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小さな姐御の本配属

第12話 シミュレーターでの訓練

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 手早く肉をラップで包み終えた誠はかなめ達の手際の悪い片付けを見つめている嵯峨を見上げた。

「あのー、終わりましたけど。僕が手伝いましょうか?」
 
「お前さんには用がある人間がいるだろうからな。行ってこいよ」 

 そんな嵯峨の言葉に追い出されて廊下に出ると、ハンガーから響くランの叫び声が聞こえた。誠はとりあえずハンガーへと向かった。

「オメエ等!邪魔すんじゃねえよ!」 

 ランの叫び声が聞こえて、誠は管理部の前の手すりから身を乗り出した。三号機、誠の専用機はすでに定位置に固定されていた。

「それじゃあ早速シミュレーションでお前の腕前見せてもらうぞ」 

 作業服の襟を掴まれて誠が振り向く。ランははるかに大きい誠を掴んでずるずると引きずり始める。

「大丈夫ですよ!逃げたりしませんから!」 

 そう叫ぶ誠を鋭い目つきでにらみながらランはようやく手を離した。

「そうだ、クラウゼ!」 

 廊下で運航部の女子達とアメリアを呼ぶランの一声。アメリアはそのまま跳ね上がるように立ち上がるとそのまま駆け足でランのところまでやってくる。

「お前も付き合えよ。シミュレータなら使えるんだろ?」 

 そう言ってつかつかとグラウンドを横切ってランはハンガーに戻っていく。誠とアメリアはお互い顔を見合わせるとその後に続いた。

「地球圏から帰って以来だかっらな……どこまで伸びてることか」 

 ハンガーに入って口を開いたランはそこまで言うとまた誠をにらみつけた。かわいらしい少女とも見えたが、その目つきの悪さは誠の背筋を冷やすのには十分だった。

「なんだ?その面は」 

 そう言うとランは誠に近づいてくる。

「いえ!何でもないであります!」 

「声が裏返ってるぞ。まあいいや、さっさと乗れよ。パイロットスーツなんかいらねーからな」 

 そう言うとランは敬礼している整備兵達を押しのけてシムレーションルームへと歩いていった。

「大変ですねえ、神前さん」 

 西が苦笑いを浮かべながら耳打ちをする。

「島田班長は本当についてますねえ、今の時期にベルルカンに出張で」 

「島田先輩がどうかしたのか?」 

 そう尋ねる誠に西は後悔をしたような表情を浮かべる。そしてゆっくりと語り始めた。

「班長は元々パイロット志願で、クバルカ中佐の教導受けていたんですよ。ですがクバルカ中佐はああ言う人でしょ?パイロットなんか辞めちまえ!って言われてそのままパイロットを辞めて技官になったんですよ。今でも時々酒を飲んだときとか愚痴られて……」 

 エレベータが止まる。シャムの機体を見るとこちらをにらみつけるランの姿が見える。西は誠の後ろに隠れてランの視線から隠れた。

「まあがんばってくださいね」 

 シミュレーターに乗り込む誠に西は冷ややかな視線を浴びせる。誠はそのまま整備の完了しているシミュレーターを起動させた。点灯した全周囲モニターの一角に移るランの顔。鋭い視線が誠をうがつ。

『神前。秘匿回線に変えろ!』 

 鋭いランの一言に誠はつい従ってアメリアの映っているモニターに映像が映らないように回線をいじった。

『西にいろいろ言われただろ?アタシが島田をどつきまわしてパイロットをあきらめさせたとかなんとか』 

 まるで会話を聞いていたように言われた誠は静かにうなづくしかなかった。

『まあ、アタシの教導は確かに厳しいと思っておいて間違いねーよ。だがな、それはオメー等のためなんだ。戦場じゃあ敵は加減なんてしてくれねーし、味方がいつも一緒に居るとは限らねー。自分のケツも拭けねー奴に何ができるってんだ。だからアタシは加減はしねーし怒鳴るときは怒鳴るからな』 

 相変わらず乱暴な言葉遣いのランがそこまで言うと、不意にこれまで見たこともないようなやわらかい子供のような表情を浮かべた。

『でもまあ、アタシは期待している奴しかぶっ叩いたりしねーよ。アタシはオメーに期待してるんだ。まあ才能の片鱗とやらを見せてくれよ』 

 そう言うとランの顔に無邪気な笑顔が浮かんだ。見た感じ8歳くらいに見えるランの見た目の年齢の子供達が浮かべるような笑顔がそこにあった。

『まあそんなわけだ。回線を戻せ』 

 そう言ったランはまた不機嫌そうな表情に戻った。その表情の切り替えの早さに誠は唖然とした。

 シートの上で何度か体を動かして固定すると、誠はシミュレーションモードを起動した。瞬時に映っていた外の光景が漆黒の闇に塗り替えられる。

「宇宙?」 

 そうつぶやく誠の顔の前にウィンドウが開いて、アメリアのにやけた顔が浮かんだ。

『どうしたの?びっくりしちゃった?』 

 気楽に操縦系のチェックをしているようでアメリアが手をあちらこちらに振りかざす。誠も同じように機体チェックプログラムを起動、さらに動力系のコンディションを確認する。

『最初に言っておくけど手加減なんかしねーからな。全力で来い!』 

 ランはそう言って笑う。ここでその顔を見たらかなめなら切れていたことだろう。

『わかりました。じゃあこれから作戦会議ぐらいさせてくださいよ』 

 そう言ったアメリアにランは少し考えた後うなづいた。

「じゃあ、秘匿回線にしますね」 

 誠も通信を切り替えた。アメリアは運用艦『ふさ』の艦長という立場とは言え、本来はパイロット上がりである。期待して誠は彼女が口を開くのを待った。

『じゃあとりあえず突撃』 

 それだけ言ってアメリアは髪を手櫛でとかしていた。誠は少しばかり失望した。

「そんな突撃なんて、作戦じゃないじゃないですか!」 

 そう言う誠を宥めるようにアメリアは口を開く。

『クバルカ中佐に小手先で何とかなるわけないじゃないの。まずどんな策でも私達の技量じゃ考えるだけ無駄。それにあの人の教導はその素質を伸ばすと言うのがモットーよ。誠ちゃんのどこが伸びるところなのか見極めるには下手に作戦を立てるより、今ある全力を見せるのが一番だと思うの』

 珍しく正論を言うアメリアを誠は呆然と見つめる。

『どうしたの?もしかして私に惚れたの?』 

「そう言うわけでは……」 

『えー!やっぱり私じゃあだめ?』 

 そう言ってアメリアは目の辺りを拭う。誠はこれがいつもの彼女だとわかりなぜかほっとする。

『おい!いつまで会議してんだ!ぐだぐだしてねえでさっさと終わらすぞ!』 

 画面に向けてランが怒鳴りつけている。

『じゃあ、がんばりましょう!』

 アメリアはそう言うと通信を切った。

『よし、それじゃあ開始!』 

 そう言うとランも通信を切った。

 誠もすでに部隊に来て三ヶ月、作戦開始時には状況の把握を優先するだけの余裕ができていた。

『近くにデブリは無し。機影も無し。決闘のつもりか?』 

 アメリア機が後ろにいる以外、レーダーもセンサーにも反応は無かった。

『油断しちゃ駄目よ!05式のステルス性能は天下一品だから。おそらく索敵範囲ぎりぎりに……!』 

 そう言った瞬間、長距離レールガンの狙撃でアメリアの機体の右腕が吹き飛んでいた。

「嘘だろ!レーダー……!」 

 誠はようやく気付いた。ランはレーダーやセンサーなどあてにはしていない。法術師の干渉空間展開能力をフルに活動させ空間に干渉を開始、同時にこちらの精神反応を確認してマニュアルで望遠射撃をしてきている。

「ならこちらも!」 

 誠も感覚を集中させる。展開する干渉空間。

「ビンゴ!アメリアさん!感覚データそちらに送ります!」 

 そう言うとそのまま誠は異質な干渉空間の発生源へと進撃した。

『片手が無くても支援ぐらいはできるわよ』 

 そう言いながら誠に付き従うアメリアの目は笑っている。ロックオンされた時のような痛みにも似た感覚が、誠があたりをつけた宙域から感じられた。

『感覚を掴むんだ、そこんところは理屈じゃあ説明できねーから』

 以前ランがシミュレーターから降りたときに言った言葉が誠の心に響く。閃光、そして弾道。すべてが誠の思い通りに進むかに見えた。もうレーダーもランの機体を確認している。オートでロックオンすることも可能だが、ランは動かない。

 そして有視界。ランの機体に230mmカービンを背中に背負い、サーベルを抜く格好をしていた。

『切削空間反応!飛ぶつもりよ!』 

 アメリアの声が響く。銀色の壁がランの機体を隠した。だが、誠は動じることなく230mmカービンを構えたままランの機体へ突入する。

「そして上!」 

 銀色の壁の直前で誠は機体に急制動をかけると230mmカービンカービンの銃口を真上に向けた。壁、切削空間は消え、誠の撃った230mmカービンの先に切削空間を展開するランの機体が現れる。

「アメリアさん!」 

 誠の叫びを聞いて、アメリア機は残った左腕の70mm榴弾砲を発射する。しかし、誠の弾は切削空間に飲み込まれ、アメリアの攻撃はすべて紙一重でかわされた。

「全弾回避?」 

 そう誠がつぶやいた時、今度は誠の真下に銀色の平面が現れ、伸びたサーベルが誠機の左足を切り落とした。

「こなくそ!」 

 叫びながら誠はレールガンをランに投げつける。ランはそれを半分に切り分けるとさらに突き進む。だが、誠もすでにダンビラを抜いていた。

『動きを止めればアメリアさんが何とかしてくれる』 

 そう心に浮かんだ言葉をアメリアへの指示にしようとしたときには、すでにランは切削空間を展開していた。誠のダンビラが空を切る。ランはすでに誠にかまっていない。

『ごめん!誠ちゃん!』 

 そんなアメリアの通信が途切れた。振り返れば誠についてきていたアメリアの機体が爆縮をはじめていた。

「得物は?」 

 ダンビラを使うには距離があった。左足を失ったことによる重力バランスの再計算が行われている為に運動性も極端に落ち込んでいる。ランは無情に再び230mmカービンを構える。切削空間を展開しようとしたが、誠はいつもの訓練からそれが無駄であることを知っていた。視界が途切れれば必ずランは切削空間を使用した転移を行って回りこんでくる。

 とりあえず干渉空間をいつでも展開できる体勢でランの機体を見つめた。ランは発砲しなかった。そのままダンビラを右手に引っ掛け、左手で230mmカービンを構えながら突入してくる。

 とりあえず誠は投擲榴弾を放った。誠の読み通り、ランが切削空間を展開する。投擲榴弾の散弾が散らばり、視界が途切れた。誠はわざと動きを止めた。

 ランは誠の投擲榴弾が目くらましであることぐらいわかっていると誠は読んだ。そうなれば必ずこちらが切削空間を展開していた以上、転移を行うと読んでくるはずだ。その裏をかく。

 誠はサーベルを握り締めて爆発地点を中心にランの気配を探った。背中に直撃弾。そして撃墜を知らせる画面が全周囲モニタに映し出される。

「どうして?」 

『馬鹿だろ、オメー。アタシがお前と同じ行動を取ったらどうなるかぐらい頭がまわらねーのか?ったく、第一小隊は役立たずぞろいだなあ』 

 ランはそう言うと素早く通信を切った。開くコックピットと装甲板。誠は呆然としながら、こちらを見上げているかなめとカウラの姿を見ていた。
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