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令嬢の嫉妬
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愛おしい婚約者ギルフォードは、未だ夢の中。椅子の背もたれに手を縛られているというのに、その寝顔は穏やかそのものである。
思えば、彼の寝顔を見るのはこれが初めてかもしれない。夫婦として未だ仮結びの関係であるので、当然のことではあるけれども。
「こんな素敵な寝顔、あの子に見せてあげないんだから」
撫で付けられた前髪から伏せった長い睫毛に至るまで、上質な金糸のように美しい。騎士であるから逞しい身体付きではあるものの、ギルフォードを見て野蛮と思う女は一人として居ない。むしろ、精悍な顔ばせは異性の目から見て魅力的である他無かった。
彫像のように端正な顔立ちと身体付きは、女を振り向かせるには十分過ぎる。ややぶっきらぼうではあるものの、それすらも彼の魅力だと言われている程だ。
そう。彼は魅力的過ぎた。だから異世界から来た聖女の目にも留まってしまったのだ。
「絶対に離さないから」
ギルフォードの手首を縛る柔らかなリボンの結び目に触れて、解けぬよう魔力でしっかりと縛り上げる。私が持つのは大したことは出来ない魔力だけれども、これくらいなら簡単に出来てしまうのだ。
これで、彼はもう逃げられない。
事の発端は、少し前に王宮で開かれた夜会で聖女リノンがギルフォードを見初めたことだった。
彼を一目見た途端、聖女の表情がぱっと明るくなるのを私は見てしまった。恐れていたことが、現実に起こった瞬間だった。
彼女は直ぐさまギルフォードに声を掛け、歓談を始めた。……彼の隣に立つ私を無視して。
夜会では身分の高い者から低い者に話しかけるのがマナーであり、身分の低い者は声をかけられるまで口を利くことは一切許されない。そしてリノンは彼に話しかけるばかりで、私には一言も声をかけなかったのである。
蚊帳の外で、私は二人を見守ることしか出来ないでいた。
「私のことはどうぞリノと呼んでくださいなギルフォード様。宜しければ、ギル様とお呼びして良いかしら?」
「生憎他人と愛称で呼び合うことには不慣れでして、お控えいただければと思います」
「あら残念だわ。もう少し仲良くなったら、許してくれるのかしら?」
長い黒髪を耳に掛けながら、聖女は余裕のある笑みを浮かべていた。この国では黒髪が知性の象徴とされ、好まれている。そして、彼女は美しい黒髪であった。
正に傍から見れば、頭の悪そうな外見の私よりもずっと、彼女の方が彼に''お似合い''であった。
リノンをどんな表情でギルフォードが見ているかなど、恐ろしくて確認できなかった。
もしギルフォードが彼女に見惚れていたならば、私はきっとその場で泣き出していただろう。
「ところでギルフォード様、お身体に大きな火傷跡があるとお聞きしましたが……私の力を使えばきっと綺麗に治るはずですわ」
「……っ」
リノンの一言は、私の心臓を深く突き刺した。そんな私を、彼女は勝ち誇ったように一瞥したのだった。
私には出来ないことも、彼女は簡単に出来てしまう。それは紛れもない事実であった。
そう思った瞬間、私の中で何かが壊れるのを感じた。
「今度、一度お身体を見せては下さらない?」
「お気遣いありがとうございます。ただ、実生活に支障は無いものですので、少し考えさせていただきたい」
「ふふっ、お返事お待ちしてるわ。火傷跡が消えたらもっと魅力的になるはずだもの。貴女もそう思わない? メルローズ」
リノンは私よりも数年年下だ。それに身分としては貴族ではない。
しかし。目の前の少女が私よりもずっと偉い立場にいるのは明白だ。何故なら彼女は、この国に対して多大なる貢献をしているのだから。
「……仰る通りですわ、リノン様」
「ふふっ、でしょうね」
今度、二人きりでゆっくり話したいわ。
彼女はギルフォードの耳元でそう囁き、去っていったのだった。
異世界から現れた黒髪の少女リノンは、強大な魔力を持っていた。そしてあれよあれよという間に、聖女と呼ばれ人から崇められる存在となったのである。
リノンに対して、国王はあらゆる特権を認めた。そして彼女に気に入られた場合、たとえ婚約者がいたとしても誘いを断ることは出来ないのだった。
会う約束を取り付けて、何度目かの逢瀬でリノンはギルフォードに交際を申し込む。そんな流れは安易に想像ができた。
私はひたすらに焦った。彼が他の女の手に渡ると考えただけで、喉を掻き毟って発狂しそうだった。親同士が決めた婚約ではあるものの、それ程にギルフォードの存在は大きく、私の支えとなっていたからだ。
そして私は、思いついたのだ。
奪われる前に、彼を聖女から遠ざけてしまおうと。
思えば、彼の寝顔を見るのはこれが初めてかもしれない。夫婦として未だ仮結びの関係であるので、当然のことではあるけれども。
「こんな素敵な寝顔、あの子に見せてあげないんだから」
撫で付けられた前髪から伏せった長い睫毛に至るまで、上質な金糸のように美しい。騎士であるから逞しい身体付きではあるものの、ギルフォードを見て野蛮と思う女は一人として居ない。むしろ、精悍な顔ばせは異性の目から見て魅力的である他無かった。
彫像のように端正な顔立ちと身体付きは、女を振り向かせるには十分過ぎる。ややぶっきらぼうではあるものの、それすらも彼の魅力だと言われている程だ。
そう。彼は魅力的過ぎた。だから異世界から来た聖女の目にも留まってしまったのだ。
「絶対に離さないから」
ギルフォードの手首を縛る柔らかなリボンの結び目に触れて、解けぬよう魔力でしっかりと縛り上げる。私が持つのは大したことは出来ない魔力だけれども、これくらいなら簡単に出来てしまうのだ。
これで、彼はもう逃げられない。
事の発端は、少し前に王宮で開かれた夜会で聖女リノンがギルフォードを見初めたことだった。
彼を一目見た途端、聖女の表情がぱっと明るくなるのを私は見てしまった。恐れていたことが、現実に起こった瞬間だった。
彼女は直ぐさまギルフォードに声を掛け、歓談を始めた。……彼の隣に立つ私を無視して。
夜会では身分の高い者から低い者に話しかけるのがマナーであり、身分の低い者は声をかけられるまで口を利くことは一切許されない。そしてリノンは彼に話しかけるばかりで、私には一言も声をかけなかったのである。
蚊帳の外で、私は二人を見守ることしか出来ないでいた。
「私のことはどうぞリノと呼んでくださいなギルフォード様。宜しければ、ギル様とお呼びして良いかしら?」
「生憎他人と愛称で呼び合うことには不慣れでして、お控えいただければと思います」
「あら残念だわ。もう少し仲良くなったら、許してくれるのかしら?」
長い黒髪を耳に掛けながら、聖女は余裕のある笑みを浮かべていた。この国では黒髪が知性の象徴とされ、好まれている。そして、彼女は美しい黒髪であった。
正に傍から見れば、頭の悪そうな外見の私よりもずっと、彼女の方が彼に''お似合い''であった。
リノンをどんな表情でギルフォードが見ているかなど、恐ろしくて確認できなかった。
もしギルフォードが彼女に見惚れていたならば、私はきっとその場で泣き出していただろう。
「ところでギルフォード様、お身体に大きな火傷跡があるとお聞きしましたが……私の力を使えばきっと綺麗に治るはずですわ」
「……っ」
リノンの一言は、私の心臓を深く突き刺した。そんな私を、彼女は勝ち誇ったように一瞥したのだった。
私には出来ないことも、彼女は簡単に出来てしまう。それは紛れもない事実であった。
そう思った瞬間、私の中で何かが壊れるのを感じた。
「今度、一度お身体を見せては下さらない?」
「お気遣いありがとうございます。ただ、実生活に支障は無いものですので、少し考えさせていただきたい」
「ふふっ、お返事お待ちしてるわ。火傷跡が消えたらもっと魅力的になるはずだもの。貴女もそう思わない? メルローズ」
リノンは私よりも数年年下だ。それに身分としては貴族ではない。
しかし。目の前の少女が私よりもずっと偉い立場にいるのは明白だ。何故なら彼女は、この国に対して多大なる貢献をしているのだから。
「……仰る通りですわ、リノン様」
「ふふっ、でしょうね」
今度、二人きりでゆっくり話したいわ。
彼女はギルフォードの耳元でそう囁き、去っていったのだった。
異世界から現れた黒髪の少女リノンは、強大な魔力を持っていた。そしてあれよあれよという間に、聖女と呼ばれ人から崇められる存在となったのである。
リノンに対して、国王はあらゆる特権を認めた。そして彼女に気に入られた場合、たとえ婚約者がいたとしても誘いを断ることは出来ないのだった。
会う約束を取り付けて、何度目かの逢瀬でリノンはギルフォードに交際を申し込む。そんな流れは安易に想像ができた。
私はひたすらに焦った。彼が他の女の手に渡ると考えただけで、喉を掻き毟って発狂しそうだった。親同士が決めた婚約ではあるものの、それ程にギルフォードの存在は大きく、私の支えとなっていたからだ。
そして私は、思いついたのだ。
奪われる前に、彼を聖女から遠ざけてしまおうと。
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