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午後のお仕事

第57話 欲望と呼ばれる部屋

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「じゃあこれを『図書館』に運びましょう!」 

 昼食を終えたアメリアが誠達一同に声をかけてつれてきたのは駐車場の中型トラックの荷台だった。

「図書館?」 

 誠は嫌な予感がしてそのまま振り返った。

「逃げちゃ駄目じゃないの、誠ちゃん!あの部屋、この寮の欲望の詰まった神聖な隠し部屋よ!」 

「あそこですか……」 

 あきらめた誠が頭を掻く。西はそわそわしながらレベッカを見つめた。

「クラウゼ少佐。図書館や欲望って言われてもぴんとこないんですけど」 

 ひよこは明らかに呆れた様子でアメリアを見つめていた。

「それはね!これよ!ひよこちゃんは純粋だから表紙しか見ちゃだめよ」 

 そう言ってアメリアはダンボールの中から一冊の冊子を取り出してひよこに渡す。ひよこはそれを気も無く取り上げた次の瞬間、呆れたような表情でアメリアを見つめた。絡み合う裸の美少年達の絵の表紙。誠は自然と愛想笑いを浮かべていた。

「わかったんですが……その……あの……」 

「なによその態度?まるでアタシが変態みたいじゃないの」 

「いや、みたいなんじゃなくて変態そのものなんだがな」 

 後ろからかなめが茶々を入れる。アメリアは腕を組んでその態度の大きなサイボーグをにらみつける。

「酷いこと言うわね、かなめちゃん。あなたに私が分けてあげた雑誌の一覧、誠ちゃんに見せてあげても良いんだけどなあ」 

「いえ!少佐殿はすばらしいです!さあ!みんな仕事にかかろうじゃないか!」 

 かなめのわざとらしい豹変に成り行きを見守っていたサラとパーラが白い目を向ける。とりあえずと言うことで、ひよこと西がダンボールを抱えて寮に向かった。

「そう言えば棚とかまだ置いてないですよ……昨日部屋にあった奴は全部処分しちゃいましたし」 

 一際重いダンボールを持たされた誠がなんとか持ちやすいように手の位置を変えながらつぶやく。左右に揺れるたびに手に伝わる振動で誠は中身が雑誌の類だろうということが想像できた。

「ああ、それね。今度もまた島田君とサラに頼んどいたのよ」 

「あいつ等も良い様に使われてるなあ」 

 誠の横を歩くかなめはがしゃがしゃと音がする箱を抱えている。そしてその反対側には対抗するようにカウラがこれも軽そうなダンボールをもって誠に寄り添って歩いている。

「これは私から寮に暮らす人々の生活を豊かにしようと言う提言を含めた寄付だから。かなめちゃんもカウラちゃんも見てもかまわないわよ」 

「私は遠慮する」 

 即答したのはカウラだった。それを見てかなめはざまあみろと言うように手ぶらで荷物持ちを先導しているアメリアに向けて舌を出す。

「オメエの趣味だからなあ。どうせ変態御用達の展開なんだろ?」 

「暑いわねえ、後ちょっとで秋になると言うのに」 

「ごまかすんじゃねえ!」 

 かなめが話を濁そうとしたアメリアに突っ込みを入れる。そんな二人を見て噴出した西にかなめが蹴りを入れた。

「階段よ!気をつけてね」 

 すっかり仕切りだしたアメリアに愚痴りながら誠達は寮に入った。

「はい!そこでいったん荷物を置いて……」 

「子供じゃないんですから」 

 先頭を歩いていたひよこが手早く靴を脱ぐ。西の段ボールから落ちた冊子を拾ったカウラが真っ赤な顔をしてすぐに、西の置いたダンボールの中にもどしてしまう。

「二階まで持って行ったあとどうするんですか?まだ棚が届かないでしょ?」 

「仕方ないわね。まあそのまま読書会に突入と言うのも……」 

「こう言うものは一人で読むものじゃねえのか?」 

 そう言ったかなめにアメリアが生暖かい視線を送る。その瞬間アメリアの顔に歓喜の表情が浮かぶ。

「その、あれだ。恥ずかしいだろ?」 

 自分の言葉に気づいてかなめはうろたえていた。

「何が?別に何も私は言ってないんだけど」 

 アメリアは明らかに勝ったと宣言したいようないい笑顔を浮かべる。

「いい、お前に聞いたアタシが間抜けだった」 

 そう言うとかなめは誠の持っていたダンボールを持ち上げて、小走りで階段へと急ぐ。

「西園寺さん」 

 声をかけると後ろに何かを隠すかなめがいた。

「脅かすんじゃねえよ」 

 引きつった笑みを浮かべるかなめの手には一冊の薄い本が握られていた。誠はとりあえず察してそのまま廊下を走り階段を降りた。

「西園寺は何をしている?」 

「さあ何でしょうねえ」 

 先頭を切って上がってくるカウラに誠はわざとらしい大声で答えた。二階の廊下に二人がたどり着くと空き部屋の前にはかなめが暇そうに立っていた。

「かなめちゃん早いわね」 

 アメリアの視線はまだ生暖かい。それが気になるようで、かなめは壁を蹴飛ばした。

「そんなことしたら壊れちゃうわよ」 

 サラがすばやくかなめの蹴った壁を確かめる。不機嫌なかなめを見てアメリアはすっかりご満悦だった。

「じゃあとりあえずこの部屋に置きましょう」 

 そう言うとアメリアは図書館の手前の空き部屋の鍵を開ける。

「いつの間に島田から借り出したんだ?」 

「いえね、以前サラが正人君にスペアーキーもらったのをコピーしたのよ」 

 そう言うとアメリアは扉を開く。誠は不機嫌そうなかなめからダンボールを取り上げると、そのまま部屋に運び込んだ。次々とダンボールが積み上げられ、あっという間に部屋の半分が埋め尽くされていく。

「ずいぶんな量ですね」 

「島田君。これでもかなり減らした方なんですよ」 

 島田にパーラが耳打ちする。

「今日はこれでおしまいなわけね」 

 アメリアはそう言うと寮の住人のコレクションに手を伸ばす。

「好きだねえ、オメエは」 

 手にした漫画の表紙の少女の過激な股を広げた格好を見て呆れたようにかなめが呟いた。 

「何?いけないの?」

「オメエの趣味だ、あれこれ言うつもりはねえよ」 

 開き直るアメリアにそう言うとかなめはタバコを取り出して部屋を出て行く。一つだけ、先ほどまでかなめが抱えていたダンボールから縄で縛られた少女の絵がのぞいている。

「やっぱりこう言う趣味なのね、かなめちゃんは」 

 そう言うとアメリアはその漫画を取り上げた。

「なんですか?それは」 

 ひよこの声が裏返る。

「百合で女王様もの。まさにかなめちゃんにぴったりじゃないの」 

 ぱらぱらとアメリアはページをめくる。

「だが、それを買ったのは貴様だろ?」 

 カウラはそう言うと、そのページを覗き込んでいる誠とフェデロを一瞥した後、部屋から出て行った。

「ごめんね、ちょっとトイレに!」

 そう言うとアメリアは冊子を置いてカウラに続いて部屋を出て行った。

「すまんが西、これでコーヒーでも買ってきてくれ」 

 食堂についたカウラが西に一万円札を渡す。

「全部アメリアの荷物だからあのが出すのが良いんだけど、そうするとまた余計な仕事を押し付けられるかもしれないからね」 

 パーラがそう言って島田に疲れた笑みを浮かべた。

「誠さん。みんなで一緒に暮らせるなんていいですね」 

 ひよこの言葉に顔を見合わせるサラとパーラには言うべき言葉が見つからなかった。西はひよこから質問されて下手な答えをしないために急いで敬礼してそのまま近くのコンビニへと走る。入れ替わりにタバコを一服したかなめが帰ってきた。

「うちは団地なんで狭くて……弟も自分の部屋が欲しいなんて言うんですけど……西園寺さんもうれしいでしょ?」

 ひよこはそう言うと恥ずかしそうに視線を落とした。

「そいつはどうかねえ」

 タバコを一服して戻ってきたかなめはそんな彼女を見て笑顔を浮かべながら意味ありげに笑う。

「違うんですか?」

 ひよこがアメリアのコレクションの運搬の仕事を始めてから初めてに無邪気な笑みを浮かべた。

「叔父貴に聞いてみな?アタシが人と仲良くやれる奴かどうか」

 かなめの言葉にアンが彼女を見守っていたアメリアに目を向けた。

「……まあいいや。ここにいても仕方ねえや。食堂で話そうや」

 かなめはそう言って部屋の扉を開ける。誠達も彼女に続いて廊下から階段、そして食堂へとたどり着いた。

 食堂に入ると薄ら笑いを浮かべながらかなめがどっかりと中央のテーブルの真ん中の椅子に座る。誠もいつも通り意識せずにその隣の席を取る。反対側に座ったカウラがいつものように冷たい視線を送るが、まるで気にする様子は無い。

「まあ西の野郎を待ちつつまったりしようや」 

 その場にいる全員が珍しくかなめの言うことに同意するように頷いた。

「買ってきましたよ!」 

 勢い良くコンビニ袋を抱えた西が駆け込んできた。両手のコンビニ袋の中には缶入りの飲み物がぎっしりと詰め込まれていた。 

「カウラはメロンソーダだろ?」 

 そう言うとかなめはすばやく西から袋を奪って、その中の緑の缶を手にするとカウラに手渡した。

「なんかイメージ通りですね」 

 ひよこが苦笑いを浮かべながらカウラを見つめている。

「ああ、コイツの髪の色はメロンソーダの合成色素から来ているからな」 

「西園寺、あからさまな嘘はつくな」 

 プルタブを開けながらカウラは緑のポニーテールの毛先を自分で手に取り何か納得したような顔をして缶に口をつけた。

「神前さんはコーラで良いですか?」 

 西は手にしたコーラを誠に押し付けた。思いを見透かされた誠は苦笑いを浮かべた。

 そこにトイレから帰ってきたアメリアがやってきた。

「ああ、飲み物買ってきたの?言ってくれれば私が出したのに」

 アメリアの白々しい言葉にサラとパーラが顔を見合わせる。

「なんなら今から出しても良いんだぞ」

 メロンソーダを飲みながら釣りを西から受け取っていたカウラの言葉を聞くとアメリアはそのまま背を向けた。

「どこ行くんだ?」

「コレクション整理よ」

 アメリアが出ていくがあまりにも彼女らしい言葉に誰も呼び止めることはしなかった。

「それじゃあ私はココアで」

 全員がアメリアの方を見ていた間も飲むものに迷っていたひよこはそう言って袋からココアを取り出した。

「ああ、ごめんね。ひよこちゃん。アメリアはこういう時はココアなのよ」 

 パーラはそう言うとアンの手からココアを取り上げた。

「パーラさん、アメリアさんに届けてあげるんですね。それなら私が持っていきましょうか?」 

 そう言ったのは代わりにジンジャエールを手にしたひよこだった。

「え?お願いできるの」 

 サラのの言葉にひよこは嬉しそうにうなづいた。

「じゃあ僕も行きます」 

 釣銭を数えていた西がそう言った。立ち上がった二人は昨日と同じく楽しげな笑みを浮かべながら食堂を出て行く。

「気が合うのかな?連中」 

 かなめはそう言うと緑茶缶を袋から取り出して飲みだす。

「まあ、まあひとこちゃんが20歳で西君が18歳……年が近いから話題も合うのよ」 

「そうなのか」

 パーラの言葉にカウラは関心なさそうにつぶやいた。

「アレだな……天然同志気が合うんだろ」

 そう言いながらかなめは缶の緑茶を飲み干した。
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