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かなめはかなめ

かなめに付き合わされて

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『これは切れるぞ』 

 誠はそう思った。かなめがどう切れるか、どこにはけ口が向かうか、それは考えるまでも無く自分だろう。覚悟を決めて顔を上げた誠だったが、その視線の正面にはいつの間にかリアナが立っていた。

「ありがとう!かなめちゃん!本当においしかったわ!」 

 リアナはそう言ってかなめの手をとりにこやかに笑う。かなめは何が起こったかわからないとでも言うように、ぼんやりとリアナのきらきら輝いている青い瞳を見つめていた。

「そうですか……甲斐がありましたよ」 

 とりあえず調子を合わせようと口にしたかなめの言葉にリアナは満足げにうなづく。

「でもワインも頂きたかったけど妊娠中だから。でもお料理の魚は新鮮で最高!」 

「それは良かったですねえ」 

 ただあまりに正直に反応しているリアナにかなめは戸惑っている。あの青い澄んだ瞳で見られるとどうにも調子が狂うのは隊員すべてに言えることである。

 なんとか落雷は防げた。誠がため息をついたとき、かなめが不意に立ち上がった。

「島田、キム。こいつ借りるぜ」 

 そう言うとかなめは飲みかけのコーヒーを見つめている誠の横に立ち、肩に手を当てた。

「侘びだ、付き合え」 

 そう言うと有無を言わさず誠を立たせて、そのまま静かに席を立った。カウラとアイシャは突然のことに呆然として宴席に取り残された。

 そのまま通路を通り抜けた二人はホテルのエレベータに向かう。

「何を?」

「まあいいから付き合え」

 たどり着いたのは地下だった。

 そこは先ほどまでの明るい雰囲気とまるで違った。上の階の華やかな落ち着きと違うどちらかと言えば危険な香りがする落ち着いたたたずまい。案内板を見ればシャムなどがドンちゃん騒ぎをしていた場所とは隔離されているようで、実に静かな雰囲気のバーにかなめが向かう。

 店には客はいなかった。それでも一人年配に見える女性ピアニストがジャズを弾き続けていた。かなめは笑顔を振りまくピアニストに微笑みかけた後、ドレスのスカートを翻すようにしてカウンターに腰掛けた。黙って見つめるかなめの隣の席に誠は当然のように座る。誠はあまりにも自然で自分でも不思議な感覚にとらわれていた。

「いつもの頼む」 

 慣れた調子でバーテンにそう言うと、かなめは手袋を外し始めた。バーテンはビンテージモノのスコッチを一瓶と氷が満たされたグラスを二つ、二人の前に置いた。

「柄にもねえことするからだな。罰が当たったんだな。オメエもそう思ってんだろ?」 

 かなめはそう言いながら氷の満たされたグラスを手にした。乱打するような激しい曲が終わり、今度は静かなささやきかけるような演奏が始まった。

「そんなこと無いですよ!僕が、その……ええと……」

 言い訳をしようとする誠にかなめはいつものどこか陰のある笑みで応える。誠は申し訳無さそうに顔を上げる。そんな彼を首を横に振りながらかなめは見つめる。 

「気にすんなよ。アイシャの口車に乗ったアタシが馬鹿だったんだ」 

 スコッチが注がれた小麦色のグラス。かなめはそれを手に取ると目の前に翳して見せた。そして静かに今度は誠を見つめる。誠も付き合うようにして杯を合わせた。ピアノの響きは次第にゆったりとしたリズムに変わっていく。誠とさして歳が違わないように見えるバーテンは静かにグラスを磨きながらピアノ曲に浸っているように見えた。

「言い出したのはやっぱりアイシャさんですか」 

「まあな……あのアマ……人を調子に乗せるだけ乗せてはしごを外しやがった……糞が!」 

 多くは語りたくない。そんな雰囲気で言葉を飲み込みながらかなめはスコッチを舐める。なじんだ場所とでも言うようにかなめは店に並ぶ酒を見つめる。その目は安心したと言う言葉のために有るようにも見える。誠はそう思いながら苦いスコッチを舐める。舌に広がるアルコールの刺激。それを感じてすぐにグラスをカウンターに置いた。静かな曲は日が暮れるように自然に沈黙に引きずられて終わりを迎える。

「済まないな、暇で。今日はアタシの貸切みたいなもんだから」 

 かなめがバーテンに声をかけた。バーテンは落ち着いた笑みを浮かべ首を横に振る。そしてかなめは再びグラスをかざして中の氷が動く様をいとおしげに見つめていた。

「いつもの……葉巻はやられないんですか?」

「ああ、今日はこいつがいるからな」

 バーテンの一言に軽くかなめが微笑んだ。

「やっぱこっちのほうが合うぜ、アタシは。ああいう世界が嫌いで軍に入った癖に、三つ子の魂百までってのは本当だな」 

 かなめにはワインよりもスコッチの水割りのほうが似合う。誠も同じ意見だった。今のかなめの姿はまるで舞踏会を抜け出したじゃじゃ馬姫のようだ。その方が彼女にはふさわしい。口には出さないが誠はかなめを見ながらそんなことを考えた。

「でもリアナさんは喜んでたじゃないですか。人によるんですよ」 

 そんな誠のフォローにかなめは心底呆れたような表情で彼を見つめる。

「お姉さんが喜んでもな……」 

 ふと見たかなめの顔に悲しげな影がさしているように誠には見えた。

「やっぱりあれですか、西園寺さんはああいった食事をいつも食べてたんですか?」 

 誠は話題が思いつかずに地雷になるかも知れないと感じながらそう言った。

「うちは和風……と言ってもお袋は料理なんか出来ないから、全部家政婦や食客任せだけどな。まあ一応政治家の家庭って奴だからああ言うパーティーには餓鬼の頃から出てたのは確かだけど」 

 そう言ってまた一口、かなめはウィスキーを口に含む。高音域をメインとしたやさしいピアノ曲が流れる。

「うちの母は料理が趣味でしたから。まあ和風と言えば和風の料理ですけど、時々お試し料理と言ってなんだかよく分からない料理を食べさせられることも結構ありましたけどね」 

 誠も付き合うようにグラスを傾ける。その姿にかなめは時折本当に安心したときにだけ見せる笑顔を誠の前で見せる。

「確かにお前のお袋の料理はうまいよ。この前アイシャにコミケつき合わされたときに出た里芋の煮っ転がしなんて料亭に出せるくらいだったもんな」 

 二週間ほど前、東都の下町にある誠の実家の剣道道場を借り切ったお祭り騒ぎのことを思い出した。そのときに見れたいつもの笑顔がかなめの中に見えた。誠はそれがうれしくてかなめの空になったグラスに酒を注いだ。

「来年はシャム達の方に顔出すか」 

 ようやく吹っ切れたようにかなめは伸びをした後、誠が注いだグラスを口元に運んだ。一端止んだピアノの音が復活を宣言するかのように激しい曲を奏で始めた。

「それにしても……いい酒ですよね、これも」

 誠はよくわからないスコッチの瓶を指差す。

「まあな。だが気にするな」

 かなめにそう言われると誠は逆に気になった。

「ジュラ……」

「まあいいじゃないか!帰るぞ!」

 かなめの仕草でそのスコッチが知られた銘柄ものであることを察した誠はかなめに急かされるように店を後にした。

「でも……」

「明日もあるんだ!さっさと寝ろ!」

 かなめはそう言うとハイヒールの割には素早くエレベータにたどり着きそのまま誠を階下に残して姿を消した。

「僕……このまま帰るんですか……」

 誠はかなめの気まぐれにただ呆れながらエレベータのボタンを押した。

「なんだったんだ今日は」

 今朝からの濃密な一日の内容にただ呆然としながらエレベーターを眺めていた。全身に痺れたような感覚が残っている。

「こりゃあ酒が明日まで残るな……」

 後悔ばかりが残る中、よたよたと開いた扉に吸い込まれた。
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