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透き通った言葉ではなく、ありのままを

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「茶会は無事済んだか?」

 ルヴェニアのお茶会を無事に終えた後、ローデンヴェイクは私に問うた。寝室のベッドに二人きり。公務から解放され、心安らぐ時間だ。

 情事の最中、今日あったことを伝え合う。最初は黙って事に及ぶ気恥しさから始まったことだが、今では楽しむ余裕すらあった。

 そこで言える本音が一握りだとしても、彼と話せるだけで私は幸せなのだ。

「皆様とお話しが出来て、とても楽しく過ごせましたわ」

 コルセットを締めすぎて食後少し辛かったけれども……とは言わずに、私は笑った。

「そうか。息抜きになったなら良かった」

 私をシーツの上に寝かせ、脚や腰に口付けを落としながら、ローデンヴェイクは言った。淡々とした口調にも、怯むことはもう無い。

 互いに全てを脱ぎ去ったため、目を閉じれば肌が擦れ合う音が聞こえる。彼に触れられる度、体温が1℃ずつ上がっていく気すらした。

「何か美味いものは食べれたか?」

「はい。どれも美味しくて……趣向を凝らした品ばかりで、見てるだけでも素敵でしたわ」

 紅茶が美味しかった、ミルフィーユを食べるのに苦戦した、食べる直前で白鳥のシュークリームの首を折ってしまって焦った……と言う代わりに、私は伝えた。

 元々私は、人と喋るのが好きだ。だから
彼に伝えたいことも山のように思い浮かぶ。きっと、気の済むまで話したならば、夜が明けてしまうだろう。

 けれども、''王妃として''彼に言うべきことは何かと考え、泥水をろ過するように内容を選りすぐった結果、私自身の言葉や気持ちは殆ど残らない。

 透き通った水のように澄んでいるものの、''何も入っていない''言葉を並べ立て、時折寂しさを感じることもある。

 けれども、彼が求めているのは、ありのままの私ではなく''王妃に相応しい私''であるはずなので、それを辞める気は無かった。

 話好きのやかましい無学な女は、彼の妻として相応しくないのだ。

「久しぶりにお会いしたルヴェニアの王太子妃殿下も、相変わらずお元気そうでしたわ」

「……そうか」

 茶会の途中、仲の悪い妃同士が舌戦を始めたので、王太子妃と共に仲裁してきたことは、言わない。その後、王太子妃とまた機会があればゆっくりお茶をしようと約束したのも、無駄話だから黙っておく。

「それと……」

「……アリーズ」

「いかがなさいました?」

「猫かぶりはいい加減にしろ」

 その言葉は、まさに青天の霹靂であった。

 驚いて目を開くと、鼻先が触れそうな距離でローデンヴェイクは組み敷いた私を見つめていた。

 彼の眉間には今まで見たことが無い程に深い皺が刻まれ、鼻先がぴくりと動いていた。それは、彼の苛立ちを最大限に表していた。

 結婚後最大の危機に瀕しているのに、私は即座に気が付いた。

「猫かぶり……とは?」

 はっきり言って、猫を何匹被っているかすら分からない状況だが、知らぬふりをして私は問いかけた。

「その上辺だけの言葉、全部だ」

「……っ!?」

 チョコレート色の瞳が、ぎろりと私を睨みつける。限界まで距離を詰められた今、逃げ場はもう無い。先程まで高まっていた心地好い熱は、もう何処かに消えてしまっていた。

 冷水を浴びせられたように、身も心も一気に冷たくなっていく。

「何故、そんなにも私に本音を隠す?」

 情交はいつの間にか、尋問へと様変わりしていた。

 王妃として許される範囲の言葉で何と言おうか、必死に頭の中で辞書を引く。恐怖よりも、焦りが強かった。が、それも彼にはお見通しだったようだ。

「言う前に、余計なことを考えてるだろ」

「……っ、」

「誤魔化さずに、今思ったことをそのまま言ってみろ」

「全部言ってしまえば……私の素を見せてしまえば、きっと貴方に嫌われてしまいますので」

 言葉を搾り出すように私は告げた。

 全てを取り払い、ありのままとなってしまえば何も残らない。ただの教養の無い小国の王女でしかない。そんな姿を見せたとて、彼は失望するだけだ。

 本来の自分を隠してでも、彼に愛されたい。それが私の気持ちだった。

「何故、私に嫌われると考えた?」

 思考の取捨選択をする隙を与えず、さらにローデンヴェイクは問い詰めた。

「残念ながらロディ様のように……私は、……っ、何もかも不十分で、……完璧ではありませんので」

 そうとしか言えない自分が、堪らなく嫌いだ。

 彼の期待に答えられない。共に歩んでなんかいない。

 ローデンヴェイクは自分よりずっと先を歩んでいて、私は夫に支えられているけれども、彼はきっと私が居なくてもきっと問題無い。

 悔しさと悲しさが入り交じり、心を蝕んでいく。

「……申し訳ございません」

 どうしようも無くなり、一筋目尻から涙が落ちていった。

「……っ、アリーズ」

 何故か切羽詰まったように、ローデンヴェイクは私の名を呼んだ。そして私をきつく抱き締めたのだった。

「責めるような言い方をして……悪かった」

 何故彼が謝るのか、理解出来ないでいた。期待に応えられなかった、私が全て悪いのに。

「……今、私は物凄く焦ってる」

「……何故ですか」

「お前を泣かせてしまったからだ。どうすれば良いか、何も思い浮かばない。泣かせた手前、泣くなとも言えない」

 腕の中に囚われているので、ローデンヴェイクの表情は見えない。しかし、感情の揺らぎははっきりと伝わってきた。

「ただ、これだけは言わせてくれ。私はお前が言う程に、完璧でも何でも無い」

 抱擁から解放され、ようやく彼の顔と相見える。相変わらず、愛おしくも気難しそうな顔だ。けれども、そこには言い表せない焦りや困惑の色が滲んでいた。

「王位を継いでから、私が何もかも完璧にこなしてるように見えたか?」

「……はい」

「違う。全然違う」

「そんな……っ、」

「本当だ。何もかも手探りで、毎日が失敗ばかりだ。今だって、お前に言いたいことを上手く伝えられず、結果泣かす始末だ」

 これ程までに夫が感情を露わにして、心情を吐露するのを、私は見たことが無かった。きっと彼は今、隠してきた柔い部分を見せているのだろう。……素の私に触れるために。

 柔いとはつまり、脆い部分とも言い換えられる。けれども私は、今まで以上に惹き付けられていた。

「……身体的な距離は近くとも、気持ちの面でお前がどんどん離れていくようで嫌だった。家族となった筈なのに、会話を重ねても本当のお前が見えてこなくて辛かった。ただ……」

 一つため息を吐き、ローデンヴェイクは呟くように言った。

「私も、お前に言いたいことの半分も上手く伝えれずにいたのも事実だ。全て洗いざらいに言ってしまえば、本当のお前に触れられるのか。けれども全部言ってしまえば、お前は私を軽蔑するかもしれないと、ずっと迷っていた。だから、敢えて聞きたい」

「……っ、」

「アリーズ。私はありのままのお前に触れたい。ただお前は……私の本当の姿を受け入れてくれるか?」

 今私の中にあるのは、空っぽの自分を晒す恐怖と、愛する男の内面に触れたい欲求。

 ぐらりぐらりと揺らいだ思考の中、考えるのに時間はかからなかった。

「私も……どんな形であれ、本当の貴方に触れたいです」

 そう言って、私は彼と唇を重ねた。
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