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令嬢、策を練る
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我が家の書庫は、正に本の森である。植物に関する本から全く関係の無いものに至るまで、ありとあらゆる種類の本が背の高い本棚に並べられているのだ。
私はその中から数冊選び取り、書庫の机で読みふけっていた。今日の夜会でもエドヴァルドと会うことになるため、そのための準備である。
今読んでいるのは、「役に立つ人間とは」という本だ。それ以外も全部、対人スキルに関する本ばかりである。
正直これまでの人生の中で、私は自分より身分の高い者のために動いた経験は少ない。そのため、どのように立ち回れば良いのかを、先ずは勉強することにしたのだ。
「ニーズは相手が言ったことが全てではない。口に出さぬニーズこそ、真に目を向けるべきだ……成程ね」
二度目のお茶会から今日に至るまで、エドヴァルドと顔を合わす機会は幾度もあった。
しかし、彼が新たにご令嬢と友達になる気配は一切なかった。他の人と話していても、私の顔を見るや否や、すぐに私の方へやって来るのだ。そして帰る時間だと家令が呼びに来ると、さっさと帰ってしまう。私が貴重な時間を独占しているため、出会いを阻んでしまっているとも言える。彼は高貴な身分なので、両親の同意無しに友達になれる存在も少ないのだろう。
とはいえ、私から彼に「友達を作らないのか」と何度も聞くのは失礼な話だ。だから今日は、読んだ本に倣い密かに下準備をして、夜会で彼を待つことにしたのである。
私はノートにエドヴァルドが求めているであろうことを、箇条書きで書き始めた。
「友人を作ること、結婚相手を見つけること。後は……何かしら」
今世で彼と過ごした時間は、前世と比べたならば非常に僅かなものだ。だから、彼が今求めていることを知るにはヒントが少ないのが実情だ。
……いっそ、遠回しに聞いてみようかしら?
「メイベル、ここにいたのか」
「あら、お兄様」
眉間に皺を寄せてノートを睨みつけていると、兄上が書庫へとやって来たのだった。
「何を熱心に読んでるのかと思ったら……ビジネス書か? 珍しいな」
机の上に置かれた本を物珍しそうに見ながら、彼は言った。
「ふふ、夜会やお茶会で人とお話しすることが増えてきたので、少し勉強してますの」
「なるほどな。それは良いけど、あまり根を詰め過ぎないようにな」
そう言って、兄上は本棚に歩み寄った。どうやら彼も、何か本を探しに来たようだった。
……同じ長男でも、こんなに違うのね。
前世でも、私には兄がいた。しかし辛く当たられることも多く、ユリウスが令嬢と婚約した時は両親と共に私に折檻を食らわせていた程だ。彼としても、自らの立場を守るために、必死だったのだろう。
『お前は公爵家の名に泥を塗る気か、役立たずが!!』
自分よりも早く生まれただけなのに、どうして威張れるのか。前世で何回そう思ったか数え切れない程だった。
前世の兄妹仲が悪かったため、二度目の人生では長らく兄上のことを避けていた。私が結婚相手を探し始める時期になれば、きっと彼も豹変するのだろうと考えていたのだ。
しかし意外にも、兄上は今になっても昔と変わらずおっとりした性格のままであった。
「ねえ、お兄様」
「ん、どうした?」
「私に、良い家に嫁いで欲しいとは思わないの?」
本を探す兄に、私は問いかけた。
私がエドヴァルドと友人になり、兄上もとても喜んでくれていた。しかし、絶対結婚しろとは言っていない。思えば、彼から何かを命令されたことは一度もないかもしれない。
妹という身近な‘‘道具’’を自分のために利用しようとは思わないのか。それが不思議で仕方がなかったのだ。
「そうだな……良家に嫁ぐというのと、夫婦として幸せになるのはまた別の話だろう? だったら、好きな相手と結婚した方が後悔がないんじゃないか? お前の人生なんだから、やりたいようにやれば良いと思うよ」
「でも、私やマリーが良家に嫁げば、我が家の今後も安泰……という考え方もありますでしょう?」
「とは言ってもな、前提として家を守っていくのは俺の役目だ。その責務を妹の力でどうにかしようとするのは、お門違いなんじゃないか? 他人に頑張れって言うより先に、お前が頑張れよって話だしな」
「……ふふっ」
アルビナの兄がこの言葉を聞いたならば、きっと顔を真っ赤にして激怒するだろう。そんな光景を想像して、思わず私は吹き出したのだった。
「まあ……取り敢えず俺は、お前達の結婚の邪魔にならないようには頑張るよ」
本棚から一冊本を取り出しながら、兄上はぽつりと言った。
彼は真面目な人だけれども、飛び抜けて何かが優秀という訳では無い。本人もそれを気にしているようで、暇を見つけては読書や勉強をしているのだった。
確かに、兄上はやや要領が悪いのかもしれない。しかし、優しい彼のことが私は大好きだった。
不意にイタズラ心が芽生え、私はそっと兄上の背後にまわった。どうにも彼は、世間で言う弄りがいのある存在なのだ。
そして私は、後ろから思い切り抱きついたのだった。
「えいっ」
「おわっ!? びっくりした……っ、もう子供じゃないんだから、気安く人に抱きつくんじゃない!!」
「ふふっ、大好きよ、お兄様」
昼下がりの暖かな日差しが差し込む書庫には、私達は賑やかな声が響いていた。
+
「最近は、編み物にはまってますの」
「あら、素敵。どんなものをお作りになるの?」
夜会に着いた私は、慈善活動で仲良くなった令嬢や令息達数人と歓談していた。そしてこれは、‘‘下準備’’の一環である。
これまで、私は夜会や舞踏会をわざと遅れて参加していた。それは、私が来るまでエドヴァルドが他の人と歓談出来るようにするためだ。しかし、それでは彼の友人獲得には繋がらなかった。そのため今回は、少し早めに会場に来て、令嬢達と歓談していることにしたのだ。
エドヴァルドが私の元に来るとしても、私が令嬢達と居るならば、自然と彼女らのことが目に入るはずだ。そして、気になる相手が居たならば、私に取り次ぐよう言ってくるだろうと考えたのだ。
幸運なことに、今の私は良い友人に恵まれていた。なので、可愛い子、大人っぽい子、話が面白い子、と友人もバライティに富んでいる。ならば、一人くらいエドヴァルドのお眼鏡に適う子が居るはずだ。この中に居なかったとしても、彼の好みを知るには良い方法だろう。
そこまで考えていると、遠くからエドヴァルドがやって来たのだった。
「メイベル様、ここにいらっしゃいましたか」
「あら、エドヴァルド王太子殿下、ごきげんよう」
エドヴァルドの登場で、場が一気に沸き立った。彼が皆に挨拶している間、私は練りに練った計画を頭の中で整理し始めた。
彼が熱視線を送った令嬢がいたならば、それとなく彼女の良さを伝えていき、最終的に友人関係に……よし。時間はかかっても出来るはず。
友人でなくても複数人で話すことは可能なため、エドヴァルドも会話の輪に入っての歓談が始まった。
……が、しかし。歓談は盛り上がるが、エドヴァルドは他の令嬢に興味を持つ素振りを一切見せなかった。口元に品の良い笑みを浮かべてはいるものの、そこに特別な感情は見受けられなかった。
それなのに、私と目が合う時に限っては、嬉しそうに彼は目を細めて笑いかけてくるのだ。その美しい笑顔を見る度、心臓が跳ねるのを感じた。
どうして貴方は、私にそんな表情を見せてくるの……?
「ところで、今日は皆様、同じブローチを着けているのですね」
「ああ、これは慈善活動でバザーに売るために作ったんですの」
バザーでブローチを売ったものの、まだ在庫が残っていた。そのため、今度のバザーまでは宣伝も兼ねて皆で着けようと決めたのである。
「まだ在庫が沢山あって、次のバザーで完売出来れば嬉しいのですが」
「……ふむ」
少し考えた後、エドヴァルドはある提案をしてきたのだった。
「それでは、今度我が国で開催される祭りで、売ってみてはいかがでしょうか?」
そう言って、エドヴァルドは私にまた微笑みかけたのだった。
私はその中から数冊選び取り、書庫の机で読みふけっていた。今日の夜会でもエドヴァルドと会うことになるため、そのための準備である。
今読んでいるのは、「役に立つ人間とは」という本だ。それ以外も全部、対人スキルに関する本ばかりである。
正直これまでの人生の中で、私は自分より身分の高い者のために動いた経験は少ない。そのため、どのように立ち回れば良いのかを、先ずは勉強することにしたのだ。
「ニーズは相手が言ったことが全てではない。口に出さぬニーズこそ、真に目を向けるべきだ……成程ね」
二度目のお茶会から今日に至るまで、エドヴァルドと顔を合わす機会は幾度もあった。
しかし、彼が新たにご令嬢と友達になる気配は一切なかった。他の人と話していても、私の顔を見るや否や、すぐに私の方へやって来るのだ。そして帰る時間だと家令が呼びに来ると、さっさと帰ってしまう。私が貴重な時間を独占しているため、出会いを阻んでしまっているとも言える。彼は高貴な身分なので、両親の同意無しに友達になれる存在も少ないのだろう。
とはいえ、私から彼に「友達を作らないのか」と何度も聞くのは失礼な話だ。だから今日は、読んだ本に倣い密かに下準備をして、夜会で彼を待つことにしたのである。
私はノートにエドヴァルドが求めているであろうことを、箇条書きで書き始めた。
「友人を作ること、結婚相手を見つけること。後は……何かしら」
今世で彼と過ごした時間は、前世と比べたならば非常に僅かなものだ。だから、彼が今求めていることを知るにはヒントが少ないのが実情だ。
……いっそ、遠回しに聞いてみようかしら?
「メイベル、ここにいたのか」
「あら、お兄様」
眉間に皺を寄せてノートを睨みつけていると、兄上が書庫へとやって来たのだった。
「何を熱心に読んでるのかと思ったら……ビジネス書か? 珍しいな」
机の上に置かれた本を物珍しそうに見ながら、彼は言った。
「ふふ、夜会やお茶会で人とお話しすることが増えてきたので、少し勉強してますの」
「なるほどな。それは良いけど、あまり根を詰め過ぎないようにな」
そう言って、兄上は本棚に歩み寄った。どうやら彼も、何か本を探しに来たようだった。
……同じ長男でも、こんなに違うのね。
前世でも、私には兄がいた。しかし辛く当たられることも多く、ユリウスが令嬢と婚約した時は両親と共に私に折檻を食らわせていた程だ。彼としても、自らの立場を守るために、必死だったのだろう。
『お前は公爵家の名に泥を塗る気か、役立たずが!!』
自分よりも早く生まれただけなのに、どうして威張れるのか。前世で何回そう思ったか数え切れない程だった。
前世の兄妹仲が悪かったため、二度目の人生では長らく兄上のことを避けていた。私が結婚相手を探し始める時期になれば、きっと彼も豹変するのだろうと考えていたのだ。
しかし意外にも、兄上は今になっても昔と変わらずおっとりした性格のままであった。
「ねえ、お兄様」
「ん、どうした?」
「私に、良い家に嫁いで欲しいとは思わないの?」
本を探す兄に、私は問いかけた。
私がエドヴァルドと友人になり、兄上もとても喜んでくれていた。しかし、絶対結婚しろとは言っていない。思えば、彼から何かを命令されたことは一度もないかもしれない。
妹という身近な‘‘道具’’を自分のために利用しようとは思わないのか。それが不思議で仕方がなかったのだ。
「そうだな……良家に嫁ぐというのと、夫婦として幸せになるのはまた別の話だろう? だったら、好きな相手と結婚した方が後悔がないんじゃないか? お前の人生なんだから、やりたいようにやれば良いと思うよ」
「でも、私やマリーが良家に嫁げば、我が家の今後も安泰……という考え方もありますでしょう?」
「とは言ってもな、前提として家を守っていくのは俺の役目だ。その責務を妹の力でどうにかしようとするのは、お門違いなんじゃないか? 他人に頑張れって言うより先に、お前が頑張れよって話だしな」
「……ふふっ」
アルビナの兄がこの言葉を聞いたならば、きっと顔を真っ赤にして激怒するだろう。そんな光景を想像して、思わず私は吹き出したのだった。
「まあ……取り敢えず俺は、お前達の結婚の邪魔にならないようには頑張るよ」
本棚から一冊本を取り出しながら、兄上はぽつりと言った。
彼は真面目な人だけれども、飛び抜けて何かが優秀という訳では無い。本人もそれを気にしているようで、暇を見つけては読書や勉強をしているのだった。
確かに、兄上はやや要領が悪いのかもしれない。しかし、優しい彼のことが私は大好きだった。
不意にイタズラ心が芽生え、私はそっと兄上の背後にまわった。どうにも彼は、世間で言う弄りがいのある存在なのだ。
そして私は、後ろから思い切り抱きついたのだった。
「えいっ」
「おわっ!? びっくりした……っ、もう子供じゃないんだから、気安く人に抱きつくんじゃない!!」
「ふふっ、大好きよ、お兄様」
昼下がりの暖かな日差しが差し込む書庫には、私達は賑やかな声が響いていた。
+
「最近は、編み物にはまってますの」
「あら、素敵。どんなものをお作りになるの?」
夜会に着いた私は、慈善活動で仲良くなった令嬢や令息達数人と歓談していた。そしてこれは、‘‘下準備’’の一環である。
これまで、私は夜会や舞踏会をわざと遅れて参加していた。それは、私が来るまでエドヴァルドが他の人と歓談出来るようにするためだ。しかし、それでは彼の友人獲得には繋がらなかった。そのため今回は、少し早めに会場に来て、令嬢達と歓談していることにしたのだ。
エドヴァルドが私の元に来るとしても、私が令嬢達と居るならば、自然と彼女らのことが目に入るはずだ。そして、気になる相手が居たならば、私に取り次ぐよう言ってくるだろうと考えたのだ。
幸運なことに、今の私は良い友人に恵まれていた。なので、可愛い子、大人っぽい子、話が面白い子、と友人もバライティに富んでいる。ならば、一人くらいエドヴァルドのお眼鏡に適う子が居るはずだ。この中に居なかったとしても、彼の好みを知るには良い方法だろう。
そこまで考えていると、遠くからエドヴァルドがやって来たのだった。
「メイベル様、ここにいらっしゃいましたか」
「あら、エドヴァルド王太子殿下、ごきげんよう」
エドヴァルドの登場で、場が一気に沸き立った。彼が皆に挨拶している間、私は練りに練った計画を頭の中で整理し始めた。
彼が熱視線を送った令嬢がいたならば、それとなく彼女の良さを伝えていき、最終的に友人関係に……よし。時間はかかっても出来るはず。
友人でなくても複数人で話すことは可能なため、エドヴァルドも会話の輪に入っての歓談が始まった。
……が、しかし。歓談は盛り上がるが、エドヴァルドは他の令嬢に興味を持つ素振りを一切見せなかった。口元に品の良い笑みを浮かべてはいるものの、そこに特別な感情は見受けられなかった。
それなのに、私と目が合う時に限っては、嬉しそうに彼は目を細めて笑いかけてくるのだ。その美しい笑顔を見る度、心臓が跳ねるのを感じた。
どうして貴方は、私にそんな表情を見せてくるの……?
「ところで、今日は皆様、同じブローチを着けているのですね」
「ああ、これは慈善活動でバザーに売るために作ったんですの」
バザーでブローチを売ったものの、まだ在庫が残っていた。そのため、今度のバザーまでは宣伝も兼ねて皆で着けようと決めたのである。
「まだ在庫が沢山あって、次のバザーで完売出来れば嬉しいのですが」
「……ふむ」
少し考えた後、エドヴァルドはある提案をしてきたのだった。
「それでは、今度我が国で開催される祭りで、売ってみてはいかがでしょうか?」
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