上 下
4 / 67

雪玉クッキーに願いを込めて

しおりを挟む
 アンディと別れたシェリアは、クッキーをつくるべく厨房へとやってきた。

 シェリアがつくりたいのは、ポルボロン。
 まるくて白い、雪玉のようなこのクッキーは、口に入れると雪みたいに溶けていく。

『ポルボロン、ポルボロン、ポルボロン……』と、3回唱えることが出来たなら、願いが叶うと言われているらしい。

 慣れない王都での、厳しいレッスンやドレスの為の食事制限に、荒みかけたシェリアの心を癒してくれたこのクッキー。シェリアと同じように領地から出てきたという令嬢と仲良くなりプレゼントに貰ったのだ。
 因みに、シェリアが持って帰ってきた包みを見た伯母は、随分と渋い顔をしていた。

 この可愛らしいクッキーなら、きっと、“かれら”も喜んでシェリアの前にも姿を現してくれるかもしれない。

 シェリアは期待に胸を膨らませ、手元のメモを読み上げながら、材料を確認していく。

「……小麦粉、バター、粉砂糖、アーモンドプードル」

 粉砂糖は砂糖をすり潰して、アーモンドプードルはアーモンドを茹でて砕けばいいそうで、それなら自分にも出来そうだと、シェリアは思った。

 どうしてもつくりたくて、シェリアはこっそり滞在している屋敷のシェフにレシピを教えて貰い、伯母に見つからないように大切にしまっていた。
  
「会えるといいな……」

 静寂な厨房に、ぽつりと呟いたシェリアの声が響く。
 シェリアのメモを持つ手に、無意識に力が込もり、紙はくしゃりとシワになった。

 もう、あと数年もすればシェリアは嫁がねばならない。

 それが貴族の娘に生まれた義務であるし、シェリアがいつまでも屋敷にいては、シーリティ伯爵家を継ぐアンディの邪魔になってしまうからだ。

 この土地を離れれば、“かれら”に会えるかもしれない機会はぐっと減るだろう。



 シーリティ伯爵家の前代は、とある“ひとならざるもの”を助けたらしい。

 ある時は、羽根を痛めた“かれら”の足となり。
 またある時は、雨避けとなり。

 見知らぬ人間に対して警戒心の強かった“かれら”の警戒を少しずつ解いていき、前代はこの“シープリィヒル”と呼ばれる土地の領主となった。

 ───そう、この、妖精の棲まう土地に。

 前代の記録はたくさん残っていて、シェリアは幼い頃からそれらを読んでは心をときめかせた。

 しかし、とても残念なことに妖精はシェリアの前には現れてはくれなかった。
 
 窓辺にクッキーとミルクを置いて夜通し待とうとしても、シェリアはいつの間にか眠ってしまって、その間に、ミルクの入っていたマグカップも、クッキーの入っていたお皿も、空っぽになっていた。

 妖精たちが羽根を休めていたという木の下で待っても、会えることはなかった。

 シェリアは妖精が見えるようになるという“妖精の塗り薬”なんて持っていないし、見える知り合いもいない。

 きっと、これが、最後のチャンスだ。

 いつの間にか目の前に置かれていた材料の中から、薄力粉を手に取ると、重さを量って、炒めはじめる。

 どうか会えますように、と願いを込めて。 
 シェリアのクッキーづくりは続いた。


 ◆


 一年間の鬱憤を晴らすかのように、シェリアが夢中になってつくり続けた結果、ポルボロンの山が出来ていた。

 シェリアが指を指しながら数えていくと、それは三百個もあった。……どう考えても、多すぎる。

 とりあえず、両親とアンディと執事のジェームズ、シェリアの髪をセットしてくれるメイドのエレンに十個ずつ袋に包んでラッピングすることにした。

 更にシェリアの分と、今夜窓辺に置くは別にしたが、雪玉で出来た山は少し小さくなっただけで、まだそこに鎮座している。

 何故こんなことになったのかと思い返してみると、どうやらシェリアが材料を消費したそばから補充されていたようだ。

 使っても使っても減らない材料たちに、シェリアは、きっと疲れていて勘違いしたのだと考え黙々とつくり続けたのだが、そうではなく、どうやら妖精の悪戯で、シェリアは遊ばれてしまったようだ。
 
 追いかけても決して姿を見せてはくれないのに、まるで存在を主張するかのような悪戯をする。

 とても気まぐれで意地悪で、なんとも可愛らしい。

 シェリアは思わず口元に笑みを浮かべつつ、雪玉の山に視線をやる。

 さて、この山をどうしようか。
 顔に手を当てて思案していたシェリアは、あることを思い出した。

 そういえば、もう、シェリアには、着なければならないドレスもないから、食事制限をしなくてもいいのだ。
 ならばいっそ、自分で全部食べてもいいかもしれない。

 そう結論を出して顔を上げると、雪玉の山は跡形もなく消えてなくなっていた。きれいさっぱりと。

 まるで化かされた気分になり、シェリアは笑わずにはいられない。

 ああ、どうか。
 この地を去るまでに、その姿が見えますように。

 そんな思いを込めて、シェリアはクッキーを口にすると、ほろほろと溶けていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

もう一度だけ。

しらす
恋愛
私の一番の願いは、貴方の幸せ。 最期に、うまく笑えたかな。 **タグご注意下さい。 ***ギャグが上手く書けなくてシリアスを書きたくなったので書きました。 ****ありきたりなお話です。 *****小説家になろう様にても掲載しています。

私達、政略結婚ですから。

恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。 それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

(完結)元お義姉様に麗しの王太子殿下を取られたけれど・・・・・・(5話完結)

青空一夏
恋愛
私(エメリーン・リトラー侯爵令嬢)は義理のお姉様、マルガレータ様が大好きだった。彼女は4歳年上でお兄様とは同じ歳。二人はとても仲のいい夫婦だった。 けれどお兄様が病気であっけなく他界し、結婚期間わずか半年で子供もいなかったマルガレータ様は、実家ノット公爵家に戻られる。 マルガレータ様は実家に帰られる際、 「エメリーン、あなたを本当の妹のように思っているわ。この思いはずっと変わらない。あなたの幸せをずっと願っていましょう」と、おっしゃった。 信頼していたし、とても可愛がってくれた。私はマルガレータが本当に大好きだったの!! でも、それは見事に裏切られて・・・・・・ ヒロインは、マルガレータ。シリアス。ざまぁはないかも。バッドエンド。バッドエンドはもやっとくる結末です。異世界ヨーロッパ風。現代的表現。ゆるふわ設定ご都合主義。時代考証ほとんどありません。 エメリーンの回も書いてダブルヒロインのはずでしたが、別作品として書いていきます。申し訳ありません。 元お姉様に麗しの王太子殿下を取られたけれどーエメリーン編に続きます。

会うたびに、貴方が嫌いになる

黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
長身の王女レオーネは、侯爵家令息のアリエスに会うたびに惹かれた。だが、守り役に徹している彼が応えてくれたことはない。彼女が聖獣の力を持つために発情期を迎えた時も、身体を差し出して鎮めてくれこそしたが、その後も変わらず塩対応だ。悩むレオーネは、彼が自分とは正反対の可愛らしい令嬢と親しくしているのを目撃してしまう。優しく笑いかけ、「小さい方が良い」と褒めているのも聞いた。失恋という現実を受け入れるしかなかったレオーネは、二人の妨げになるまいと決意した。 アリエスは嫌そうに自分を遠ざけ始めたレオーネに、動揺を隠せなくなった。彼女が演技などではなく、本気でそう思っていると分かったからだ。

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

処理中です...