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第二十八章 不吉なる演習場

第130話 死と隣り合わせの任務

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 誠はいつものランニングの課題を済ませると、そのままどっと訪れた疲れに負けて誠は倉庫の脇の日陰に座り込んだ。

 演習の存在を知ってから、ランに加えてかなめまでもが誠のランニングを監視する日々が続いていた。さすがに平然と実力行使に出るかなめに監視されれば、いつもは歩いている他の隊員達も走っているふりくらいはしていた。

「誠さん、どうぞ」

「あはははは……どうも」

 そう言って缶ジュースを差し出してくれたのは、実働部隊医務班の唯一の看護師である神前ひよこ軍曹だった。彼女の気遣いに、誠はただ愛想笑いを浮かべることしかできなかった。

「西園寺中尉は夢中になるといつもこうなんです。きつかったですよね」

「まあ見た通りの人なんですね……まっすぐと言うか……一途と言うか……」

 数少ない自分より年下の女子隊員のひよこに言われてみて誠はその事実を再確認した。

「でも……悪い人では無いと思います……思いたいです」

 ひよこはそう言うと誠の隣に腰かけた。

「一生懸命な人だと思います……戦うときは人が変わったようになりますけど……でも、あの時も僕を助けたかっただけなんですよね」

 誠は先日、自分が拉致されたときのことを思い出していた。

 その時はまるで楽しむかのように銃を撃つ彼女に恐怖さえ感じた。しかし、結果として誠はこうして無事に暮らしている。

「命がけの仕事なんですね……ここは……今度の演習も……」

 誠はそう言ってカールした髪の毛がチャーミングなひよこに目を向けた。

「そうです……今まで死者は出てはいませんが……怪我人は出ています。今度の演習もどうなるか……」

 長身の誠を見上げながらひよこは真剣な表情でそう言った。

「怪我ってどれくらいなんですかね……」

「それは……言えません」

 それとなく聞いてみた誠に対し、ひよこは急に身構えたように視線を逸らした。

「言えません……ってそんなにひどい怪我だったんですか?」

 誠がそう尋ねるとひよこはそのまま黙って立ち上がった。

「大丈夫ですよ……どんな大怪我でも大丈夫なんです……その整備班の隊員の方も今は復帰されてますし……私が……私の『力』で何とかしますから……」

「どんな大怪我でも大丈夫?」

「いえ!何でもないです!じゃあ!」

 そう言い残して立ち去るひよこの言葉が理解できず、誠は彼女を見送ることしかできなかった。

「振られてやんの」

「今の会話のどこに『振る』と言う意味が入るんだ?」

 誠が顔を上げるとそこには冷やかし半分のかなめといつもの無表情で顔を覆ったカウラが立っていた。

「今の聞いてました?」

 誠はなぜか罪悪感を感じて二人の顔色を窺った。確かに誠から見てもかわいいひよこに気を使ってもらっていい気分だったのは事実だった。

「まったくうちの野郎はひよこにばっか色目を使いやがる……アタシみたいないい女がいるってのにだ」

 そう言うとかなめはそのまま背後にあった銃器を載せた台車に手をかけた。

「いい女は常に銃を持ち歩くものなのか?」

 カウラはと言えばそう言うと立ち上がろうとした誠に手を伸ばしてそれを助ける。

「西園寺さん!それ管理室まで運んでおきます!」

「おう、気が利くようになったじゃねえか。それじゃあ頼むわ」

 気を利かせた誠の言葉を聞くと、かなめはそのまま倉庫の奥へと消えていった。

 一方、カウラはと言えば誠の隣に黙って立っていた。

「カウラさん?」

 かなめについていかなかったカウラの顔を誠は覗き見た。

「ひよこは……不思議なことを言っていただろ?」

 いつも通り冗談の通じなさそうなカウラの真剣な瞳が誠を見つめている。

「ええ……『どんな大怪我でも死なない』って……でも銃で頭とか撃たれたら死んじゃいますよね……」

 誠はカウラの言葉でひよこの言った奇妙な言葉を思い出していた。

「今は言えない……だが、ひよこに任せれば……ひよこが大丈夫と言う限りどんな怪我でも大丈夫なんだ……ひよこの『素質』に任せれば」

 それだけ言うとカウラは誠に背を向けて、かなめと同じく倉庫の中へと消えていった。

「ひよこさん……任せれば大丈夫……何が?だってひよこさんはナースでしょ?天才外科医って訳じゃないでしょ?致命傷を負った人を助けるなんて看護師でもできない話でしょ」

 誠は独り言を言いながら倉庫の裏の駐車場からそのさらに奥にある銃器が置いてある建物に向けて台車を押していくことになった。

 午後の西日がきつかった。誠は倉庫を目指して台車を押す。駐車場の砂利は熱せられてじりじりと誠を蒸しあげた。

「やっぱ……引き受けなきゃよかったかな……」

 取り残された誠はそう言いながら台車を押し続けた。


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