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女王の制裁
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+ラーシュ視点
大広間の三階席から、踊っているルイーセとウェンデをぼんやりと眺める。そんなことをしても何の足しにもならず、自らの苛立ちを増長させるだけだと言うのに。今から嫌がらせをする方法はいくらでもあるが、その気力もとうに失せていた。
百合の花はルイーセが初めての舞踏会で着たドレスの柄だった。今宵も同じ百合柄のドレスを提案したが、彼女にハッキリと断られてしまった。それはまるで、自分に対する明確な拒絶のようにも感じられた。
ふと、ヒールの音が横から近付いてきているのに気付く。視線を向けると、真紅のドレスを着たフィオネが隣にいたのだった。
「やっと見つけた。ここに居たのね」
フィオネはそう言って、俺の隣に並んだ。しかし、ベアンハートは一緒に来ていないようだった。
「さっきはうちの主人が足を滑らせてご迷惑をかけたみたいで、ごめんなさい。お怪我は無かったかしら?」
「別に、大したことではありませんので」
ベアンハートが自分の悪行を目撃したのは明白だ。しかしどこまで彼女に告げ口したかは分からない。なので俺は、淡々と当たり障りの無い応えを返した。
しかし、いつもの様に愛想の良い笑みを浮かべる余裕は、もう残っていなかったのだった。
「ところで、用済みの人間に何の御用ですか?」
苛立ちをぶつけるように、俺は言った。
「用済み? 何のことかしら?」
「ウェンデが来たのだから、この場に……彼女に自分はもう不要でしょう」
ダンスを続けるルイーセ達を一瞥して、吐き捨てるように続けた。しかし、フィオネが動じる様子は一切無かった。流石リクスハーゲンの女王と言ったところか。
「確かに今あの子とダンスを踊っているのはウェンデだけれども、だからと言って、妹に貴方が不要というのは違うと思うわ」
「と、言うと?」
「だって、あの子にとって貴方が大切な存在であることは、今も昔も変わらないもの。夫としてではなく、あくまで兄としてだけれどもね」
「はっ……都合の良い話だな。俺のことなんて、頭の中からすっかり消えてるだろうよ」
「もしかして、ルイーセがウェンデを探しに行ったのは単に彼とダンスを踊りたかったからって思ってる?」
それは違う、と言って、フィオネは首を横に振った。
「夫婦として、周囲に認められたかったからよ。それが無ければ、貴方と踊ってたと思うわ」
「……」
「ドレスだってそう。ウェディングドレスと同じ柄を選んだのは、貴方を拒みたいからじゃなくて、ウェンデに愛を伝えたかったからに他ならないわ」
「よく分からない思考だな」
「あら、そうかしら?」
幸せそうに踊る妹の姿を見ながら、フィオネは言った。
「楽しい思い出は上書きしていくものじゃなくて増えていくものであるように、大切な人も入れ替えていくんじゃなくて増えていくもの。……と言った方が良いかしら」
「自分のことも心の片隅には残ってる……ってか。残念ながら爪痕一つ残せなかったと思っているのだけどな」
「爪痕、ね。残さなくて良かったんじゃないかしら」
「は?」
「だって、引っ掻かれたら痛いじゃない」
ルイーセ達は、無事ダンスを踊り終えた。先程までヒソヒソ話をしていた観客達は、二人に盛大な拍手を送っていたのだった。
しかし、ルイーセは何故かキョロキョロと当たりを見回していた。まるで、誰かを探しているようである。
大好きな旦那が隣にいるというのに、一体誰を探しているのか。不思議に思っていると、ルイーセと目が合ったのだった。
それから彼女は照れたように笑いながら、此方に手を振ったのである。
先程自分を襲いかけた男に愛想を振りまくなんて、どうかしてるんじゃないか。
心の中で毒づくものの、罪悪感でちくりと胸が痛むのを感じた。
「あの子ってね。繊細だけど純粋で他人を疑うことを知らないの。特に、一度信用した人は絶対疑わない。子供の頃、何度かイタズラを仕掛けたことがあるけど、私が犯人って気付かなかったもの」
「危機管理能力が低すぎないか?」
「言ってしまえばそうね。兎に角、仮に貴方が爪痕を残していたならば、あの笑顔も見れなかったはずよ」
決定的なことをしたが、ルイーセは自分を信用していたから、疑わなかったと言うのか。しかし、それを確かめる術は無かった。
今あるのは、ルイーセが自分に対して無邪気に笑いかけてきたという事実だけである。
「ラーシュ。貴方がルイーセに何をしようとしたかは敢えて聞きません。けれども、もし今後ルイーセに何か悪いイタズラをしたならば、姉として相応の対応をさせてもらうわ」
「……」
「ベアンハートには今後は行動に気をつけるように、と私から言っておくわ。今日の一件について何かご意見があるならば、いつでも私が受け付けますので」
そう言って、フィオネは去って行ったのである。
大広間の三階席から、踊っているルイーセとウェンデをぼんやりと眺める。そんなことをしても何の足しにもならず、自らの苛立ちを増長させるだけだと言うのに。今から嫌がらせをする方法はいくらでもあるが、その気力もとうに失せていた。
百合の花はルイーセが初めての舞踏会で着たドレスの柄だった。今宵も同じ百合柄のドレスを提案したが、彼女にハッキリと断られてしまった。それはまるで、自分に対する明確な拒絶のようにも感じられた。
ふと、ヒールの音が横から近付いてきているのに気付く。視線を向けると、真紅のドレスを着たフィオネが隣にいたのだった。
「やっと見つけた。ここに居たのね」
フィオネはそう言って、俺の隣に並んだ。しかし、ベアンハートは一緒に来ていないようだった。
「さっきはうちの主人が足を滑らせてご迷惑をかけたみたいで、ごめんなさい。お怪我は無かったかしら?」
「別に、大したことではありませんので」
ベアンハートが自分の悪行を目撃したのは明白だ。しかしどこまで彼女に告げ口したかは分からない。なので俺は、淡々と当たり障りの無い応えを返した。
しかし、いつもの様に愛想の良い笑みを浮かべる余裕は、もう残っていなかったのだった。
「ところで、用済みの人間に何の御用ですか?」
苛立ちをぶつけるように、俺は言った。
「用済み? 何のことかしら?」
「ウェンデが来たのだから、この場に……彼女に自分はもう不要でしょう」
ダンスを続けるルイーセ達を一瞥して、吐き捨てるように続けた。しかし、フィオネが動じる様子は一切無かった。流石リクスハーゲンの女王と言ったところか。
「確かに今あの子とダンスを踊っているのはウェンデだけれども、だからと言って、妹に貴方が不要というのは違うと思うわ」
「と、言うと?」
「だって、あの子にとって貴方が大切な存在であることは、今も昔も変わらないもの。夫としてではなく、あくまで兄としてだけれどもね」
「はっ……都合の良い話だな。俺のことなんて、頭の中からすっかり消えてるだろうよ」
「もしかして、ルイーセがウェンデを探しに行ったのは単に彼とダンスを踊りたかったからって思ってる?」
それは違う、と言って、フィオネは首を横に振った。
「夫婦として、周囲に認められたかったからよ。それが無ければ、貴方と踊ってたと思うわ」
「……」
「ドレスだってそう。ウェディングドレスと同じ柄を選んだのは、貴方を拒みたいからじゃなくて、ウェンデに愛を伝えたかったからに他ならないわ」
「よく分からない思考だな」
「あら、そうかしら?」
幸せそうに踊る妹の姿を見ながら、フィオネは言った。
「楽しい思い出は上書きしていくものじゃなくて増えていくものであるように、大切な人も入れ替えていくんじゃなくて増えていくもの。……と言った方が良いかしら」
「自分のことも心の片隅には残ってる……ってか。残念ながら爪痕一つ残せなかったと思っているのだけどな」
「爪痕、ね。残さなくて良かったんじゃないかしら」
「は?」
「だって、引っ掻かれたら痛いじゃない」
ルイーセ達は、無事ダンスを踊り終えた。先程までヒソヒソ話をしていた観客達は、二人に盛大な拍手を送っていたのだった。
しかし、ルイーセは何故かキョロキョロと当たりを見回していた。まるで、誰かを探しているようである。
大好きな旦那が隣にいるというのに、一体誰を探しているのか。不思議に思っていると、ルイーセと目が合ったのだった。
それから彼女は照れたように笑いながら、此方に手を振ったのである。
先程自分を襲いかけた男に愛想を振りまくなんて、どうかしてるんじゃないか。
心の中で毒づくものの、罪悪感でちくりと胸が痛むのを感じた。
「あの子ってね。繊細だけど純粋で他人を疑うことを知らないの。特に、一度信用した人は絶対疑わない。子供の頃、何度かイタズラを仕掛けたことがあるけど、私が犯人って気付かなかったもの」
「危機管理能力が低すぎないか?」
「言ってしまえばそうね。兎に角、仮に貴方が爪痕を残していたならば、あの笑顔も見れなかったはずよ」
決定的なことをしたが、ルイーセは自分を信用していたから、疑わなかったと言うのか。しかし、それを確かめる術は無かった。
今あるのは、ルイーセが自分に対して無邪気に笑いかけてきたという事実だけである。
「ラーシュ。貴方がルイーセに何をしようとしたかは敢えて聞きません。けれども、もし今後ルイーセに何か悪いイタズラをしたならば、姉として相応の対応をさせてもらうわ」
「……」
「ベアンハートには今後は行動に気をつけるように、と私から言っておくわ。今日の一件について何かご意見があるならば、いつでも私が受け付けますので」
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