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ニューカマー

第53話 天敵

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 皆が沈黙する隊長室ににノックの音が響く。

「お父様!」 

 茜が声をかけるが嵯峨は完全にいじけ切って黙って机の上に積もった埃でなにやら絵を描き始めていた。

「どうぞ!」 

 何時までもうじうじと端末のキーボードをいじっている叔父を見限ったようにかなめは大声で怒鳴る。そしてそこに入ってきたのはかわいらしいクバルカ・ラン中佐の姿だった。

 司法局実働部隊の指揮官待遇のランが冷たい目線で嵯峨を見つめながら部屋に入ってくる。 

 その視線が冷たく刺さるのを感じているらしい嵯峨が突然立ち上がった。

「まず言っておくことがある!」 

 突然そう言った嵯峨に一同は何事かと驚いたような顔をした。誠も指揮官達と嵯峨の顔を見比べながら何が起きるのかと目を凝らした。

「ごめん!俺の実力不足だ。かえでの配属は防げなかった」 

「謝られても……あるものを使うのが遼州人気質だろ?別に気にすんなよ」 

 そう言うランの目は笑っていなかった。

「お父様。かえでさんの人事は康子伯母様のご意向が働いたのではないですか?かえでさんは確かに腕の立つ法術師ですが独断専行は姉であるかなめお姉さま譲りですから。うちなら神前君と言うフォローが利く人材もいる。しかも前線勤務が希望のかえでさんもトラブル満載の司法局なら文句は言わない……と」 

 思いついたように口を開く茜に図星を指されたというように嵯峨は頭を掻く。そしてその視線がかなめに向けられるとこの部屋にいる人々の視線は彼女に集中した。

「おい!お袋のせいにするなよ!大体ああいうふうに育ったのは叔父貴の教育のせいだろ?元々嵯峨家は東和に亡命した茜の代わりにアイツが継ぐ予定でアイツの教育は嵯峨家で行われていたいんだから。アタシに似てる?知らないねえ!」 

「嵯峨家で教育……そんなことしてないぞ!俺は教育してないからな。ただどこかの誰かさんが姉さん気取りで西園寺家の庭の松に裸にしたかえでを逆さに吊るして棒でひっぱたいて遊んでいたからああいう性格になったという……まあそんなひどいことする餓鬼がいるわけ無いよな?」 

 嵯峨は感情を殺した表情でかなめを見つめる。誠はなんとなくその光景が思い浮かんだ。かなめは三歳で祖父を狙ったテロに巻き込まれて体の大半を失ったと言うことは誠も知っていた。今と変わらぬ姿で小さなかえでを折檻するかなめの姿。思わず興奮しそうになる自分をなだめながら周りの人々の気配に顔を赤く染めていた。

「アタシは躾でやっただけだぞ!それにほとんどがアタシにキスしようとしたり、胸を揉んだりしたから……茜!何とか言え!」 

「認めましたね、かなめさん。かえでさんの性癖の原因が自分だと」 

 茜がかなめの肩を叩く。そしてかなめも自分の言ったことに気づいて口を押さえたが後の祭りだった。

「かえではオメーが担当しろ……自己責任だ」 

 ランは生ぬるい視線をかなめに向ける。

「姐御!アタシは……」 

「サディストだな」 

 カウラは腕組みをして納得したようにつぶやく。

「アメリアが聞いたら驚くだろうな」 

「って別にかなめをいじめるために集まってもらったわけじゃないんだけどな」 

 嵯峨はそう言って一同の顔を見渡す。

「叔父貴、いつかシメる。絶対いつか潰すからな」 

 かなめのぎゅっと握り締められたこぶしを見て思わず誠は一歩下がった。

「そんなバカ話はさて置いて、皆さんに集まってもらったのは例の遼から寝返った反乱軍の07式を潰した法術師ですが」 

 茜の言葉に浮ついていた室内の表情が変わった。嵯峨も手にした端末を操作して全員に見えるように机の上のモニターを調整した。

 そこには誠の機体からの映像が映し出されていた。法術範囲を引き裂いて進んでくる07式が急に立ち止まり、コックピット周辺を赤く染めた。そして内部からの爆発で焼け焦げる胴体が映し出される。つんのめるようにして機体はそのまま倒れこんだ。その間十秒にも満たない映像が展開される。

「クバルカ中佐はこの芸当を見せた人物が先日、豊川市内で神前達を前に法術の力のデモンストレーションをした人物と同一人物と言ってるけど……お父様はどう思われますか?」 

 茜の言葉に嵯峨はただ首をひねるばかりだった。そして静かにタバコの箱に手を伸ばす。そして視線を娘の茜へと向けた。

「警視正のおっしゃる可能性は高いとは思いますけれど確定条件ではないですね。確かに私もいろいろとデータをいただきましたが、炎熱系の法術と空間制御系の法術の相性が悪いのは確かなのですが……」 

 カウラはそう言いながら嵯峨に目を向ける。

「確かに両方をこれだけの短い時間で的確に展開すると言うのは普通は無理だな。でも素質と訓練次第でなんとかならないかと言うとできそうだと言うのが俺の結論なんだ」 

 はっきりと断定する嵯峨の顔はさらに渋いものになった。

「まあそれなりの実力のある法術師と訓練施設を持つ第三者の介入か。あまり面白い話じゃねえな。しかも偶然ここにそんな人物がいたなんてのはどう考えてもありえる話じゃねえ、明らかにこの法術を使った人物は最低でも神前に関心があってベルルカンくんだりまでついて来る人間に絞られるわけだ。それでだ」 

 そう言うと嵯峨はモニターに表を展開させた。

「カント将軍の裏帳簿ですか。それなら……」 

「結局、同盟にくさびを打とうという魂胆だったアメリカさんにはこいつで手を打ってもらったんだ。生きたままカント将軍を引き渡せばどんないちゃもんをつけられて同盟解体の布石を打たれるかわかったもんじゃねえ。そのためにご当人がお亡くなりになっていただいた。あちらも遼州星系内での活動を規制する条約に調印している以上、あまりごねれば自分の首を絞めることはわかっているだろうからね」 

 そう言うと嵯峨は取り出したタバコに火をつけて話を続ける。

「甲武が協力する見込みが無くなったからにはそう突っ込んでこの件を騒ぎ立てるのは一文にもならないくらいの分別はあるだろ。それにベルルカン大陸の他の失敗国家の独裁者達もしばらくは自重してくれるだろうからな。まったく俺も人が良いねえ、こんなに俺のことが大嫌いな人達の弱みを消し去ってあげたんだから」 

 名前は消されてはいるが、誠にもわかるそのすさまじい金額の並んでいる帳簿に一同は目を丸くしていた。

「まあ隊長を嫌っているVIPには別のところで煮え湯を飲ませるつもりなんじゃないですか?」 

 カウラの言葉に一同は笑い声を漏らした。だが、その中で伏せるまでもなく名前が空欄になっている部分がスクロールされてきた。

「いくつか名前が入って無いですね」 

 茜の言葉に嵯峨はそれまで机の背もたれに投げ出していた体を起こした。

「名前が無いというよりも書く必要が無い、書きたくない人がこれだけの金額の利益を得ていたと言うことだな」 

 名前の記載のない人物の入金欄には他とは二桁違う金額が並ぶ。それを眺める嵯峨の言葉に一同はしばらく彼が何を言おうとしているかわからずにいた。

「名前を書きたくない……そんな人に金を流したんですか?なんで?」 

 呆然と帳簿を見つめる誠の背中に鋭い声が飛ぶ。

「それがわかれば苦労しないわよ。お父様。この金銭の流れの裏づけは取れているのかしら?」 

 茜が急に身を乗り出す。

「クバルカ、どうだ?」 

「他の面々は証拠がそれなりにあるんだがよー……こいつだけはどうしても足がついてねーんだ。まるで直接集金人が取り立てに来ていたみたいだな……まあ別ルートで大量の金塊をカント将軍は購入しているという裏が取れたからおそらくその金が使われた可能性は高いけど……」 

 ランの言葉に逆に茜は目の色を変えた。

「つまり、何時でもカント将軍に会って金塊を取りに行ける立場にいた人物と言うことになりますわね。干渉空間を展開して転移できる法術師なら……いつでも出入りが可能になると……」
 
 その言葉にかなめは複雑な表情を浮かべて茜の姿を眺めていた。

「まあそう言うことになるわけだが、まあそう言う慎重な奴のことだ、記録に残るような会い方はしてるわけがねえよな?」 

 嵯峨はそう言うとタバコをくわえながらかなめを見つめた。

「はいはい、アタシの顔でどうにか探れって言うんだろ?どこかのお上品なお嬢様とは違っていろいろコネがあるからな。汚れ仕事も便利なもんだ」 

「期待していますわよ、『甲武の山犬』さん」 

 東都での破壊行為で裏社会を恐れさせたと言うかなめの二つ名を茜が微笑んで口にする。かなめは聞き飽きたと言うように軽く右手を上げて誠の口をふさいだ。

「ですがこの入金を受け取ってた人物はなんで今回のバルキスタンへの出動を妨害しなかったんでしょうか?これだけの資金源を得るルートなんてほかになかなか見つけられるとは思えないんですが」 

 カウラのそんな言葉に嵯峨は頭を掻いた。

「もう十分に稼いだってことだろ?それにこういうやばい仕事は引き際が大切だ。その点じゃあこの金塊をもらった人はそれなりに知恵のある人物ってことだろ?」 

「さっきから隊長の顔を見ているとまるで神前曹長を助けた法術師と金塊を譲り受けた人物が同一人物であるような感じに聞こえるんですが……」 

 カウラのその言葉に嵯峨はタバコをくわえながら下を向く。

「そうだよ、少なくとも現時点では俺はそれが同一人物だと思っている。まあ8分くらいはそう言うつもりで話しているんだけどな。そうでなければ誠にこれほどかわるがわる法術師をあてがっている理由が説明できねえよ」 

 小さな国の国家予算規模の金塊を手にした法術訓練施設を保有するテロリストが目的もわからず行動している。誠は自分の背筋が凍るのを感じていた。

「それとこのことは内密にな。俺がもしその組織のトップにいれば金塊と法術組織のつながりを探るような行動をとる公的組織があれば全力で潰しにかかるぜ。これだけの支援をバルキスタンから引き出せる人物が間抜けな人間であるわけがねえだろ?」 

 この場にいる誰もが嵯峨の意図を汲み取ってうなづく。そして東和軍や同盟司法局に対してもこれが秘匿されるべき話だと言うことは誠にもわかってきた。

「まあつまらない話はこれくらいにしておくか?」

 そう言った嵯峨の表情が急に緩んだ。

「ちょっと急な話だったからできなかったけど、とりあえずうち流の歓迎を新第二小隊の皆さんにもしてあげようじゃねえの」 

 タバコを吸い終えた嵯峨はそう言うと立ち上がった。

「でも月島屋くらいは今日行きましょうよ」 

 手を叩いて茜が微笑む。酒が飲めると聞いてかなめが表情を緩めた。

「それじゃあラン、春子さんへの連絡頼むわ。じゃあ解散だな」 

 そう言って再びタバコに火をつける嵯峨。ランは軽く手を挙げて部屋を出て行く。

「かなめ坊、かえでの奴と仲良くな!」 

「できるか馬鹿!」 

 部屋を出ようとする誠とカウラの背中にかなめの捨て台詞が響く。

「お姉さま!」 

 突然司法局実働部隊詰め所から声が響く。かなめはそのまま廊下を走って消えていく。

「僕の何がいけないんだろう?」 

 そう言って耳にかかる後れ毛を弄りながら声の主のかえでが誠をにらみつける。誠はその迫力に押されて立ち往生した。かえでは司法局実働部隊の東和軍と同じオリーブドラブの男性佐官用の制服に着替えて同じ姿のリンを従えて立っていた。

「どうぞ……よろしく……」 

 震えながら挨拶を搾り出す誠をかえでは冷たい視線で見つめる。カウラはただ同情するような視線を誠に投げかけていた。
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