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第三十一章 作られた平和

第141話 『ビッグブラザー』の意図

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「それは……大変だ!国が持たなくなる!そのくらい僕でもわかります」

 さすがに失業したら税金を払えなくなることくらいの常識は誠にもあった。納得して頷く誠をアメリアは冷ややかな目で見つめていた。

「東和共和国のアナログ量子コンピュータのシステムを牛耳っている『ビッグブラザー』はすべての通信が届く範囲の情報を常にため込んでその様子をうかがっているのよ……そして、その最大の武器は『経済の掌握』にあったってわけ。『形而上けいじじょうの存在は常に形而下けいじかの存在に規定される』……カール・マルクスとか言う経済学者の言葉なんだけど、まあ、こんなこと言っても誠ちゃんにはわからないでしょうけどね……政治は経済有って初めて意味があるのよ……何をするにもお金が一番大事って話」

 あからさまな蔑みの言葉だが、事実わからなかったので誠は愛想笑いを浮かべて頭を掻いた。

「なんです?その『形而上』とか……」

 社会常識ゼロの誠にはアメリアの言うことの半分くらいしか理解できなかった。

「いいわよ、誠ちゃんは知らなくても生きてこれたんでしょ?まあ、誠ちゃんには永遠に『形而上』の存在とは縁がなさそうだけど」

 アメリアはそう言って誠に背を向けて射場を後にした。

「東和国民である僕の死を『ビッグブラザー』は認めない……僕を殺せば僕を殺した国は終わる……だから死なないのか」

 誠は東和共和国の軍事力によらない恒久平和がこうして実現している事実を理解しようとするが、『形而上』の話題であるそのようなことを理解できる脳を誠は持っていなかった。

「まあそれでも強引に東和共和国進攻を考えた国があるの。具体的に言うと私の作られた国の『ゲルパルト』。当時は『ゲルパルト帝国』って名乗ってたわね。そこが実際に前の大戦の時に軍事的行動に出るべく準備を始めた……」

「でも前の大戦って東和は中立だったじゃないですか」

 前の戦争の最中に生まれた誠にはその時の記憶は無いが、東和は戦争に参加していないという事実は知っていた。

「そうよ……それも前の戦争で『ゲルパルト帝国』が負けた原因の一つなんだけどね。戦争中は戦時経済と言うことで乱発した国債なんかの価格は何とかごまかしごまかししていたんだけど、実際に部隊を動かす段階で突然『兵站機能』に麻痺まひが生じたわけよ」

「兵站機能の麻痺?」

 誠は意味が分からずそう聞き返した。

「補給部隊にめちゃくちゃな偽の命令が出たり、生産工場の電力施設が機能停止したりしたわけ」

「それは大変だ……」

分かったような分からないような話ではあるが、電気が無ければ工場が止まるということは誠にも分かった。

「それでもあの国は戦争を続けようとしたわけ。最終的には前線の兵器のシステムがクラッシュ!生命維持装置すら停まって全員窒息死!……どんなエースが乗ってようが動かない機動兵器はただの鉄の塊でしょ?それも宇宙じゃ死ぬしかないわね」

 アメリアの残酷な一言に誠は青ざめた。

「訳も分からず窒息死って……確かにそんな死に方、嫌ですね……」

 誠も先の大戦の帰趨がそんなところでついたのかと驚きつつ、上層部の無茶な要求で死んだ兵士達に同情した。

「そんなところを完全に敗色濃厚だった外惑星連邦と遼北人民国がお得意の物量戦を仕掛けられて終了……ってわけよ」

「はあ……」

 明らかに馬鹿にされていると分かるアメリアの口調だが、そこまで言われれば誠でも東和共和国に戦争を仕掛けることがいかに危険なことなのかはよく分かった。

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