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まずは友達から

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 イヴァンはユリウスの異母弟であり、庶子であった。

 一度目の人生の時、私は幼い時からラティスラの王宮へ赴くことが多々あった。そして、イヴァンとも何時しか幼なじみのような間柄となっていたのだった。

 両親から厳しい教育を受け、娯楽も制限されていた私からすれば、彼との交流は数少ない楽しみだったことをよく覚えている。

 だがしかし。私は彼に対して、前世最大の裏切りを犯してしまったのである。

「メイベル、どうしたんだ?」

 父上の心配そうな声を聞き、私はハッと我に返った。

「い、いえ……何でもありませんわ、お父様」

 とは言ったものの、動悸と冷や汗が止まらない。俯いていると、背の高い人影が私達の前で立ち止まったのである。

「初めまして。ウェリトン公爵閣下とご令嬢のメイベル様でお間違いございませんか?」

 先程の金髪の彼ーーーイヴァンは、私達に声をかけてきたのだった。動揺を隠しきれない私とは正反対に、彼は至って落ち着いていた。

 平行に揃った眉の下、深い緑色をした瞳が私を見つめる。ガラス玉のような美しさを目の当たりにして、私は固まったように動けなくなっていた。

「おお、もしや貴方は、カルダニア王太子の……」

「申し遅れました。エドヴァルドと申します。どうぞ、よろしくお願い致します」

 そう言って、エドヴァルドは恭しく挨拶してくれたのだった。それにつられるように私も挨拶するものの、頭の中はすっかり混乱していた。

「本当は私の父上も参加する予定だったのですが、生憎都合が付かず……」

「おや、左様でございましたか」

 先程目が会った瞬間は、確実に彼をイヴァンだと確信していた。しかし、彼はエドヴァルドという別の名を名乗っている。それに、私をアルビナとは呼ばなかった。

 ……さっきのは気のせい、なのかしら?

 そう思ったものの、新たな疑問が頭をもたげてきた。カルダニアとハリーストは隣接しているものの、カルダニアは大国であり、ハリーストは山に囲まれた小さな国である。何故、王太子ともあろうお方が私達の名前を知っているのか……と。

 そんなことを考えながら歓談する父上とエドヴァルドを眺めていると、二人の話題が私に移ってきたのだった。

「実は……娘は本日、初めての夜会参加なのですよ」

「おや、それは喜ばしいことです」

「今までずっと、奉仕活動ばかりでお茶会や社交の場に全く参加していなかったもので、今日もすっかり緊張しておりまして」

「素晴らしいことではないですか」

「ふふっ、過分にお褒めいただきありがとうございます」

 父上にそれとなくフォローされ、私はただただ何も言わずエドヴァルドに微笑む。この場は笑って誤魔化すに越したことはないと思ったのだ。

 しかし父上の言い放った一言で、その貼り付けた笑顔は引き剥がされることとなる。

「こんな不束な娘でよろしければ、是非‘‘友人’’となっていただきたく存じます」

「お、お、お、お父様、何を仰ってるの!?」

 笑顔を忘れ、私は慌てて父上の腕にしがみついた。小国の一貴族の小娘を王太子の友人にするなど、身の程知らずも良いところだ。

 しかし、父上が慌てる様子は無かった。
 
「何を言ってるんだ。殿下はお前が奉仕活動に積極的に取り組んでいるという話を聞いて、興味を持ってくださったんだぞ? それで‘‘友人’’になりたいと、わざわざ今日はハリーストまでお越しくださったんだ」

「え、え、え、え?」

「そういうことです。よろしければ、友達になっては下さいませんか? メイベル様」

「は、はい。……私でよろしければ、是非」

 大国の王太子にそう言われてしまえば、最早逃げ場は無い。必要に迫られて頷くと、どこからかメイドがやって来て、私とエドヴァルドにグラス入りの炭酸水を配ったのだった。

「それでは、新たなる友情の始まりを祝して、乾杯」

 グラスをかち合わせ、彼の持っていたグラスを交換する。それから私達は、一口炭酸水を飲んだのだった。これは、‘‘友人’’となった印のようなものである。

 ハリーストやカルダニア、その周辺国では、貴族の令嬢や令息は夜会に参加する年頃になると、そういった場で友人を作ることが許される。そして友人から結婚相手を選ぶという、暗黙の了解が存在していた。

 つまりこれは、私がエドヴァルドの婚約者候補の一人になったことを意味していた。

「殿下、そろそろお時間でございます」

「ああ、分かった。それでは、私はここで失礼します」

 炭酸水を飲み終えた後、エドヴァルドはその場を去っていった。そして彼が居なくなってから、父上は満面の笑みで私に話しかけてきたのだった。

「良かったじゃないか、メイベル」

「……は、はあ」

「きっと殿下との関わり合いは、これからの人生の宝になるに違い無い。沢山お話しすると良い」

 どうやら父上としては、娘を是が非でも王太子妃にという野心は無いらしい。普段から優しい人なので、この場でもそれが変わらないことに、私は内心ホッとしていた。

 政略結婚のために厳しく娘をしつけていた、前世の両親とはまるで大違いである。そう思った途端、遠き日の記憶が蘇ってきたのだった。

『この、役たたずが!! 良いか? このままユリウス王子殿下と結婚出来なかったならば……』

 前世で浴びせられた罵声を思い出し、ずきりと指先に痛みが走った。

「メイベル? 緊張というより……体調が悪いのか?」

「……いえ、大丈夫よお父様。気にしないでくださいな」

 大丈夫。今の私は、アルビナではなくメイベルなのだから。

 そう自分に言い聞かせて、私は炭酸水を一気に飲み干した。
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