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決闘に向けて

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「……と、言う訳で。今度行われる決闘に、ウェンデ様にもお付き合いいただきたいのですが」

 帰宅した後、夕食の席で私はウェンデに今日起きた出来事の一部始終を話した。すると最後の一言で驚いたのか、彼は紅茶でむせて咳き込んでしまったのである。

「げほっ、げほっ」

「っ、ウェンデ様、大丈夫ですか!?」

「ああ、済まない。……成程な、取り敢えず状況は分かった。勿論だ、私も着いて行こう」

 口元を拭ってから、ウェンデは直ぐに頷いてくれた。それを見て、私はホッと胸をなでおろした。

「それにしても。王太子妃は気性が激しい方だとは聞いてはいたが、まさかそこまでとはな」

「そんなに有名なのですか?」

 セレスディンとエリザが結婚したのは、私達が入籍したのよりも後のことだ。彼らの結婚式にはフィオネとベアンハートが出席しており、私は暫く公務から離れていたので、正直エリザのことを殆どよく知らないのだった。

「ああ。以前ドラフィアの王立騎士団の関係者と話をした時に、少し聞いたことがある。王太子妃は神経質かつヒステリックな性格で、気に触ると容赦無く怒鳴り散らしてくるらしい」

「そうなんですの?」 

「ああ。だから、彼女の護衛を務める際は物凄く気を使うと言っていた」

 紅茶を一口飲んでティーカップをソーサーに置いてから、ウェンデは続ける。

「兎に角、まずはお前が無事で良かった」

 彼の心配そうな表情を見て、急に胸が締め付けられた。

 幸い、切られたのは髪だけなので怪我は無かった。しかし片側の髪だけかなり短くなってしまったため、不格好になっていた。応急処置として目立たないようポニーテールにしたものの、髪が伸びるまでどう誤魔化すかは考えねばなるまい。
 
「出すぎた真似をしてしまい、申し訳ございません」

 改めてことの重大さを実感して、私はウェンデに謝った。

「謝らなくて良い。ただ……」

「?」

「気になることがあれば、直ぐに言ってくれ。勘違いだと思っても、今回みたいに大事の可能性もあるのだから」

「……はい」

 エリザが私に嫌がらせを仕掛けてきた理由は現状分からない。しかし、彼に早めに相談していたならば、このような自体も避けられたかもしれない。自分の考えの至らなさが招いた結果だ。私はただ力無く頷いたのだった。

「っ、ルイーセ。理由無く他人を疑わないのは良いことだと思う。ただ、他人に悪意を向けられた時、お前が傷付くのは避けたい。そうなる前に、私に相談して欲しいだけだ。だからその……責めてる訳ではない」

 余程私が落ち込んでいるように見えたのか、ウェンデは慌ててそう言ったのだった。

 彼に大切にされている。その事実は、冷えきっていた胸の中に温かさをもたらしたのだった。

「ふふっ、ありがとうございます」

「ところで、花の決闘とは? 名前は聞いたことがあるが、実際にどんなものなのかが全く分からん」

 そこで、私は花の決闘について説明を始めた。

 国同士の大規模な戦争が起きなくなっても、人同士の諍いが絶えないのが世の常だ。平和な世であっても、夜会やお茶会で女性同士が喧嘩となってしまい、険悪な仲になるのは儘あることだ。それが王族どうしならば、外交問題にもなりかねない。

 しかし、個人的な感情を政治に持ち込んでいてはキリが無い。そこで考案されたのが、''花の決闘''である。

 花の決闘とは、女性同士が喧嘩となった場合に用いられる。双方の国とは繋がりの薄い第三国で夜会を行い、そこでの立ち振る舞いがより美しい方を勝者とする。つまりは、剣を交える代わりに淑女としての価値で勝敗が決まるのである。

 負けたからといって罰が与えられるものではないが、敗者は勝者の言い分が正しいと認め、従うのが決まりである。そして、決闘での勝敗は政治に持ち込まないのが暗黙の了解であった。

「夜会の開催国はまだ決まっておりませんが、決まり次第招待状が届きますわ」

「分かった。剣や素手で王太子妃とお前がやり合う訳では無いなら良い」

「そ、それは流石に無いので、ご安心ください」

「冗談だ。何か特別な準備は必要なのか? 手伝えることがあれば協力するが」

「今のところは大丈夫です。ただ外見も審査の対象になるので、肌荒れなどをしないために体調管理には気をつけようと思います」

 そこまで言ったところで、ウェンデの表情がやや険しくなった。察するに、例の薬草スープの一件を思い出したのだろう。

「無理な食事制限はしない。そこだけは約束してくれるか?」

 彼の顔には、「絶対これだけは譲らない」という言葉がしっかりと書いてあったのだった。

「……お約束します。ウェンデ様、ちょっと顔が怖いです」

「悪いが、思ったことがすぐに顔に出る質なんだ」

 こうして、決闘に向けた準備は始まったのである。
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