上 下
7 / 41

令嬢、考える

しおりを挟む
「ねえ、聞いた? メイベル様、この前の舞踏会で、エドヴァルド王太子殿下とダンスをご一緒したんですって」

「もちろんよ、それも初めての舞踏会で一曲目にお誘いされたんでしょう?」

「お二人は同い年ですし、これからが楽しみですわね」

 家の廊下を歩いていると、メイド達が歩きながら話しているのが聞こえてきた。それを聞いて、私は一つため息を吐いた。

 ……もう。みんな、本当に飽きないんだから。 

 私が舞踏会でエドヴァルドと踊ったことは、直ぐさま家族や使用人達に知れ渡った。そして皆が皆大喜びして、ここ数日間は家の中がすっかりこの話題で持ちきりとなっている。

 悪口ではなく、むしろ応援されている。しかし、そこかしこで自分のことが話題となっているのは、やはり落ち着かない。そこで私は、‘‘一時避難’’をすることにしたのだった。

 私が向かったのは、我が家の庭園にある温室だ。

 父上が植物学者ということもあり、広い温室内には様々な種類の草花が植えられている。小さな川と池まで造られており、池には色とりどりの魚が何匹も泳いでいる。草木の匂いや流れる水の音は、いつも私を落ち着かせてくれるのだった。

 芝生の上に仰向けになり、ゆっくりと目を閉じる。瞼の裏に映ったのは、やはりエドヴァルドの姿であった。

 植物の瑞々しい匂いと彼の香水の香りは、何処となく似ている。舞踏会で彼と踊った記憶が蘇ってきて、自然と胸の鼓動は早鐘を打ち始めていた。

 もしこれが初めての人生ならば、この胸の高鳴りは初恋の鼓動、といったところか。

 しかし。前世で私の行動が彼を追い詰めたことは、動かぬ事実だ。だから彼は、私を恨んで当然である。

 これはきっと、恋などという美しい感情ではない。本能的な、彼に対するただの恐れであろう。もし恋ならば、厚かましいことこの上ないことだ。

 思えば過去の私達の関係は、搾取する側とされる側だったのかもしれない。何故なら、いつも私の求めている言葉を与えてくれるイヴァンに対して、私は何もしていなかったのだから。ユリウスと結婚して私が‘‘同い年の義姉’’となってからも、その関係が変わることはなかった。

 彼が私に欲しいものを与えなかったのは……あの時の一回だけだわ。

 自分自身が潰れてしまいそうな気持ちでいたあの晩のことを思い出し、ずきりと胸の奥が痛む。どうやら身体は生まれ変わっても、心の傷は癒えていないらしい。

 芝生に寝返りを打つと、不意に一つの疑問が頭に思い浮かんだのだった。

 イヴァンを裏切ったあの日から、私は彼と顔を合わせることは一度もなかった。とはいえ、私が死ぬ時点で彼が生きていたことは確実である。

 しかし彼は今、エドヴァルドとして私の前に存在する。ということは、彼もまたイヴァンとしての一生を終えている訳だ。

 私の死後、イヴァンはどんな時間を過ごしていたのかしら?

 今度調べてみようと思い、私は芝生から起き上がった。そろそろエドヴァルドへのお誘いの手紙を書かねばならないので、昼寝をする時間まではないのである。

「お姉様、ここにいたの?」

「あら、マリーじゃない」

 振り向くと、丁度妹のマリーが温室の入口から入ってくるところであった。その左目には眼帯が付けてあり、それを隠すように前髪が長く伸ばされているのだった。

「貴女がここに来るなんて珍しいわね、どうしたの?」

「その、家にいても何か落ち着かなくて」

「ふふ、私のせいでみんなを騒がせてごめんなさいね」

「……違うの」

 マリーはそう言って、首を横に振った。そして私の隣にちょこんと座ってから、ぽつりと呟いた。

「今更だけど、手術が……怖くなっちゃって」

 内気な妹が口にしたのは、手術に対する不安であった。

 マリーは幼い頃から左目に病を患っていた。それは手術で治るものだったが、彼女が怖がるのでずっと延期となっていたのだ。しかし、実生活に支障をきたす段階にまで悪化してしまったため、今度手術する予定なのである。

「大丈夫よ。当日は私も病院まで付いていくから、安心なさいな」

 俯く妹の頭を撫でながら、私は彼女に笑いかけた。

 一度目の人生では妹も弟も居なかったので、初めは年の離れた妹であるマリーにも、どう接すれば良いかが分からなかった。けれども歳を重ねる度に愛しいと思う気持ちが芽生え初め、今では大切な可愛い妹である。

 ふと、ユリウスと婚約した令嬢の姿が頭に思い浮かんだ。彼女にも、病弱な妹がいたからである。

 ユリウスに愛されていたあの子も、こんな気持ちだったのかしら?

 あの時は分からなかったが、今なら分かる。妹のために何かをしてあげたいという、姉の気持ちが。

 あの時もし、私が令嬢を告発することなく二人の婚約を祝っていたならば……ユリウスとオフェリア、そしてイヴァンも、全員が幸せだったのかしら?

 でも、そうしたならば私は……。

「お姉様?」

「え、え? あっ、ごめんね、ちょっとぼーっとしてて」

「もう……他人の頭撫でながら考えごと?」

「ごめんってば。じゃあね、私は家に戻るから。ここでゆっくりしてくと良いわ」

「うん、分かったわ」

 取り敢えず。過去のことを考えるよりも、先ずは目の前にあることを片付けなきゃ。

 エドヴァルドへの手紙の内容を考えながら、私は植物園を後にしたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】たれ耳うさぎの伯爵令嬢は、王宮魔術師様のお気に入り

楠結衣
恋愛
華やかな卒業パーティーのホール、一人ため息を飲み込むソフィア。 たれ耳うさぎ獣人であり、伯爵家令嬢のソフィアは、学園の噂に悩まされていた。 婚約者のアレックスは、聖女と呼ばれる美少女と婚約をするという。そんな中、見せつけるように、揃いの色のドレスを身につけた聖女がアレックスにエスコートされてやってくる。 しかし、ソフィアがアレックスに対して不満を言うことはなかった。 なぜなら、アレックスが聖女と結婚を誓う魔術を使っているのを偶然見てしまったから。 せめて、婚約破棄される瞬間は、アレックスのお気に入りだったたれ耳が、可愛く見えるように願うソフィア。 「ソフィーの耳は、ふわふわで気持ちいいね」 「ソフィーはどれだけ僕を夢中にさせたいのかな……」 かつて掛けられた甘い言葉の数々が、ソフィアの胸を締め付ける。 執着していたアレックスの真意とは?ソフィアの初恋の行方は?! 見た目に自信のない伯爵令嬢と、伯爵令嬢のたれ耳をこよなく愛する見た目は余裕のある大人、中身はちょっぴり変態な先生兼、王宮魔術師の溺愛ハッピーエンドストーリーです。 *全16話+番外編の予定です *あまあです(ざまあはありません) *表紙イラスト/倉河みおり様 *2023.2.9ホットランキング4位 ありがとうございます♪

【R18】出来損ないの魔女なので殿下の溺愛はお断りしたいのですが!? 気づいたら女子力高めな俺様王子の寵姫の座に収まっていました

深石千尋
恋愛
 バーベナはエアネルス王国の三大公爵グロー家の娘にもかかわらず、生まれながらに魔女としての資質が低く、家族や使用人たちから『出来損ない』と呼ばれ虐げられる毎日を送っていた。  そんな中成人を迎えたある日、王族に匹敵するほどの魔力が覚醒してしまう。  今さらみんなから認められたいと思わないバーベナは、自由な外国暮らしを夢見て能力を隠すことを決意する。  ところが、ひょんなことから立太子を間近に控えたディアルムド王子にその力がバレて―― 「手短に言いましょう。俺の妃になってください」  なんと求婚される事態に発展!! 断っても断ってもディアルムドのアタックは止まらない。  おまけに偉そうな王子様の、なぜか女子力高めなアプローチにバーベナのドキドキも止まらない!?  やむにやまれぬ事情から条件つきで求婚を受け入れるバーベナだが、結婚は形だけにとどまらず――!?  ただの契約妃のつもりでいた、自分に自信のないチートな女の子 × ハナから別れるつもりなんてない、女子力高めな俺様王子 ──────────────────── ○Rシーンには※マークあり ○他サイトでも公開中 ────────────────────

箱入り令嬢と秘蜜の遊戯 -無垢な令嬢は王太子の溺愛で甘く蕩ける-

瀬月 ゆな
恋愛
「二人だけの秘密だよ」 伯爵家令嬢フィオレンツィアは、二歳年上の婚約者である王太子アドルフォードを子供の頃から「お兄様」と呼んで慕っている。 大人たちには秘密で口づけを交わし、素肌を曝し、まだ身体の交わりこそはないけれど身も心も離れられなくなって行く。 だけどせっかく社交界へのデビューを果たしたのに、アドルフォードはフィオレンツィアが夜会に出ることにあまり良い顔をしない。 そうして、従姉の振りをして一人こっそりと列席した夜会で、他の令嬢と親しそうに接するアドルフォードを見てしまい――。 「君の身体は誰のものなのか散々教え込んだつもりでいたけれど、まだ躾けが足りなかったかな」 第14回恋愛小説大賞にエントリーしています。 もしも気に入って下さったなら応援投票して下さると嬉しいです! 表紙には灰梅由雪様(https://twitter.com/haiumeyoshiyuki)が描いて下さったイラストを使用させていただいております。 ☆エピソード完結型の連載として公開していた同タイトルの作品を元に、一つの話に再構築したものです。 完全に独立した全く別の話になっていますので、こちらだけでもお楽しみいただけると思います。 サブタイトルの後に「☆」マークがついている話にはR18描写が含まれますが、挿入シーン自体は最後の方にしかありません。 「★」マークがついている話はヒーロー視点です。 「ムーンライトノベルズ」様でも公開しています。

冷酷無比な国王陛下に愛されすぎっ! 絶倫すぎっ! ピンチかもしれませんっ!

仙崎ひとみ
恋愛
子爵家のひとり娘ソレイユは、三年前悪漢に襲われて以降、男性から劣情の目で見られないようにと、女らしいことを一切排除する生活を送ってきた。 18歳になったある日。デビュタントパーティに出るよう命じられる。 噂では、冷酷無悲な独裁王と称されるエルネスト国王が、結婚相手を探しているとか。 「はあ? 結婚相手? 冗談じゃない、お断り」 しかし両親に頼み込まれ、ソレイユはしぶしぶ出席する。 途中抜け出して城庭で休んでいると、酔った男に絡まれてしまった。 危機一髪のところを助けてくれたのが、何かと噂の国王エルネスト。 エルネストはソレイユを気に入り、なんとかベッドに引きずりこもうと企む。 そんなとき、三年前ソレイユを助けてくれた救世主に似た男性が現れる。 エルネストの弟、ジェレミーだ。 ジェレミーは思いやりがあり、とても優しくて、紳士の鏡みたいに高潔な男性。 心はジェレミーに引っ張られていくが、身体はエルネストが虎視眈々と狙っていて――――

【完結】殺されたくないので好みじゃないイケメン冷徹騎士と結婚します

大森 樹
恋愛
女子高生の大石杏奈は、上田健斗にストーカーのように付き纏われている。 「私あなたみたいな男性好みじゃないの」 「僕から逃げられると思っているの?」 そのまま階段から健斗に突き落とされて命を落としてしまう。 すると女神が現れて『このままでは何度人生をやり直しても、その世界のケントに殺される』と聞いた私は最強の騎士であり魔法使いでもある男に命を守ってもらうため異世界転生をした。 これで生き残れる…!なんて喜んでいたら最強の騎士は女嫌いの冷徹騎士ジルヴェスターだった!イケメンだが好みじゃないし、意地悪で口が悪い彼とは仲良くなれそうにない! 「アンナ、やはり君は私の妻に一番向いている女だ」 嫌いだと言っているのに、彼は『自分を好きにならない女』を妻にしたいと契約結婚を持ちかけて来た。 私は命を守るため。 彼は偽物の妻を得るため。 お互いの利益のための婚約生活。喧嘩ばかりしていた二人だが…少しずつ距離が近付いていく。そこに健斗ことケントが現れアンナに興味を持ってしまう。 「この命に代えても絶対にアンナを守ると誓おう」 アンナは無事生き残り、幸せになれるのか。 転生した恋を知らない女子高生×女嫌いのイケメン冷徹騎士のラブストーリー!? ハッピーエンド保証します。

モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~

咲桜りおな
恋愛
 前世で大好きだった乙女ゲームの世界にモブキャラとして転生した伯爵令嬢のアスチルゼフィラ・ピスケリー。 ヒロインでも悪役令嬢でもないモブキャラだからこそ、推しキャラ達の恋物語を遠くから鑑賞出来る! と楽しみにしていたら、関わりたくないのに何故か悪役令嬢の兄である騎士見習いがやたらと絡んでくる……。 いやいや、物語の当事者になんてなりたくないんです! お願いだから近付かないでぇ!  そんな思いも虚しく愛しの推しは全力でわたしを口説いてくる。おまけにキラキラ王子まで絡んで来て……逃げ場を塞がれてしまったようです。 結構、ところどころでイチャラブしております。 ◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆  前作「完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい」のスピンオフ作品。 この作品だけでもちゃんと楽しんで頂けます。  番外編集もUPしましたので、宜しければご覧下さい。 「小説家になろう」でも公開しています。

伯爵は年下の妻に振り回される 記憶喪失の奥様は今日も元気に旦那様の心を抉る

新高
恋愛
※第15回恋愛小説大賞で奨励賞をいただきました!ありがとうございます! ※※2023/10/16書籍化しますーー!!!!!応援してくださったみなさま、ありがとうございます!! 契約結婚三年目の若き伯爵夫人であるフェリシアはある日記憶喪失となってしまう。失った記憶はちょうどこの三年分。記憶は失ったものの、性格は逆に明るく快活ーーぶっちゃけ大雑把になり、軽率に契約結婚相手の伯爵の心を抉りつつ、流石に申し訳ないとお詫びの品を探し出せばそれがとんだ騒ぎとなり、結果的に契約が取れて仲睦まじい夫婦となるまでの、そんな二人のドタバタ劇。 ※本編完結しました。コネタを随時更新していきます。 ※R要素の話には「※」マークを付けています。 ※勢いとテンション高めのコメディーなのでふわっとした感じで読んでいただけたら嬉しいです。 ※他サイト様でも公開しています

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

処理中です...