42 / 55
決闘に向けて
しおりを挟む
「……と、言う訳で。今度行われる決闘に、ウェンデ様にもお付き合いいただきたいのですが」
帰宅した後、夕食の席で私はウェンデに今日起きた出来事の一部始終を話した。すると最後の一言で驚いたのか、彼は紅茶でむせて咳き込んでしまったのである。
「げほっ、げほっ」
「っ、ウェンデ様、大丈夫ですか!?」
「ああ、済まない。……成程な、取り敢えず状況は分かった。勿論だ、私も着いて行こう」
口元を拭ってから、ウェンデは直ぐに頷いてくれた。それを見て、私はホッと胸をなでおろした。
「それにしても。王太子妃は気性が激しい方だとは聞いてはいたが、まさかそこまでとはな」
「そんなに有名なのですか?」
セレスディンとエリザが結婚したのは、私達が入籍したのよりも後のことだ。彼らの結婚式にはフィオネとベアンハートが出席しており、私は暫く公務から離れていたので、正直エリザのことを殆どよく知らないのだった。
「ああ。以前ドラフィアの王立騎士団の関係者と話をした時に、少し聞いたことがある。王太子妃は神経質かつヒステリックな性格で、気に触ると容赦無く怒鳴り散らしてくるらしい」
「そうなんですの?」
「ああ。だから、彼女の護衛を務める際は物凄く気を使うと言っていた」
紅茶を一口飲んでティーカップをソーサーに置いてから、ウェンデは続ける。
「兎に角、まずはお前が無事で良かった」
彼の心配そうな表情を見て、急に胸が締め付けられた。
幸い、切られたのは髪だけなので怪我は無かった。しかし片側の髪だけかなり短くなってしまったため、不格好になっていた。応急処置として目立たないようポニーテールにしたものの、髪が伸びるまでどう誤魔化すかは考えねばなるまい。
「出すぎた真似をしてしまい、申し訳ございません」
改めてことの重大さを実感して、私はウェンデに謝った。
「謝らなくて良い。ただ……」
「?」
「気になることがあれば、直ぐに言ってくれ。勘違いだと思っても、今回みたいに大事の可能性もあるのだから」
「……はい」
エリザが私に嫌がらせを仕掛けてきた理由は現状分からない。しかし、彼に早めに相談していたならば、このような自体も避けられたかもしれない。自分の考えの至らなさが招いた結果だ。私はただ力無く頷いたのだった。
「っ、ルイーセ。理由無く他人を疑わないのは良いことだと思う。ただ、他人に悪意を向けられた時、お前が傷付くのは避けたい。そうなる前に、私に相談して欲しいだけだ。だからその……責めてる訳ではない」
余程私が落ち込んでいるように見えたのか、ウェンデは慌ててそう言ったのだった。
彼に大切にされている。その事実は、冷えきっていた胸の中に温かさをもたらしたのだった。
「ふふっ、ありがとうございます」
「ところで、花の決闘とは? 名前は聞いたことがあるが、実際にどんなものなのかが全く分からん」
そこで、私は花の決闘について説明を始めた。
国同士の大規模な戦争が起きなくなっても、人同士の諍いが絶えないのが世の常だ。平和な世であっても、夜会やお茶会で女性同士が喧嘩となってしまい、険悪な仲になるのは儘あることだ。それが王族どうしならば、外交問題にもなりかねない。
しかし、個人的な感情を政治に持ち込んでいてはキリが無い。そこで考案されたのが、''花の決闘''である。
花の決闘とは、女性同士が喧嘩となった場合に用いられる。双方の国とは繋がりの薄い第三国で夜会を行い、そこでの立ち振る舞いがより美しい方を勝者とする。つまりは、剣を交える代わりに淑女としての価値で勝敗が決まるのである。
負けたからといって罰が与えられるものではないが、敗者は勝者の言い分が正しいと認め、従うのが決まりである。そして、決闘での勝敗は政治に持ち込まないのが暗黙の了解であった。
「夜会の開催国はまだ決まっておりませんが、決まり次第招待状が届きますわ」
「分かった。剣や素手で王太子妃とお前がやり合う訳では無いなら良い」
「そ、それは流石に無いので、ご安心ください」
「冗談だ。何か特別な準備は必要なのか? 手伝えることがあれば協力するが」
「今のところは大丈夫です。ただ外見も審査の対象になるので、肌荒れなどをしないために体調管理には気をつけようと思います」
そこまで言ったところで、ウェンデの表情がやや険しくなった。察するに、例の薬草スープの一件を思い出したのだろう。
「無理な食事制限はしない。そこだけは約束してくれるか?」
彼の顔には、「絶対これだけは譲らない」という言葉がしっかりと書いてあったのだった。
「……お約束します。ウェンデ様、ちょっと顔が怖いです」
「悪いが、思ったことがすぐに顔に出る質なんだ」
こうして、決闘に向けた準備は始まったのである。
帰宅した後、夕食の席で私はウェンデに今日起きた出来事の一部始終を話した。すると最後の一言で驚いたのか、彼は紅茶でむせて咳き込んでしまったのである。
「げほっ、げほっ」
「っ、ウェンデ様、大丈夫ですか!?」
「ああ、済まない。……成程な、取り敢えず状況は分かった。勿論だ、私も着いて行こう」
口元を拭ってから、ウェンデは直ぐに頷いてくれた。それを見て、私はホッと胸をなでおろした。
「それにしても。王太子妃は気性が激しい方だとは聞いてはいたが、まさかそこまでとはな」
「そんなに有名なのですか?」
セレスディンとエリザが結婚したのは、私達が入籍したのよりも後のことだ。彼らの結婚式にはフィオネとベアンハートが出席しており、私は暫く公務から離れていたので、正直エリザのことを殆どよく知らないのだった。
「ああ。以前ドラフィアの王立騎士団の関係者と話をした時に、少し聞いたことがある。王太子妃は神経質かつヒステリックな性格で、気に触ると容赦無く怒鳴り散らしてくるらしい」
「そうなんですの?」
「ああ。だから、彼女の護衛を務める際は物凄く気を使うと言っていた」
紅茶を一口飲んでティーカップをソーサーに置いてから、ウェンデは続ける。
「兎に角、まずはお前が無事で良かった」
彼の心配そうな表情を見て、急に胸が締め付けられた。
幸い、切られたのは髪だけなので怪我は無かった。しかし片側の髪だけかなり短くなってしまったため、不格好になっていた。応急処置として目立たないようポニーテールにしたものの、髪が伸びるまでどう誤魔化すかは考えねばなるまい。
「出すぎた真似をしてしまい、申し訳ございません」
改めてことの重大さを実感して、私はウェンデに謝った。
「謝らなくて良い。ただ……」
「?」
「気になることがあれば、直ぐに言ってくれ。勘違いだと思っても、今回みたいに大事の可能性もあるのだから」
「……はい」
エリザが私に嫌がらせを仕掛けてきた理由は現状分からない。しかし、彼に早めに相談していたならば、このような自体も避けられたかもしれない。自分の考えの至らなさが招いた結果だ。私はただ力無く頷いたのだった。
「っ、ルイーセ。理由無く他人を疑わないのは良いことだと思う。ただ、他人に悪意を向けられた時、お前が傷付くのは避けたい。そうなる前に、私に相談して欲しいだけだ。だからその……責めてる訳ではない」
余程私が落ち込んでいるように見えたのか、ウェンデは慌ててそう言ったのだった。
彼に大切にされている。その事実は、冷えきっていた胸の中に温かさをもたらしたのだった。
「ふふっ、ありがとうございます」
「ところで、花の決闘とは? 名前は聞いたことがあるが、実際にどんなものなのかが全く分からん」
そこで、私は花の決闘について説明を始めた。
国同士の大規模な戦争が起きなくなっても、人同士の諍いが絶えないのが世の常だ。平和な世であっても、夜会やお茶会で女性同士が喧嘩となってしまい、険悪な仲になるのは儘あることだ。それが王族どうしならば、外交問題にもなりかねない。
しかし、個人的な感情を政治に持ち込んでいてはキリが無い。そこで考案されたのが、''花の決闘''である。
花の決闘とは、女性同士が喧嘩となった場合に用いられる。双方の国とは繋がりの薄い第三国で夜会を行い、そこでの立ち振る舞いがより美しい方を勝者とする。つまりは、剣を交える代わりに淑女としての価値で勝敗が決まるのである。
負けたからといって罰が与えられるものではないが、敗者は勝者の言い分が正しいと認め、従うのが決まりである。そして、決闘での勝敗は政治に持ち込まないのが暗黙の了解であった。
「夜会の開催国はまだ決まっておりませんが、決まり次第招待状が届きますわ」
「分かった。剣や素手で王太子妃とお前がやり合う訳では無いなら良い」
「そ、それは流石に無いので、ご安心ください」
「冗談だ。何か特別な準備は必要なのか? 手伝えることがあれば協力するが」
「今のところは大丈夫です。ただ外見も審査の対象になるので、肌荒れなどをしないために体調管理には気をつけようと思います」
そこまで言ったところで、ウェンデの表情がやや険しくなった。察するに、例の薬草スープの一件を思い出したのだろう。
「無理な食事制限はしない。そこだけは約束してくれるか?」
彼の顔には、「絶対これだけは譲らない」という言葉がしっかりと書いてあったのだった。
「……お約束します。ウェンデ様、ちょっと顔が怖いです」
「悪いが、思ったことがすぐに顔に出る質なんだ」
こうして、決闘に向けた準備は始まったのである。
0
お気に入りに追加
363
あなたにおすすめの小説
〈短編版〉騎士団長との淫らな秘め事~箱入り王女は性的に目覚めてしまった~
二階堂まや
恋愛
王国の第三王女ルイーセは、女きょうだいばかりの環境で育ったせいで男が苦手であった。そんな彼女は王立騎士団長のウェンデと結婚するが、逞しく威風堂々とした風貌の彼ともどう接したら良いか分からず、遠慮のある関係が続いていた。
そんなある日、ルイーセは森に散歩に行き、ウェンデが放尿している姿を偶然目撃してしまう。そしてそれは、彼女にとって性の目覚めのきっかけとなってしまったのだった。
+性的に目覚めたヒロインを器の大きい旦那様(騎士団長)が全面協力して最終的にらぶえっちするというエロに振り切った作品なので、気軽にお楽しみいただければと思います。
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
快楽のエチュード〜父娘〜
狭山雪菜
恋愛
眞下未映子は、実家で暮らす社会人だ。週に一度、ストレスがピークになると、夜中にヘッドフォンをつけて、AV鑑賞をしていたが、ある時誰かに見られているのに気がついてしまい……
父娘の禁断の関係を描いてますので、苦手な方はご注意ください。
月に一度の更新頻度です。基本的にはエッチしかしてないです。
こちらの作品は、「小説家になろう」でも掲載しております。
【R18】清楚系テニス女子とクール系コーチが二人きりになった時【官能】
ななこす
恋愛
テニス部の三上優愛(みかみゆあ)が、コーチの鍛冶(かじしゅういち)と二人きりになった時の話。
*官能表現、R-18表現多くなる予定です。ご容赦下さい。
女の子がひたすら気持ちよくさせられる短編集
春
恋愛
様々な設定で女の子がえっちな目に遭うお話。詳しくはタグご覧下さい。モロ語あり一話完結型。注意書きがない限り各話につながりはありませんのでどこからでも読めます。pixivにも同じものを掲載しております。
一途な溺愛が止まりません?!〜従兄弟のお兄様に骨の髄までどろどろに愛されてます〜
Nya~
恋愛
中立国家フリーデン王国のたった一人の王女であるプリンツェッスィン・フリーデンには六つ上の従兄のヴァール・アルメヒティヒがいた。プリンツェッスィンが生まれてこの方親のように、いや親以上にヴァールが彼女のお世話をしてきたのだ。そしてある日二人は想いが通じるが、一筋縄ではいかない理由があって……?◇ちゃんとハッピーエンドなので安心して見れます!◇一途な溺愛が止まりません?!シリーズ第二弾!従兄×従妹の話になります!第一弾の「一途な溺愛が止まりません?!〜双子の姉妹は双子の兄弟にとろとろに愛されてます〜」(https://www.alphapolis.co.jp/novel/721432239/761856169)の続編になります。第一弾を見なくても一応話は通じるようにはしてますが、第一弾を読了後だとなお分かりやすいと思うので、是非第一弾も読んでみてください!◇※本番以外の軽度描写は☆、本番Rは★をタイトル横につけてます。
【R18】いくらチートな魔法騎士様だからって、時間停止中に××するのは反則です!
おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
寡黙で無愛想だと思いきや実はヤンデレな幼馴染?帝国魔法騎士団団長オズワルドに、女上司から嫌がらせを受けていた落ちこぼれ魔術師文官エリーが秘書官に抜擢されたかと思いきや、時間停止の魔法をかけられて、タイムストップ中にエッチなことをされたりする話。
※ムーンライトノベルズで1万字数で完結の作品。
※ヒーローについて、時間停止中の自慰行為があったり、本人の合意なく暴走するので、無理な人はブラウザバック推奨。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる