上 下
34 / 54
出撃

第34話 出撃

しおりを挟む
 日が暮れると、司法局実働部隊のハンガーの前に広がる草野球の練習用グラウンドは砂埃に包まれた。誠が見上げれば大型輸送機がいつも誠が立っているマウンドに向かいゆっくりと降下してきていた。

「菰田もやるもんだなあ」 

 出撃前の作業服姿のかなめがそう言いながら誠の肩を叩く。

「すぐに乗り込むぞ」 

 かなめの言葉にうなづいた誠はそのままハンガーへ足を向けた。

「野次馬は結構だが自分の仕事を忘れるなよ」 

 ハンガーの入り口で同じように作業服姿のカウラがエメラルドグリーンのポニーテールをなびかせて二人を迎え入れる。

「焦りなさんな。叔父貴がおらんでもやることは変わらねえんだ。神前!とっとと済ませちまおうぜ」 

 そう言ってかなめは自分の白く塗りなおしたばかりの05式狙撃型へと足を向ける。誠も自分の機体を見上げた。05式乙型は整備員が張り付いて反重力エンジンや対消滅エンジンの調整を行っている。

 そんな中、誠はコックピットに上がるエレベータに乗り込む。そのまま上昇してコックピットに張り付いている西の隣に立った。

「ご苦労様」 

 そう言った誠に西はその童顔をほころばせる。助手一人の整備班員は調整用端末のジャックを取りまとめていた。

「法術系の対応出力はかなり上がってますからね。まあチャージレートなんかはシミュレーションの設定にかなり近づけましたからそれなりの戦果は出してくださいよ」 

 ひよこの言葉に誠はうなづいた。法術兵器による広範囲攻撃。誠の知る限り、いやたぶん知らないところでもこのような兵器の実戦投入は初の試みだろうと思うと誠の鼓動が高鳴る。

「本当にうまく行くのかな?」 

 誠のこわばった表情を見てひよこの表情が厳しくなった。

「神前さんのそう言うところ直した方がいいですよ。私達は万全を尽くしたんですから。少しは人を信用してくださいよ。それと自分自身も」 

 そう言って笑うひよこに笑顔を返そうとするが、誠にはそのような余裕は無かった。手元のコンソールが光り始め、機体のチェック項目が次々と終了していく。

「ひよこさん!オールグリーンだ!」 

「よし!誠さん、頼みましたよ!」 

 ひよこに背中を押されて誠はコックピットに身を沈めた。ハッチと装甲板が降り、全周囲モニターが光を放つ。目の前では搬入のために起動したかなめの二号機がゆっくりとハンガーを出ようとしているところだった。

『どうだ?異常はないか?』 

 回線が開いてカウラの心配そうな顔が映る。

「大丈夫ですよ、ひよこさんとかが完璧に仕上げてくれましたから」 

 そう言うと誠は関節を固定していた器具の解除のランプがついたのを確認して操縦棹を握り締める。一歩、そして二歩。誠の機体が歩き始める。

『こけないように』 

「馬鹿にしないでくださいよ」 

 突然開いた回線で笑っているアメリアに誠はそう返すとそのままハンガーを出た。足元では大漁旗や自作の寄せ書きを振るう整備員の姿がある。そのまま誠は彼らをすり抜けて後部のハッチを全開にした輸送機の格納庫へと機体を移動させた。

『2号機積み込み完了!固定作業開始。続いて3号機!』 

 管制を担当するパーラの声に合わせて誠は機体を輸送機に移動させる。一歩、一歩、確実に滑り止めのついた輸送機の後部搬入口を歩く。

『こけるんじゃねえぞ』 

 心配するかなめの声がしたのを聞くと誠は機体を振り返らせ、固定器具に機体を沈める。すぐに整備班員が間接部の固定作業に入る。誠はそのまま機体の上腕を持ち上げた。そこに先日誠が試験した05式広域鎮圧砲と仮称が決定したばかりの大型のライフルがクレーンで下ろされる。

「確かにこれは大きいですね。空中ではどうなるか分かりませんよ」 

『おい、誠。そんなの抱えて空中戦をする気かよ。酔狂だねえ』 

 モニターの中でかなめが嫌味な笑みを浮かべる。誠はただ黙って目の前の大きな砲身を見つめていた。

『それじゃあ1号機!』 

 パーラの指示がカウラ機に移ったのを確認すると誠はハッチを開けて斜めに倒れこんでいる05式乙型から飛び降りた。

「ご苦労さん!それじゃあアメリア達のところに行くか」 

 そう言ってかなめが狭い通路を歩いていく。かなめの機体、誠の機体。整備班員は忙しくそれぞれの機体の固定作業に集中していた。かなめは前部の倉庫のハッチを開く。そこには仮設の司令室が作られ、運行部の女性士官達がセッティング作業を行っていた。

「カウラちゃんも搭載完了!それじゃあ菰田君。発進準備、よろしくね」 

 部隊統括であるアメリアは誠達に手を振りながらパイロットの菰田に指示を出した。

「よく借りれたな、こんなの。P23は最新型で……三春基地に去年3機配備だっけか?そして現在も配備待ちの基地がちらほら……東和宇宙軍も人がいいねえ」 

 そう言いながらかなめは低い天井に手を伸ばす。誠は空いている席を見つけて座った。

「隊長が出発前に押さえておいてくれたのよ。そうでなければ借りれるわけなんか無いじゃない」 

 アメリアの言葉にかなめは納得したようにうなづく。再び後部格納庫のハッチが開いてカウラが顔を出す。

「本当に大丈夫なのか?この鈍足の輸送機では制空権が取れていない状況ではただの的だぞ」 

 そんなカウラの言葉にアメリアは目の前のモニターのところに来いと言うように手招きした。誠とかなめもカウラと並んでアメリアの前のモニターを覗き見る。そこにはバルキスタンの地図が映し出されていた。

「まあ、進入ルートについてはこちらで随時検討するから良いとして……東和宇宙軍による航空制圧地域を重ねてみるわね」 

 アメリアはそう言うとバルキスタンの北半分を多い尽くす範囲を指定した。

「そんなことは分かってるんだよ。東和政府のベルルカン大陸での飛行禁止措置の解除がされていないことも完全に理解済み。その上で言ってるんだ。相手が紳士ならこの範囲の中にいる限りこの鈍い輸送機でもピクニック気分で行けるかも知れねえ……けどなあ」 

 かなめの表情は相変わらず暗かった。

「まあ護衛は東和最強で知られるパイロットをよこすってちっちゃい姐御も言ってたから大丈夫なんじゃないの?」 

 アメリアのランを指す『ちっちゃい姐御』の言葉がつぼに入って笑い出してしまった誠にかなめとカウラの冷ややかな視線が降り注ぐ。アメリアも咳払いをしながら説明を再開した。 

「こちらの進入空域に関しては技術部の面々がいろいろとダミー情報を流してくれているからそう簡単には政府軍にも反政府軍にもばれないわよ。さらにバルキスタン政府軍のレーダーはあと5時間後にクラッキングを受けて使用不能になる予定なの。完全復旧には三日はかかるでしょうね」 

「技術部の連中、ボーナスの査定時期だからって気合入れてるなあ」 

 そう言いながらかなめは笑う。誠も伝説になっている実働部隊技術部のクラッキング技術を知っているだけに少しばかり安心して笑みを浮かべていた。

『クラウゼ少佐!発進準備完了しました!』 

「では発進よろし!」 

 アメリアの言葉が響いた後、輸送機のうなる反重力エンジンの駆動音と共に軽い振動が誠達を襲った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

性転換マッサージ

廣瀬純一
SF
性転換マッサージに通う人々の話

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第二部 『新たなる敵影』

橋本 直
SF
進歩から取り残された『アナログ』異星人のお馬鹿ライフは続く 遼州人に『法術』と言う能力があることが明らかになった。 だが、そのような大事とは無関係に『特殊な部隊』の面々は、クラゲの出る夏の海に遊びに出かける。 そこに待っているのは…… 新登場キャラ 嵯峨茜(さがあかね)26歳 『駄目人間』の父の生活を管理し、とりあえず社会復帰されている苦労人の金髪美女 愛銃:S&W PC M627リボルバー コアネタギャグ連発のサイキックロボットギャグアクションストーリー。

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第四部 『魔物の街』

橋本 直
SF
いつものような日常を過ごす司法局実働部隊の面々。 だが彼等の前に現れた嵯峨茜警視正は極秘の資料を彼らの前に示した。 そこには闇で暗躍する法術能力の研究機関の非合法研究の結果製造された法術暴走者の死体と生存し続ける異形の者の姿があった。 部隊長である彼女の父嵯峨惟基の指示のもと茜に協力する神前誠、カウラ・ベルガー、西園寺かなめ、アメリア・クラウゼ。 その中で誠はかなめの過去と魔都・東都租界の状況、そして法術の恐怖を味わう事になる。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

特殊装甲隊 ダグフェロン『廃帝と永遠の世紀末』 遼州の闇

橋本 直
SF
出会ってはいけない、『世界』が、出会ってしまった これは悲しい『出会い』の物語 必殺技はあるが徹底的な『胃弱』系駄目ロボットパイロットの新社会人生活(体育会系・縦社会)が始まる! ミリタリー・ガンマニアにはたまらない『コアな兵器ネタ』満載! 登場人物 気弱で胃弱で大柄左利きの主人公 愛銃:グロックG44 見た目と年齢が一致しない『ずるい大人の代表』の隊長 愛銃:VZ52 『偉大なる中佐殿』と呼ばれるかっこかわいい『体育会系無敵幼女』 愛銃:PSMピストル 明らかに主人公を『支配』しようとする邪悪な『女王様』な女サイボーグ 愛銃:スプリングフィールドXDM40 『パチンコ依存症』な美しい小隊長 愛銃:アストラM903【モーゼルM712のスペイン製コピー】 でかい糸目の『女芸人』の艦長 愛銃:H&K P7M13 『伝説の馬鹿なヤンキー』の整備班長 愛する武器:釘バット 理系脳の多趣味で気弱な若者が、どう考えても罠としか思えない課程を経てパイロットをさせられた。 そんな彼の配属されたのは司法局と呼ばれる武装警察風味の「特殊な部隊」だった そこで『作業員』や『営業マン』としての『体育会系』のしごきに耐える主人公 そこで与えられたのは専用人型兵器『アサルト・モジュール』だったがその『役割』を聞いて主人公は社会への怨嗟の声を上げる 05式乙型 それは回収補給能力に特化した『戦闘での活躍が不可能な』機体だったのだ そこで、犯罪者一歩手前の『体育会系縦社会人間達』と生活して、彼らを理解することで若者は成長していく。 そして彼はある事件をきっかけに強力な力に目覚めた。 それはあってはならない強すぎる力だった その力の発動が宇宙のすべての人々を巻き込む戦いへと青年を導くことになる。 コアネタギャグ連発のサイキック『回収・補給』ロボットギャグアクションストーリー。

性転換タイムマシーン

廣瀬純一
SF
バグで性転換してしまうタイムマシーンの話

【改訂版】特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第一部 『特殊な部隊始まる』

橋本 直
SF
青年は出会いを通じて真の『男』へと成長する 『特殊な部隊』への配属を運命づけられた青年の驚きと葛藤の物語 登場人物 気弱で胃弱で大柄左利きの主人公 愛銃:グロックG44 見た目と年齢が一致しない『ずるい大人の代表』の隊長 愛銃:VZ52 『偉大なる中佐殿』と呼ばれるかっこかわいい『体育会系無敵幼女』 愛銃:PSMピストル 明らかに主人公を『支配』しようとする邪悪な『女王様』な女サイボーグ 愛銃:スプリングフィールドXDM40 『パチンコ依存症』な美しい小隊長 愛銃:アストラM903【モーゼルM712のスペイン製コピー】 でかい糸目の『女芸人』の艦長 愛銃:H&K P7M13 『伝説の馬鹿なヤンキー』の整備班長 愛する武器:釘バット 理系脳の多趣味で気弱な若者が、どう考えても罠としか思えない課程を経てパイロットをさせられた。 そんな彼の配属されたのは司法局と呼ばれる武装警察風味の『特殊な部隊』だった しかも、そこにこれまで配属になった5人の先輩はすべて一週間で尻尾を撒いて逃げ帰ったという そんな『濃い』部隊で主人公は生き延びることができるか? SFドタバタコメディーアクション

処理中です...