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隻腕の軍医

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「素敵!! そんな風に再会して結婚するだなんて、まるでおとぎ話みたいだわ!!」

 そう言って、イリーナは目を輝かせた。華奢な左手指には、V字型で金製の結婚指輪が嵌っている。透き通るような白い肌と蜂蜜色の髪をした彼女には、とても似合っていた。

 今日は彼女が結婚祝いを家に持ってくるついでに、遊びに来たのだった。紅茶を飲みながらの気軽なお喋りは、いつだって楽しいものである。

「そう? 単に恥ずかしいところを見られただけじゃない」

「でも、その後結婚に至るなんて早々無いことですし、とっても素敵ですわ」

 どうにも、イリーナは平素からやや夢見がちなところがあった。それが彼女の魅力ではあるけれども、時々ついていけない時もあるのが正直なところだ。

 とはいえ、偶然にしてはよく出来すぎているのも事実である。

 レナードは兄上の友人だ。それもあって子供の頃はよく家に遊びに来ており、勉強を教えてもらったりすることもあった程だ。

 昔から、レナードは優秀な人だった。難しい問題を解けるだけなく、その解き方を分かりやすく教えてくれるのだ。けれども決して、得意がることは無かった。そんな彼に、私は密かに憧れを抱いていたのだった。

 彼の婚約が決まってからはすっかり疎遠になっていたが、楽しい思い出はずっと心の中に残っていた。

 だいぶ前に偶然会ったものの、顔を合わせたのはそれっきりであった。士官学校から医学校に編入したと風の噂で聞いてはいたが、もう顔を見ることは無いだろうと思っていたくらいである。

「それに一度諦めた夢を努力して叶えるだなんて、素晴らしい方」

「それは……そうね」

 士官学校時代に彼は大病を患い、最終的に左腕の肘から下を失った。軍の入隊規定には「五体満足であること」とあるので、彼が軍人となる道は絶たれてしまったのである。決まっていた婚約も、破談になったという。

 しかしレナードは猛勉強の末に医学校へ編入し、「五体満足であること」が例外的に求められない軍医として入隊を果たしたのである。元々勉強が得意な彼ではあるが、その努力は計り知れない。

 そして入隊してから初めて参加した夜会で偶然私を見つけ、喧嘩一歩手前のところで割って入ってくれた訳だ。

 それがきっかけで再び交流するようになり、半年の交際期間を経て結婚したのである。

「でもね。正直、何もかもが上手く行きすぎて逆に怖いのよ」

 実際、レナードと再会してからは何もかもが順調だ。軍人の家系同士ということで、両親はすぐさま私達の婚約を認めてくれた。彼の家族とも仲良く出来ていて、何不自由無く楽しく過ごしている。

 軍医は重宝される立場のため、今まで私を嘲笑っていた令嬢達も手のひらを返して媚びを売ってくる程だった。戦場で人の生死を握るというのは、それ程に重要なことなのである。

「あら、幸せはしっかり噛み締めなきゃ勿体無いですわ。折角そのネックレスもお似合いですのに」

 私の首元には、プラチナのネックレスが光っている。

 軍での夫の階級により、妻の着けるジュエリーの格は暗黙のうちに決まっている。そしてプラチナを身に着けることが許されるのは、軍医の妻か将官以上の妻に限られていた。ゴールドかホワイトゴールドを身に着けるのが一般的なので、首元に輝く白銀色は目に見えたステータスとも言える。

 底抜けに明るい輝きを持つホワイトゴールドに比べて、プラチナは深みのある輝きを放っている。落ち着きのある重厚感が好きではあるものの、それが似合う女性になれている自信はまだ持てないのが本音だ。

 行き遅れが逆転して幸せの絶頂。傍から見ればそうなのかもしれない。

 しかし、レナードが血の滲むような努力を積み重ねた後に私を妻に選んだのが、不思議でならなかった。優秀かつ人当たりの良い彼ならば、引く手数多であったはずなのだから。

 これまで私は、勉強は頑張ってきたと思う。しかしイリーナのような外見の美しさも持っていないし、残念ながら可愛げのある性格でもない。彼から何故私を選んだのか理由を聞いたことも無かったので、内心素直に喜べないでいた。

「そう……かしらね」

「ええ。あっ、もうこんな時間。そろそろ失礼しますわ。ごきげんよう」

 そう言って、イリーナは帰って行ったのだった。
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