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苦いスープなんて大嫌い
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私の食事は、毎回薬草スープから始まる。
とろみのある深緑色をスプーンに一掬いして、ゆっくりと口に運ぶ。気が進まない動作は遅くなると言うけれども、本当である。
何十種類も薬草やハーブを混ぜ合わせたそれは、美味しい朝食……というよりも、風邪を引いた時に飲む薬のようなものに近い。
「……っ、ん、」
口に広がるのは、野草を食んだような苦く独特な味。
決して美味とは言い難い代物なので、飲まないで済むならばそうしたい。朝昼晩三食これと顔を合わせるのは、正直苦痛である他無い。
初めて口にした時は、あまりに癖の強い味のため無心で嚥下するのがやっとだった。私に頼まれて調理してくれているコックのことを忘れていたならば、きっと吐いていたに違いない。最近になってようやく噛んで飲み込むことが出来るようになったくらいだ。
けれども、''体調管理''が今の私の課題であり責務だ。このスープを飲む代わりに食べるパンの量を半分以下にしたことで、順当に体重は減っている。効果はあるので、どうしても止められないのだった。
不意に、昨夜の心配そうなウェンデの表情が思い浮かぶ。
無理はするなと、彼は言ってくれた。それは建前などではなく、本心でありウェンデの優しさだろう。夫にあんな顔をさせてしまい、ちくりと胸が痛むのを感じた。
これは自分のためであり、彼のためでもある。だから、仕方無い。
そう自分に言い聞かせながら、私はひたすらにスープを口にする。いくら不味くても空腹であれば、嘔吐くことなく食べられるというのは、何とも不思議である。
美味しいものを食べるのは、昔から大好きだった。けれども背が高く少食のフィオネや乗馬が趣味のマーリットと比べて、自分が太っているのは事実である。だから、運動も食事制限も頑張らねばなるまい。焦りは日々募るばかりであった。
特に、昨日は実家でケーキを食べてしまったので、その分は数日かけて調整をする必要がある。今日の朝食はパン抜きで、スープも半分の量にしていた。
「……ご馳走様」
スープ皿を空にして、私は席から立ち上がった。
+
「……は、っ、は」
朝食を終えてから、私は森に出掛けた。朝食前にも散歩に来たので、本日二度目である。
明るい森は鳥の囀りで朝から賑やかであった。そんな鳥達は私の姿を、不思議そうに木の上から見つめていた。
ゆっくり歩くだけでは不十分な気がして、早歩きで森をひたすらに進む。昼に食事のため戻るとして、それまで運動しようと決めたのである。
気温が高いこともあり、額には既に汗が滲んでおり、少しきつくしたコルセットの下はサウナのように暑く感じられた。わざと底が厚く重い靴を履いてきたので、いつにも増して疲労が急速に溜まっていく。
長い髪が邪魔になり、頭の後ろで一つ結びにした。私の髪は姉達とは違って艶の無いぼやけた薄いブロンド髪だ。雨が降り濁った川のような自分の髪色が、私は好きではなかった。
辛い、少し休憩したい。けれども、まだ休んでは駄目だ。
なぜならここで挫けたら、また''できない子''止まりになってしまうのだから。
私はよく出来た姉二人とは違う。だから、もっと頑張らないといけないのだ。
自分を叱咤しながら、私は森の中を早足で進む。久々の激しい運動だからか、息はもうすっかり上がっていた。
懐中時計を見てみると、森に来てまだ一時間しか経っていなかった。自らのひ弱さに、私は苛立ちを募らせていた。
「……っ、は、ぁ、」
突然、私は強い目眩に襲われた。そのまま近くの木にもたれてしゃがみこむけれども、なかなか収まってはくれなかった。
「……っ、は、」
視界がぐらりぐらりと揺れ、歪んでいく。満腹とは程遠いはずの胃が、気持ち悪い。
襲ってきた目眩と吐き気に危機感を覚え、私は引き返し始めた。
けれども、のろのろとした足取りで、中々家には辿り着けない。家の前に来た時には既に、体力の限界になっていた。そして私は、そのまま地面に倒れてしまったのである。
「ルイーセ様!?」
外で掃き掃除をしていたメイドが、慌てて駆け寄ってきた。けれども私には、応えを返す気力は残っていなかった。
私の意識は、そこで途切れてしまったのである。
とろみのある深緑色をスプーンに一掬いして、ゆっくりと口に運ぶ。気が進まない動作は遅くなると言うけれども、本当である。
何十種類も薬草やハーブを混ぜ合わせたそれは、美味しい朝食……というよりも、風邪を引いた時に飲む薬のようなものに近い。
「……っ、ん、」
口に広がるのは、野草を食んだような苦く独特な味。
決して美味とは言い難い代物なので、飲まないで済むならばそうしたい。朝昼晩三食これと顔を合わせるのは、正直苦痛である他無い。
初めて口にした時は、あまりに癖の強い味のため無心で嚥下するのがやっとだった。私に頼まれて調理してくれているコックのことを忘れていたならば、きっと吐いていたに違いない。最近になってようやく噛んで飲み込むことが出来るようになったくらいだ。
けれども、''体調管理''が今の私の課題であり責務だ。このスープを飲む代わりに食べるパンの量を半分以下にしたことで、順当に体重は減っている。効果はあるので、どうしても止められないのだった。
不意に、昨夜の心配そうなウェンデの表情が思い浮かぶ。
無理はするなと、彼は言ってくれた。それは建前などではなく、本心でありウェンデの優しさだろう。夫にあんな顔をさせてしまい、ちくりと胸が痛むのを感じた。
これは自分のためであり、彼のためでもある。だから、仕方無い。
そう自分に言い聞かせながら、私はひたすらにスープを口にする。いくら不味くても空腹であれば、嘔吐くことなく食べられるというのは、何とも不思議である。
美味しいものを食べるのは、昔から大好きだった。けれども背が高く少食のフィオネや乗馬が趣味のマーリットと比べて、自分が太っているのは事実である。だから、運動も食事制限も頑張らねばなるまい。焦りは日々募るばかりであった。
特に、昨日は実家でケーキを食べてしまったので、その分は数日かけて調整をする必要がある。今日の朝食はパン抜きで、スープも半分の量にしていた。
「……ご馳走様」
スープ皿を空にして、私は席から立ち上がった。
+
「……は、っ、は」
朝食を終えてから、私は森に出掛けた。朝食前にも散歩に来たので、本日二度目である。
明るい森は鳥の囀りで朝から賑やかであった。そんな鳥達は私の姿を、不思議そうに木の上から見つめていた。
ゆっくり歩くだけでは不十分な気がして、早歩きで森をひたすらに進む。昼に食事のため戻るとして、それまで運動しようと決めたのである。
気温が高いこともあり、額には既に汗が滲んでおり、少しきつくしたコルセットの下はサウナのように暑く感じられた。わざと底が厚く重い靴を履いてきたので、いつにも増して疲労が急速に溜まっていく。
長い髪が邪魔になり、頭の後ろで一つ結びにした。私の髪は姉達とは違って艶の無いぼやけた薄いブロンド髪だ。雨が降り濁った川のような自分の髪色が、私は好きではなかった。
辛い、少し休憩したい。けれども、まだ休んでは駄目だ。
なぜならここで挫けたら、また''できない子''止まりになってしまうのだから。
私はよく出来た姉二人とは違う。だから、もっと頑張らないといけないのだ。
自分を叱咤しながら、私は森の中を早足で進む。久々の激しい運動だからか、息はもうすっかり上がっていた。
懐中時計を見てみると、森に来てまだ一時間しか経っていなかった。自らのひ弱さに、私は苛立ちを募らせていた。
「……っ、は、ぁ、」
突然、私は強い目眩に襲われた。そのまま近くの木にもたれてしゃがみこむけれども、なかなか収まってはくれなかった。
「……っ、は、」
視界がぐらりぐらりと揺れ、歪んでいく。満腹とは程遠いはずの胃が、気持ち悪い。
襲ってきた目眩と吐き気に危機感を覚え、私は引き返し始めた。
けれども、のろのろとした足取りで、中々家には辿り着けない。家の前に来た時には既に、体力の限界になっていた。そして私は、そのまま地面に倒れてしまったのである。
「ルイーセ様!?」
外で掃き掃除をしていたメイドが、慌てて駆け寄ってきた。けれども私には、応えを返す気力は残っていなかった。
私の意識は、そこで途切れてしまったのである。
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