となり、私は花嫁の座を逃したのである。そしてアンネリーゼは、完璧な美を手にして王太子妃に選ばれたのだ。
育ちすぎて化粧箱に入らなくなった‘‘規格外’’の果実は、安く売られるか捨てられるだけ。そんな言葉がこれまで何度も頭をよぎったことは言うまでもない。
「やっぱり……あの子が言う通り、だいぶ太ってるみたいね」
四段階目で、とうとう一番下のボタンが止まらなくなってしまった。ここからは、締め上げる紐の出番だろう。
結婚してからずっと、自らの体型について考えないようにしていた。しかし、私のせいで夫が笑われてしまうならば話は別だ。そして、美への階段を再び登ることにも躊躇いは無かった。
紐で縛り上げるとなると、当然ながら苦しさや痛みを伴う。死へ近づくような感覚は、やはり怖くはある。
しかし覚悟を決めて、私は自らの身体を思いっきり縛り上げた。
「……っ、」
が、自分のことに気を取られていたため、私は扉をノックする音に気付けなかったのである。
苦しさで意識が朦朧とした矢先、部屋の扉が半分開いたのだった。
「エレナ……?」
扉を開けたドゴールは、驚いたように目を見開いていた。
「え?」
慌てて時計を見るものの、彼が入浴から戻るまでまだ時間はあるはずだった。
しかし今、夫は私の目の前にいる。一体どういうことなのか。
「……」
しばらく無言で見つめ合った後、ドゴールは大股で私に歩み寄ってきた。
結婚した時の約束を破った私を、叱りつけるのだろうか。平手打ちにでもするだろうか。それとも、無理矢理にでもコルセットを取り上げるだろうか。
咄嗟にコルセットをしたお腹を守るようにかがみ、私は目を瞑った。
貴方の足でまといには、もうなりたくないの!!
「……?」
しかし怒鳴り声も痛みも無かった。代わりに降ってきたのは、いつもの落ち着いた声だった。
「こら、エレナ」
「ひ、あああっ!?」
なんと彼は、私を思い切り擽ってきたのだ。
彼の思いがけない急襲により力が抜けてしまい、私はすっかり立っていられなくなってしまったのである。
「……っ、」
そして絨毯にへたり込む直前、ドゴールは私を横抱きにしたのだった。
五段階中の一は、まだまだ余裕といったところだった。腹とコルセットの間に手のひらが二枚入る程の隙間が出来たことは、私を安心させた。
続いて二番目の段は、やや狭まったものの手のひら一枚分の隙間を残すことが出来た。
夢に近づいていくワクワクが苦しみに変わっていったのは、いつからだったのだろう。ウエストを絞りながら、私はふと考えた。
美しい身体を作っていく場合、胸と腰がある程度成長してからコルセットでウエストを絞っていく。豊かな胸と腰も、美しさには必要だからだ。
だが私は、骨盤が人よりも成長しすぎてしまったのである。
骨盤が広いということは、その周りの脂肪を一層減らさねばならないということだ。骨盤を削る手術も検討したものの、傷ができること、そして歩行障害が残る可能性があるために家族から止められたのだった。
両親は無理をしなくて良い、王太子妃になれなくても大事な娘であることに変わりないと何度も私に言った。けれどもそれを無視して、私は夢を叶えるためひたすらに減量を続けた。
しかし。ついにコルセットの一番下のボタンが留まることはなかった。
花嫁選びの際にそれが減点対象となり、私は花嫁の座を逃したのである。そしてアンネリーゼは、完璧な美を手にして王太子妃に選ばれたのだ。
育ちすぎて化粧箱に入らなくなった‘‘規格外’’の果実は、安く売られるか捨てられるだけ。そんな言葉がこれまで何度も頭をよぎったことは言うまでもない。
「やっぱり……あの子が言う通り、だいぶ太ってるみたいね」
四段階目で、とうとう一番下のボタンが止まらなくなってしまった。ここからは、締め上げる紐の出番だろう。
結婚してからずっと、自らの体型について考えないようにしていた。しかし、私のせいで夫が笑われてしまうならば話は別だ。そして、美への階段を再び登ることにも躊躇いは無かった。
紐で縛り上げるとなると、当然ながら苦しさや痛みを伴う。死へ近づくような感覚は、やはり怖くはある。
しかし覚悟を決めて、私は自らの身体を思いっきり縛り上げた。
「……っ、」
が、自分のことに気を取られていたため、私は扉をノックする音に気付けなかったのである。
苦しさで意識が朦朧とした矢先、部屋の扉が半分開いたのだった。
「エレナ……?」
扉を開けたドゴールは、驚いたように目を見開いていた。
「え?」
慌てて時計を見るものの、彼が入浴から戻るまでまだ時間はあるはずだった。
しかし今、夫は私の目の前にいる。一体どういうことなのか。
「……」
しばらく無言で見つめ合った後、ドゴールは大股で私に歩み寄ってきた。
結婚した時の約束を破った私を、叱りつけるのだろうか。平手打ちにでもするだろうか。それとも、無理矢理にでもコルセットを取り上げるだろうか。
咄嗟にコルセットをしたお腹を守るようにかがみ、私は目を瞑った。
貴方の足でまといには、もうなりたくないの!!
「……?」
しかし怒鳴り声も痛みも無かった。代わりに降ってきたのは、いつもの落ち着いた声だった。
「こら、エレナ」
「ひ、あああっ!?」
なんと彼は、私を思い切り擽ってきたのだ。
彼の思いがけない急襲により力が抜けてしまい、私はすっかり立っていられなくなってしまったのである。
「……っ、」
そして絨毯にへたり込む直前、ドゴールは私を横抱きにしたのだった。
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