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姉の過ち

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+マーリット視点

「ルイーセ、大丈夫?」

「……んーん」

 初めてパーティーに参加した幼い妹は、俯いて首を横に振るばかりだった。お気に入りのクマのぬいぐるみを小脇に抱えて、俯くばかりで人と目を合わそうとすらしないのだ。

「大人の人が沢山いるけど、皆優しい人ばかりだから安心して?」

「……怖い」

 今宵はリクスハーゲンの友好国や同盟国の関係者ばかりを集めた会なので、妹に敵意を向ける人間は誰も居ない。けれども、内気な妹からすれば得体の知れ無い大人ばかりで落ち着かないようだった。

 片手で私のジャケットの裾をぐしゃぐしゃになる程に握りしめて、ルイーセは黙り込む。新品の服に皺が刻まれていく様子に内心苦笑いを浮かべながら、私は妹の頭を撫でた。

「お姉ちゃんと手を繋いでたら心配無いわ。怖い人が来たらお姉ちゃんが守ってあげるから。ね?」

 そう言って、私はジャケットを握り込んでいた小さな手を外して、自らの手と繋いだ。

「ふふっ、これで大丈夫」

「……うん」

 賑やかなパーティーの最中、私達は手を繋いで笑い合ったのだった。

+

 ルイーセ達を見送ったあと、私は一人ゲストルームのベッドに横たわっていた。夜会の後、遠方ということもあり私達は宮殿に泊まる予定だったので、そのまま泊まる部屋にやって来たのである。

 長時間の移動の疲れでうとうとし始めた矢先、部屋の扉がノックされたのだった。

「妹の晴れ舞台を見に行かなくて良いのか?」

 やって来たのは、オリヴァルだった。

「妹の足引っ張りになったら困るから。折角だから、貴方は参加すれば良かったのに」

「ルイーセのことはウェンデ達に任せてきた。夜会ごときのために身重の妻を一人にする訳が無いだろ」

「本当に、過保護なんだから」

 ちゃかすように言ったものの、彼が言い返してくることは無かった。代わりに何も言わず、私の身体に毛布を掛けてくれたのである。

 そして、毛布の上からポンポンと手でされたのだった。

「ふふっ、赤ちゃんの寝かし付けじゃないんだから」

「別に。何か言いたげだなと思っただけだ」

「……」

 オリヴァルの一言に、私はつい真顔になる。どうやら彼には、何もかもがお見通しのようだった。

「まあ、言うのも言わないのもお前の自由だが」

「貴方には敵わないわね」

「私もお前には敵わない訳だが?」

 彼の言葉で、誰にも言えなかった暗い感情が堰を切ったように口から溢れ出てて来たのだった。

「ルイーセの結婚相手を決める時にね、山のように釣書が届いたの。でもね、全部を彼女に見せた訳じゃないの」

「ふむ。と、言うと?」

「フィオネと私で、ルイーセと結婚させたくない男の釣書を数枚除外したの」

「成程な」

 否定も肯定もせず、オリヴァルはただ私の言葉に耳を傾けていた。毛布を握り締めながら、私は続ける。

「フィオネは、性格が悪くて有名な男を選んで、釣書を破り捨てた。その後私は、敵対していた国の王室の男を選んで、除外した。その中の一人が……」

「セレスディン王太子、か」

 オリヴァルの言葉に、黙って頷いた。罪悪感のあまり、私の声は掠れ、震えていた。

 当時、ドラフィアとリクスハーゲンの関係は酷く冷え込んでいた。時の国王ーセレスディンの祖父は、リクスハーゲンに対して自国に有利な貿易が出来るよう不平等な条約締結を要求していたのだ。 

 ドラフィアは長い歴史の中で、リクスハーゲンと剣を交えたこともある国である。そして、ドラフィアは敗北を喫している。王としても、決して良い感情を抱いてはいないようだった。

 リクスハーゲン側は、条約締結を延期とした。しかしそれは、延期とは名ばかりで暗に拒否したも同然であった。

 諦めきれなかった王は、両国の関係を強化した上で条約締結に漕ぎ着けるために、前段としてセレスディンとルイーセの政略結婚を進めようとしたのである。

 ルイーセとセレスディンはさほど不仲では無かったので、夫婦として結ばれたならば上手くいっただろう。そしてルイーセも、政略結婚には非常に前向きであった。だがしかし、そんな背景を知っていたため、私は二人の結婚を密かに阻んだのだ。

「エリザ王太子妃がルイーセを良く思っていないという風の噂を聞いてはいたけど、まさかここまで酷いとは思ってもみなかったわ」

「……」

「二人の衝突も、花の決闘も何もかも、セレスディンとルイーセが結婚していたならば起きなかったこと。つわりを我慢してでも王太子妃のお茶会に私が参加してたら、ギリギリ食い止められた筈。全部、私のせいだわ」

 しかし、そんなこと今更ルイーセには言えなかった。きっと妹は怒るに違い無い。絶交すると言われても仕方の無いことだ。

「私、最低な姉だわ」

 涙が零れ落ち、シーツに跡を付ける。最早、申し訳無さで胸が潰れてしまいそうだった。

「その件についてどう思うかは、本人に聞いてみないと分からないな」

「……っ」

「ただ、ルイーセは今不幸では無いのは恐らく事実だろう。創立記念式典の舞踏会を見て私はそう思った訳だが、どう思う?」

 意外な言葉に、私は目を見開く。根拠も無くひたすらに慰める言葉よりも、それは固く閉ざした胸の中にすんなりと届いたのだった。

「経緯がどうであれ、あの二人は互いに助け合う良い夫婦だと思うが」

 そこまで言って、オリヴァルは私の頭を撫でた。不意に、ルイーセを安心させるように自分が彼女の頭を撫でたことを思い出す。

「万が一喧嘩になったならば、時間をかけてまた仲直りすれば良いだろう。遠くに嫁に出した訳では無いのだから、いくらでも機会はある筈だ」

「……っ、ヴィル」

「何があっても私はお前を支える。だから、安心しろ」

 隣に横たわり、オリヴァルは私をそっと抱き締めた。

 ごめんね、ルイーセ。

 愛しい人の腕の中で、私は何度も心の中で呟いたのだった。
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