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蛇のような男
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私のこれまでは、一体何だったんだろう?
そんな負け犬の心中など勝者が理解する訳もなく。クラリスはさらに続けた。
「音楽会への参加をお誘いいただいた時もとっても迷いました。けれども、周囲の勧めもあって、思い切って参加してみようと思いましたの」
自ら望んで参加した自分と、周囲の勧めにより参加した彼女。そこには決して埋まらない溝が存在した。
「ヴァイオリンも、きっと向いてるからと両親が勧めてくれたのがきっかけですの。時折辛いと思う日もありましたが……皆無理しないでと言ってくれて、とても心強かったですわ」
意地悪な私からすれば、その一言は周囲に対する感謝ではなく''これだけ自分が愛されているのだ''というアピールに思えて仕方が無かった。
女の嫉妬は醜いと言うけれども、それを抑えることは出来なかった。
この女から、何かを奪いたい。
ならぬとは分かっていても、私はそう思ってしまったのだ。
そんな私に、想定外のチャンスが回ってくる。
クラリスがランダードの王太子ヴァルタサールに想いを寄せているというのは有名な話であった。夜会でも、クラリスは彼に懸命に話しかけていた。
「ヴァルタサール様、今日の私の演奏はお聴きいただけましたか?」
「ええ、勿論」
けれども、何が気に食わないのかクラリスが話しかけてもヴァルタサールはつれない返事を返していた。ちなみにクラリスは愛らしい顔立ちをしているため、男からの評判も良い。何処ぞのプライドの高いヴァイオリン狂いの女とは大違いである。
ヴァルタサールはと言うと、考えていることがよく分からない蛇のような男と言われていた。
勤勉ではあるものの無口で感情が顔に出ないため、取っ付き難い雰囲気を纏っていた。正直、クラリスが彼のどこに惹かれたのかは全く分からない。取り敢えず、凡人には分からぬ何か魅力を感じたのだろう。
やがて、話したい人がいると言って、ヴァルタサールはクラリスとの会話を打ち切ったのだった。
……変わった方ね。
そんな彼の様子を見て、私はグラスワインを三杯一気飲みしてからすぐに行動に移した。正直、感情が顔に出ないタイプの人間は苦手だ。だから、彼に話しかけるにしても酒の力が必要だったのだ。
「……っ、あっ」
私はヴァルタサールの元へ歩み寄り、バランスを崩して倒れかけた。すると彼は、倒れぬように支えてくれたのだった。
「おっと、危ない」
「申し訳ございません。少し、飲みすぎてしまったようで……」
それが、夫との初めての会話であった。
+
「はい、おしまい。どうかしら?」
一曲弾き終えて、私はルルドに話しかけた。彼はというと、とぐろを巻いて大人しく''清聴''してくれていたのだった。
「お腹もいっぱいになったし、眠くなっちゃったのかしらね」
彼の昼寝を邪魔しないように、私は静かにヴァイオリンの片付けを始めた。
感情が読めないが故に、人々はヴァルタサールを蛇のようだと言う。けれども、蛇はもっと感情豊かな動物だ。仕草一つ一つを見れば、感情が手に取るように分かるので、気味が悪いなど失礼な話である。
彼は、もっと得体の知れない何かだ。だから、結婚した今も私は夫のことが苦手だった。
「貴方が夫だったら良かったのに。なんてね」
そんなことを呟いてから、私は温室を後にしたのだった。
そんな負け犬の心中など勝者が理解する訳もなく。クラリスはさらに続けた。
「音楽会への参加をお誘いいただいた時もとっても迷いました。けれども、周囲の勧めもあって、思い切って参加してみようと思いましたの」
自ら望んで参加した自分と、周囲の勧めにより参加した彼女。そこには決して埋まらない溝が存在した。
「ヴァイオリンも、きっと向いてるからと両親が勧めてくれたのがきっかけですの。時折辛いと思う日もありましたが……皆無理しないでと言ってくれて、とても心強かったですわ」
意地悪な私からすれば、その一言は周囲に対する感謝ではなく''これだけ自分が愛されているのだ''というアピールに思えて仕方が無かった。
女の嫉妬は醜いと言うけれども、それを抑えることは出来なかった。
この女から、何かを奪いたい。
ならぬとは分かっていても、私はそう思ってしまったのだ。
そんな私に、想定外のチャンスが回ってくる。
クラリスがランダードの王太子ヴァルタサールに想いを寄せているというのは有名な話であった。夜会でも、クラリスは彼に懸命に話しかけていた。
「ヴァルタサール様、今日の私の演奏はお聴きいただけましたか?」
「ええ、勿論」
けれども、何が気に食わないのかクラリスが話しかけてもヴァルタサールはつれない返事を返していた。ちなみにクラリスは愛らしい顔立ちをしているため、男からの評判も良い。何処ぞのプライドの高いヴァイオリン狂いの女とは大違いである。
ヴァルタサールはと言うと、考えていることがよく分からない蛇のような男と言われていた。
勤勉ではあるものの無口で感情が顔に出ないため、取っ付き難い雰囲気を纏っていた。正直、クラリスが彼のどこに惹かれたのかは全く分からない。取り敢えず、凡人には分からぬ何か魅力を感じたのだろう。
やがて、話したい人がいると言って、ヴァルタサールはクラリスとの会話を打ち切ったのだった。
……変わった方ね。
そんな彼の様子を見て、私はグラスワインを三杯一気飲みしてからすぐに行動に移した。正直、感情が顔に出ないタイプの人間は苦手だ。だから、彼に話しかけるにしても酒の力が必要だったのだ。
「……っ、あっ」
私はヴァルタサールの元へ歩み寄り、バランスを崩して倒れかけた。すると彼は、倒れぬように支えてくれたのだった。
「おっと、危ない」
「申し訳ございません。少し、飲みすぎてしまったようで……」
それが、夫との初めての会話であった。
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「はい、おしまい。どうかしら?」
一曲弾き終えて、私はルルドに話しかけた。彼はというと、とぐろを巻いて大人しく''清聴''してくれていたのだった。
「お腹もいっぱいになったし、眠くなっちゃったのかしらね」
彼の昼寝を邪魔しないように、私は静かにヴァイオリンの片付けを始めた。
感情が読めないが故に、人々はヴァルタサールを蛇のようだと言う。けれども、蛇はもっと感情豊かな動物だ。仕草一つ一つを見れば、感情が手に取るように分かるので、気味が悪いなど失礼な話である。
彼は、もっと得体の知れない何かだ。だから、結婚した今も私は夫のことが苦手だった。
「貴方が夫だったら良かったのに。なんてね」
そんなことを呟いてから、私は温室を後にしたのだった。
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