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しおりを挟むライブの全プログラムが終了し、参加バンドと一部のお客さんを連れて打ち上げをする事にした。
流石に打ち上げには三谷さんが参加する事は無かった。
だが、別れ際に少しだけ話しをする事が出来た――
◇ ◇ ◇
ボウルの控え室からステージへ向かう通路。
「今日は楽しかったよ。何か自分も若返った気になったわ。保科君はもうバンドやらないの?」
清々しい笑みを浮かべた三谷さんが僕に尋ねてくる。
その質問に少し悩む表情をした僕だったが、返答は決まっていた。
「多分、やります。もう一回ゼロからスタートですけど……。今度は三谷さん達に追いつける所まで行こうと思ってます」
答えた際には迷いの無い口調だったと思う。
「プロ志望になったのかい?」
少しからかうような口調で再び三谷さんが尋ねてきた。
「そこまでは考えてないですね。けど、今より上に行きたいです。……何か、悔しいですから」
三谷さんは笑って――
「それでいいんじゃねぇの?プロとかはあくまで結果でしかないし、結果を求めて音楽やるのも馬鹿馬鹿しいし。やりたきゃやって、やめたきゃやめる。そういうスタンスが本当の意味での”音『楽』”なのかも知れないしな……。俺達がやってるのなんて所詮”音『学』”じゃないからさ……」
「……?そうなんですかね??」
正直、僕には三谷さんが何を言っているのかよく分からなかった。
それこそ、何が『音楽』か?なんて大それた事を僕ごときが語れる筈も無い。
ただ、今は止める気になれない。
そんな単純な想いこそが僕がバンドを続けたい理由だ。
◇ ◇ ◇
僕の回想から、話を戻して打ち上げ会場。
なんて事のない大手チェーンの焼肉屋。
二十人程の人数で騒いでいた。
僕も数名の人達と比較的大人しく話をしていた。
そんな中、池上が近寄ってくる。
「なんで三谷さんが来る事教えてくれなかったんだよ。すげー緊張したぞ」
「正直、本番まで来てくれるか不安だったんだよ。それに、池上が驚くところも見たかったし」
僕は意地悪く笑った。
「っんだよそれ!!しかしさぁ……今回の事とか考えるとこのバンド、ここで終わらせちゃうのマジで勿体無いよなぁ……!!っと、すまん」
池上はしまった!という表情をする。
だが僕は静かに、そして冷静に返答した。
「もうその話は無しで。それに僕はやめないよ。もっと上に行く……つもり」
「……へぇ」
僕の言葉を聞いた池上は少し驚いた様子で答えた。
◇ ◇ ◇
打ち上げも終わり、僕等コムのメンバーはいつものファミレスに行こうという話になった。
コムのメンバーだけで。
ファミレスに着いた僕等は、いつものようにドリンクバーを頼んだ。
「何か結局、最後もここってのがウケるよね?」
宮田が冗談めかしたように言うと――
「いっつも、ここだったもんなぁ」
木田が少し呆れた様子で答えた。
「でも、何か落ち着く。次がありそうで……」
姉御がそう言うと、皆暫く黙り込む。
「別に今生の別れってワケじゃないんだから、深く考えるのは止そうよ。ここまで楽しくやってこれた事を祝おうよ!」
僕の言葉に皆は何かに気付いたかのように、あわてて空気を変えようとする。
「そうだね!ごめん。変な事言っちゃった」
姉御は苦笑いを浮かべ、頭を下げた。
「そうだよな……。皆、まだ会えるもんな」
木田も笑う。
「うん」
僕も笑顔で応えた。
◇ ◇ ◇
小一時間程、思い出話等をして、僕等コムのメンバーはファミレスを出た。
木田が宮田を家まで送るというので、僕と姉御は途中から二人で帰る事になった。
ここのところ姉御と行動する事が多くなっていた為、随分と親しくなったとは思う。
だが今日、この場面では、何を話して良いか分からなかった。
多分、姉御も同じ気持ちだったのかもしれない。
僕達は少しの間、無言で歩き続けていた。
「……僕は上手く出来てたよね?」
僕は呟くような小さな声で尋ねた。
僕自身、その言葉を誰に向けて言っていたのかよく分からない。
「ん?」
急な言葉に、姉御は怪訝そうな表情で僕の方を向く。
「二人を送り出したり、二人を祝う役をさ……」
「どういうこと……?」
「不安なんだよ。結局。……僕自身、どこまで割り切れてるのかいまいち分からないままだ。最後のサプライズだって、二人へのあてつけがましい嫌味に見えちゃう可能性もあるのかな?って、考えたりさぁ……」
「本当に……考えすぎだよ」
姉御は僕を慰めるように優しく言う。
「何だか……。結局、全部無くなっちゃったんだよなぁ……」
そう言って、僕は立ち止まり――
「すっごく……楽しかったんだ……。だから……本当に、もっと……」
自分の瞳から、液体が溢れ出て来るのを感じる。
ずっと我慢していたんだ……。
何時からか憶えていないけれど、ずっと……。
目頭が熱い。
堪えていた色々な感情が噴出してくる。
人前で見せるつもりは無かったのに……。
目を手で覆い、上を向く。
少し震えた声で「先に行って」と言った。
みっともなく情けない自分を見られたくはなかった。
何もかも自分の中だけに閉じ込めておきたかった。
『格好つけたまま』終わりたかった。
その直後、肩から首の後ろ辺りに掛けて暖かさを感じた。
目を閉じているのでよく分からないが、姉御が肩を抱いているような体勢になっているのかもしれない。
「よく頑張ったよ……保科は」
姉御の声が耳元で聞こえる。
「そうっ……かな?」
「うん」
「……ありっ……がっとう」
恥ずかしいとは思いながらも感情を抑えられない現状と、暖かい心地よさに包まれていた為、動く事が出来なかった。
指の隙間から、零れた雫が頬を伝う。
暫くして姉御が優しい口調で言う。
「保科は……まだバンド続けるつもりなんでしょ?」
その言葉を聞いた僕は、静かにゆっくりと目を覆っていた手を離す。
姉御も僕の肩から手を離した。
僕はまだ赤い目で姉御を見て――
「続けるよ!もっと上を目指す!」
そう言った僕の目を見て姉御は真剣な表情の後、少し恥ずかしそうに笑みを浮かべた。
「そう……それなら、ドラムは探す必要は無いよ。あたしがやるから」
◇ ◇ ◇
姉御と別れ、僕は寮の自室に着いた。
部屋の鍵が開いていた為、池上が先に帰っているのが分かった。
「ただいま!」
「おう。意外と早かったな」
池上はいつもの椅子に座り、珍しく本を読んでいた。
「そんなに遅くまではやってないよ。明日学校だし」
「まぁ、そうか。バンド解散の理由が大学受験だもんな」
その言葉が少し嫌味に聞こえ、僕は池上を睨む。
「いやいや、皮肉とかじゃなくてさ。先の人生を考えたら重要な事だと思うし、それはそれで本当に大切な事だと思うんだ」
池上は焦った様子で釈明をする。
「要するに、何が言いたいの?」
僕はやや不機嫌な感じで質問すると――
「うーん。つまり、そうだな?その……そういう局面に置かれても、保科はバンドを続けたいって思ったワケだろ?」
「ん?まぁ……ね」
何言っているんだ?と思いながら、首を傾げる。
「その本気度から考えてみて…………一緒にバンドやらないか?」
「はっ?」
あまりにも唐突で脈絡の無い会話に驚かされた。
「っていうかさ、難しい話は抜きにして、お互いバンドが無いなら一緒にやろうぜっ!ていう話だ」
「池上は僕なんかでいいの?」
「ああ。保科は上手くなったよ。今日、一緒にステージに立ってみて分かった。正直ここまで出来るようになってるとは思ってなかったからな。……すまん」
頭を下げる池上を無視して――
「僕、プロになるとかは全然考えてないよ?」
「関係無い。俺はインスピレーションを信じるよ」
「何それ?」
僕は思わず笑ってしまい、池上も続いて笑った。
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