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File.5 家族のための仕事

第二十五話 貴方が愛してくれるなら

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 「みっちゃん、あんたは茉《まつ》さんの愛を疑うんすか!? 義《よし》人《と》君の信頼を裏切るんすか!!? 恥を知ってくださいっす!!」
 雨に打たれながら東が叫ぶ。本来、犯人に言うはずのあずまの決め台詞「恥を知ってくださいっす」を、まさかゆうに言うことになろうとは、東自身も思っても見なかっただろう。
 だが、その言葉は確実に裕基の心を動かした。
 「……そうだな。まさか茉莉が、自分より俺のほうが年収が低いことに文句を言いだすまい」
 裕基の顔に、再び静かな笑顔が灯った。
 「……さあ、ウチに帰るっすよ、みっちゃん」
 「……ああ」
 こうして、二人は街灯照らす夜の道を歩いていくのだった……

 とは、実はなっていない。なぜだろうか?
 二人が立ち去ろうとした刹那、そこに停まっていた車から物音が聞こえた。
 「あっ……」
 東は足を止め、顔を青くした。
 「やっべ!!! さん忘れてた!!!」
 東は慌てて車の扉を開けようとするが開かず、タクティカルペンで窓ガラスを割って内側から扉を開けた。
 「香菜さん!! 大丈夫っすか!!?」
 東が確認した香菜の姿、顔には目立った外傷はないが、両腕を縛られ、服に殴られたり蹴られたりした跡がある。口はガムテープでふさがれていたが、その泣きはらした目が全てを物語っていた。
 東は恐る恐る香菜の口にあるガムテープをはがす。
 「大丈夫っすか?」
 恐る恐る尋ねる東。
 「……」
 香菜は東を一点に見つめるばかりで何も答えない。
 東は違和感を抱きつつも、そのまま香菜の拘束を解いていく。
 「あの……怒ってるっすか?」
 、とは言わないが、もちろんこのタイミングで香菜が怒る原因といえば東には一つしか思い浮かばない。
 「……別に」
 香菜はただそっけなく答えただけだった。


 その後、水沼は自宅に戻り、東と香菜もタクシーで住居に戻った。
 タクシー内は無言だった。東は地獄を感じた。
 全ての黒幕・ながやまけいろういいかずたかは、裕基が残した部下によって逮捕された。その後に警察庁内で二人に賄賂を受け取った人員が次々に摘発されたのは、また別のお話である。

 翌日朝、東はこれ以上依頼を続ける理由がないということを、依頼人クライアントであるみずぬま茉莉に報告しに水沼家を訪れた。
 「……ということで、茉莉さんから受けた任務は完了ということになるっす」
 「そうですね……裕基さんの潔白を証明してくれましたもんね。達成料は今日中に振り込みます」
 東と茉莉が話しているのを、裕基が気まずそうに見ていた。
 「みっちゃんと話はしたっすか?」
 「ええ。そんなことで悩んでいるのかって、笑っちゃいました。私は裕基さんにお金も地位も求めてなんかいません。私、あの時裕基さんに言ったんです。『あなたが私と義人を愛してくれるなら、他には何もいらない』って!」
 「やめてくれ茉莉、恥ずかしい!」
 ついに耐え切れず裕基が会話に割り込んだ。
 「あら、私が裕基さんを愛していることが恥ずかしいことなの?」
 「ち、違う!! なんで東に話しちゃうんだ……!!」
 「ほら、もっと相思相愛っ振りを東さんにも……」
 「あー……僕はこれで失礼するっす」
 今度は東がその場の空気に耐えられず、そそくさと水沼家を後にした。

 かくして、事件は解決した。のだが……
 帰り道、東の足取りは珍しく重苦しかった。
 理由としては、東が以下のように思考していたことが挙げられる。
 (香菜さんがなぁ……帰ったら大事な話があるって言ってたんだよなぁ……絶対事務所辞めるよなぁ……あんなことがあったらなぁ……)
 
 「ただいま……」
 「おかえりなさい、東さん」
 その声からも負の感情があふれ出している東に対して、香菜は普段通り、何も足さず何も引かない声であった。
 「その……話というのは?」
 東が恐る恐る聞く。
 香菜は少し発言することをためらっていたようだが、意を決して発言した。
 「東さん、この前の事件のことで……」
 (ああ、終わった。俺は香菜さんに失望されたんだ。俺に雇われてなきゃあんな危険な目には)
 「どうしても…………!」
 (っすよね……俺は謝られて当然の立場……)
と東が思ったとき、香菜がなんと発言したかを反芻したかによって
「え?」
と、思わず疑問100%の声が出た。
 香菜はそのまま話を続ける。
 「すみませんでした!! 私が余計なことしたばかりに東さんの手を煩わせてしまって……!!!」
 香菜が深々と頭を下げるので、東はいよいよ混乱した。
 「え? え? え? いや、なんで香菜さんが謝ってるんすか。部下を危険な目に合わせたのは僕の責任っすよ」
 「いえ!! 東さんのせいじゃありませんから!! 本当にごめんなさい!!」
 「いや、それよりも……え? ホントにそれだけ?」
 「え? はい、それだけですけど……」
 香菜も、東と自分との間で事態の認識が異なることに気づいたようだった。
 「……フゥ……よかったぁ……!」
 東は大きなため息をつくと、ヘナヘナとその場に座り込んでしまった。
 「東さん!?」
 東が倒れることにナーバスになっている香菜はすぐさま東に駆け寄る。
 「いや……安心したっすよ。僕はてっきり辞められるものかと思ったっすから……」
 「え? 何言ってるんですか辞めませんよ!」
 東の手を取り、ソファに座らせる香菜。
 東の顔を真剣な目で見つめながらスピーチを始めた。
 「私、東さんの所で働くのすっごく楽しいんですよ? 毎日いろんな人と関われて、いろんな人の役に立てて」
 それからボリュームを下げて
「給料もいいし」
と付け加えた。
 「確かに怖い目に合うこともありますけど……私、この仕事にやりがい感じてますから!」
 「そ、そうなんすか……」
 あまりに真っすぐに見つめられるので、思わず顔をそむけてしまう東。
 「でも、ホント一昨日みたいなことは止めてくださいっすよ? 心配になるすから。実際に一歩間違ってたら命はない状況だったっすし……」
 「……でも私、あの時思ったんです。私が助手になるまで、東さんはでこんな危険な仕事してきたんだなって」
 香菜は不意に顔に影を落とし、未だに痛む右胸を押さえた。
 「殴られたり蹴られたりするのも初めてで、とっても痛くて、苦しくて……泣きました。でも東さんもきっと同じ目にあったことがあると思うと、耐えられました。ギリギリですけどね……エヘヘ」
 東は何も言えずに香菜の話を聞いていた。
 「だから、東さんが助けに来てくれた時、私嬉しくて嬉しくて、また泣いちゃいました……ほんとに心細かったんです。そんな時に主人公みたいに駆けつけてきてくれて、一瞬で犯人を仕留めちゃって……」
 ここまでは笑顔だった。しかし急に声を潜め困り顔になり、
「私を置いていこうとしたのはショックでしたけど」
と、東が言われるのを覚悟していた言葉を言ってきた。覚悟していたとはいえ、東にとってもやはりショックだったようだ。
 「だから、その、本当に……ありがとうございました。助けに来てくれて」
 その時、東は初めて涙が「湧き出る」様子を見た。
 表情は変わらないのに、一粒、又一粒と香菜の目から涙が零れていく。
 「エヘヘ、ダメだ……東さんの前では泣かないって決めたのに」
 東は香菜を抱きしめなければという衝動的使命感にかられ、忠実に従った。
 「え!? あ……東さん!?」
 かつて東を抱きしめた経歴があるくせに、自分が抱きしめられれば顔を赤らめる香菜。
 「ごめん……本当にごめんなさいっす……僕がダメな奴だから」
 「そんな……私のほうこそごめんなさい……!!」
 香菜も優しく東の腰に手をまわした。
 東も初めて香菜の前で泣いた。
 その日、事務所は臨時休業となった。


今回の東敏行の収支
 支出
 ・賄賂 20万
 ・香菜の治療費 1万
 ・タクシー代 5000
 計21万5000円
 収入
 ・前金 500万
 ・依頼達成料 1000万
 計1500万円

収支 +1478万5000円


 それから、最高気温三十度越えの本格的な夏が始まった二〇二三年七月一日。
 「ハァ、ハァ、熱い」
 次から次へと汗を分泌し続けている東。
 「しっかりしてください! もうすぐ事務所につきますから!」
 暑い日でもしっかり元気な香菜。
 今日も又、がね区に住む金持ちのトラブルを解決したところである。
 「帰ったらかき氷食べましょう、東さん!」
 「は、はひ~……」
 そしてまた、誰かの依頼を解決しに行くのである。
 「次は確か……南西部のほうでしたっけ?」
 「……で、……なさ……じょう……の(なんで、香菜さんは大丈夫なの)」
 疑問に思う東。確かに鍛えているとは言え、この暑さで元気でいられるのは相当な理由があるはずだ。
 しかし、それを語るにはこの章はもはや残りが少なすぎる故、次の章で語ることにする。
 「ちょっと、東さん!? マジで大丈夫ですか!?」
 「大丈夫……次の依頼は2000万の大口契約……こんなところで倒れるわけには……」
 かくして、なんとかギリギリで事務所に帰り着いた東は、水をがぶ飲みしクーラーに当たり、生まれ変わったような気分を味わうのだった。


 この世に依頼がある限り、男は活動を止めはしないだろう。
 男の名は東としゆき、二十五歳。人は彼を、関東一の(守銭奴)探偵と呼ぶ。


次回、File.6 電子の炎、開幕
第二十六話 燃える青い鳥 に続く
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