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ニューカマー

第52話 人選

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「お待たせしました」

 誠はそう言ってかえで達に作り笑顔を向けるが二人の視線は誠の後ろに向けられていた。

「荷物くらい持ちますよ」 

 誠はそう言ってかえでの手荷物を持つリンに声をかけた。

「いいですか?」 

 そう言ってリンから渡されたかばんはその体積の割りに重たく感じられた。

「じゃあ、隊長室は二階ですから」 

 誠はそう言うとそのまま階段を上る。かえでも渡辺も相変わらず黙って誠のあとに続いた。

「ここが更衣室です……」 

 かえでは特に気にならないというような顔をして黙っている。誠もとりあえず彼女と同じように黙っていようと思いながら廊下を右に折れた。

「ここが茜様の執務室か」 

 かえでが口を開いたのは彼女の従姉妹である嵯峨茜警視正が常駐している遼州同盟法術犯罪特捜本部の部屋だった。

「挨拶していきますか?」 

 こわごわ尋ねる誠を気にせずかえでは首を振りそのまま歩き出す。誠はそのまま彼女の前に出て隣のセキュリティーシステムを常備したコンピュータルームを指差すが、かえではまったく関心も無いというようにそのまま嵯峨がいる隊長室の前に立った。

 そのまま誠を無視してかえでは隊長室のドアをノックする。

「おう、いいぞ」 

 嵯峨の声を聞くとかえでとリンは当然のようにドアを開けて入った。

「げ!」 

 突然の女性の絶望を帯びた叫び声に驚いて誠は部屋をのぞき込んだ。中ではかなめが立ったままかえでを見つけて驚愕の表情を浮かべていた。

 誠はかえでの顔がそれまでの退屈したような無表情から感激に満ちたものへと変わっているのを見つけた。かえでがかなめの胸に手を伸ばそうとするのをかなめはかえでの頬に平手を食らわすことでかわした。

「テメエ!何しやがんだ」 

 そう叫ぶかなめにかえでは打たれた頬を押さえながら歓喜に満ちた表情を浮かべる。

「この痛み、やはりかなめお姉さまなんですね!」 

 ぶたれた痛みで相手を認識するというかえでの認知方式に誠は頭痛がしてくるのを感じていた。かなめの隣に立っていたカウラは何が起きているのかわからないという表情を浮かべていた。

「これよ!これこそがかえでさんよ!」

 かえでの一言がツボに入ったのかアメリアが感動に打ち震えていた。

 そんな人々の視線を気にしてなどいないというように、かえではそのままかなめの手を握り締めるとひきつけられるようにかなめの胸に飛び込もうとする。

「おい!やめろ!気持ち悪りい!」 

「ああ、お姉さま!もっと罵ってください!いけない僕を!さあ!」 

 そのかえでの言葉に嵯峨は頭を抱えていた。カウラはそんな嵯峨を汚いものを見るような視線で見つめている。かなめは自分の行動がただかえでを喜ばせるだけと悟ったように、口元を引きつらせながら誠に助けを求めるように視線を送っていた。

 誠もさすがにアブノーマルな雰囲気をたぎらせるかえでを見て、すぐに嵯峨へと視線を向けた。泣きそうな顔で嵯峨は黙っている。それを察したようにアメリアがかえでに向き直った。

「日野かえで少佐!自分は……」 

「アメリア・クラウゼ少佐だな。義父上から話は聞いている」 

 そう言いながらすぐさま先ほどシャムに対して見せたすばやい手の動きがアメリアの胸元に向かう。アメリアはさらりと胸の輪郭をなぞるように手を走らせるかえでを見つめたままにやりと笑った。その様子をカウラは浮かない顔で見つめる。

「これはよいな」

 かえでは満足げにうなづく。

「そうでしょうとも。では私がご案内しましょう。それと……警視正!」 

 アメリアが笑顔でドアのところに立っていたの茜に視線を向ける。明らかに不愉快そうな表情でこめかみに青筋を浮かべながら茜は従姉妹を見つめている。

「これはこれは茜様!お久しぶりです!」 

 笑みを浮かべながらかえでがいかにも型通りの敬礼をする。一方茜はしぶしぶ敬礼をしてそのまま隊長室に入ってくる。

「かえでさん、言っておきますがここは甲武国ではなく東和共和国ですからね。それに今のあなたは殿上嵯峨家当主でもあるのですから。その自覚をお持ちになって行動してくださいね」 

 棘のある茜の言葉にかえでは喜びをみなぎらせた表情でアメリアに案内されてリンを連れて出て行く。廊下に響くれしそうな声を上げるかえでをアメリアがなだめている声が聞こえた。

「叔父貴!なんであの変態がうちに配属なんだ?理由言え!半殺しぐらいで勘弁してやるからとっとと言え!」 

 思い切り机を叩いてかなめはまくし立てる。

「だって……アイツの問題行動で兄貴から泣きつかれてさあ……いろいろあるんだよなあ……優秀と言えば優秀なんだけどさあ……セクハラとかセクハラとかセクハラとか……だから許してよ」

 嵯峨はいかにも作り物の涙目で見上げてくる。案内係から外されて取り残された誠にもかえでの問題行動の内容の予想はついた。おそらく見境なく女性の胸を触るセクハラ行為がその主たる内容だろう。内々で話がついていて表ざたにならないのはされた女性の中にあの美人を絵に描いたかえでのファンが多数いるためもみ消されている。誠はそんなことだろうと想像していた。

「あー!腹が立つ!」

 かなめはやり場のない怒りのはけ口を求めてこぶしを誠の腹に叩き込んだ。

 誠の息が止まって前のめりに倒れる。手を出して介抱するカウラもすべての元凶である嵯峨をじっとぬ見つめている。かなめとカウラ。今の二人に共通するのは死んだ魚のような視線だった。

「そんな目で見ないでくれよ。俺もできればこの事態は避けたかったんだけどな……仕事は出来っから役には立つし」 

 そう言うと嵯峨は書類の束を脇机から取り出す。表紙に顔写真と経歴が載っているのがようやく呼吸を整えた誠にも見て取れた。

「うちは失敗の許されない部隊だ。まあどこもそうだが長々とした戦略やリカバリーしてくれる補助部隊も無いんだからな」 

 そう言いながら嵯峨は冊子に手をやる。突然まじめな顔になる彼にかなめやカウラも黙って彼の言葉に耳を傾けた。

「となればだ、どうしたって人選には限定がついてくる。それなりに実績のある人材で法術適正があってしかもうちに来てくれるとなるとメンバーの数は知れてるわけだ。しかも来年からは西モスレムの提唱した同盟軍の教導部隊の新設の予定まであるってことになると……ねえ……」 

 誠もある程度状況が理解できてきた。実績、能力のある人材を手放す指揮官はいない。さらに同盟軍教導隊には司法局実働部隊の数倍の予算が計上されているという話からして、こんな僻地に喜んでくる人材に問題が無いはずが無い。

 しばらく沈黙するかなめとカウラだが、二人の言いたいことは誠にも理解できた。腕はまだしもかえでの人格にはかなりの問題がある。ただでさえ『特殊な部隊』と陰口をたたかれている実働部隊にこれ以上問題児を増やしたくない。二人の目がそう物語っていた。

 嵯峨が次第にしおれたように机に伏せる。

「ああ、そうだよ。俺は上に信用無いし、今回の件で醍醐のとっつあんや忠さんの顔に泥塗ったから甲武からの人材の供給はこれ以上は期待できないし、他の国は未だに法術関係の人材の取り合いでうちに人を出してくれるような余裕はないし……」 

 嵯峨はすっかりいじけてぶつぶつつぶやき始める。そんな彼をにらみつけながらかなめはこぶしを握り締めている。一方、カウラは呆れて嵯峨のいじける姿をまじまじと見つめていた。茜も子供のように机にのの字を書いている父親に大きくため息をつくばかりだった。
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