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安息日

第51話 帰りがけ

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 繁華街の警察署を出ればすぐに下町のごみごみした建物の中の道へと入ることになる。久しぶりの定時の退社。街は人であふれている。

「ぶつけないでくれよ」 

「誰にものを言っているんだ?」 

 かなめの言葉にカウラは苦笑いをうかべる。そしてすぐさま目の前に飛び出してきた小学生に急ブレーキを踏んだ。

「言ったばかりだろ?」 

「予測はしていた」 

 いつものようなやり取りに誠は沈黙とグラフばかりに集中していた時間を終えたことを実感した。そして再び走り出した車は見慣れた月島屋に続く商店街のアーケードの道にたどり着いた。

「ちっちゃい姐御に茜とラーナ。島田は姐御の運転手か……あとは誰が来るんだろうな……」 

「かなめちゃんはすっかり乗り気ね」 

「当たりめえだよ。おごりで飲めるんだ。たっぷり元をとらないとな」 

 にんまりと笑う隣の席のかなめに思わず誠は苦笑いを浮かべる。いつもどおり駅へ向かう道は渋滞していた。そしていつも通り近くの商業高校の学生達の自転車が車を縫うようにして道を進んでいる。

「まったく自転車通学か……寒いのにご苦労さんだね」 

「かなめちゃん。私達も近々寒くてご苦労さんなことをするかもしれないんだけど」 

 助手席から身を乗り出してアメリアは突っ込みを入れる。カウラは苦笑いを浮かべて信号が変わって動き出した車の流れにあわせてアクセルを踏む。

「久々にサラが来るんじゃねえかな。それと……パーラはサラとセットだからな。連中は暇そうだし」 

「でもなんだかサラは白菜がどうとか言ってたわよ。収穫に人手が足りないとか。もしかしたら技術部の人達のお手伝いとかしてるかも」 

 植物大好きなサラは部隊創設二年をかけて敷地の半分を占める荒地を開墾していた。それどころか今では隣の菱川重工豊川工場の職員に野菜を販売するまでになっていた。誠もその労力を想像する度になんで司法局実働部隊が同盟のお荷物と呼ばれるかがよく分かると納得していた。

「カウラちゃんを見に菰田君達が来るかもよ」 

「勘弁してくれ」 

 カウラのファンクラブ『ヒンヌー教』の教祖菰田のことを思い出すとカウラは渋い顔をしてハンドルを大きく切った。

「いきなり曲がる……?」 

「どうしました、西園寺さん」 

 急にコインパーキングに向かって乗り入れた車の中で頭をぶつけてうめいたかなめの視線に何かが映っているようで誠は彼女の視線の先を見た。

「あそこ、月島屋ですよね」 

 誠が見た先には何かの事件でもあったような人だかりができていた。よく見ると立ち去る人々の顔にはそれぞれ笑顔が浮かんでいる。それを察したアメリアは当然のようにカウラが車を停めたのを好機として扉を開く。

「突然降りるな」 

「良いじゃないの……誠ちゃんも見たいでしょ?」 

「見たいって……」 

 呆然としている誠を車から引っ張り出してアメリアはそのまま歩き始める。驚いたように車を飛び出したかなめがその後に続く。

「なんだよ……オメエは知ってんのか?」 

 かなめがそう言うのを聞きながら誠が月島屋の店先を見るといつものように猫耳をつけてジャケットを着たサラと中学校の制服姿で同じく猫耳を付けた月島屋の看板娘の小夏が子供達と握手をしていた。

「何やってんだ?オメエ等」 

 そう言うとそのまま小夏をにらみつけるかなめ。いつものようにそのガン付けに小夏はにらみ返す。

「知らないの?二人で漫才してるのよね」 

「漫才ねえ……いまいち受けてないみたいじゃないの?」 

 アメリアが言うので誠も苦笑いを浮かべた。かなめもまた珍しそうにサラ達の隣で困った表情を浮かべているラン、ラーナ、茜の三人に目をやった。

「クバルカ中佐……良いんですか?」 

「おう、着いたか」 

「着いたかじゃなくて……」 

 ランも少しばかり戸惑ったような表情で満面の笑みのサラ達を眺めていた。

「まあ……仕事が終われば別に良いんじゃねーの。それほど任務に支障はなさそうだしな。ただ……」

「ネタが分かりませんわ……どこで笑ったら良いのか……」 

 ランと茜は首をひねりながら小夏達の後ろの引き戸を開いて店の中に消えていった。

「先にやってるわよ!」 

 真ん中のテーブルにはサラの赤い髪が揺れていた。すぐに隣にはうつむいてじっとたこ焼きをにらんでいる島田がいる。

「んだ……上は?」 

「情報士官の旦那衆が宴会だって……すごい盛り上がってるわよ」 

 そのまま自分の脇をすり抜けて厨房に向かう小夏の言葉に頷きながらかなめは先頭で店に入った。

「あら、神前君達も来たの……上は使っているからこちらでいいかしら」

 小夏の母で女将の家村春子が厨房から顔を出して声をかける。いつものことながら紫色の小袖と軽くまとめた黒髪があまりにも似合うので誠は瞬時立ち止まってしまう。 

「かまいませんよ……」 

「たこ焼きのどれか一個がイカなのよ……当たるかしら」 

 にんまりと笑うパーラ。ようやく島田が何かをかけて烏賊とタコの区別をつける遊びをしていることがわかって誠は納得する。

「つまらねえことやってるな」 

「当たればガソリン一回満タンですよ……」 

 苦笑いを浮かべると島田は真ん中のたこ焼きを口に放り込んだ。

「これは……」 

「島田君がんばってね!」 

 厨房からビールを運んできた小豆色の渋めの留袖姿の女将、家村春子の言葉に島田は首をひねった。

「わかるもんかよ……女将さん。とりあえずアタシ等もビール」 

 そう言うとかなめは奥のテーブルに着席する。そしてそのまま隣の椅子を叩いた。察した誠はアメリア達に照れながらかなめの指示通りその隣の椅子に腰掛けた。

「女将さん、私とカウラは烏龍茶で」 

「はいはい」 

 そう言うと春子はビールを島田の隣に置いて厨房へと消えていった。

「分かるのか?」 

 かなめの正面の椅子に座りながらカウラは視線を島田に向ける。アメリアは椅子にも座らずに島田を興味深そうに眺めていた。

「うーん……」 

「正人……」 

 唸る島田。サラはいつものように島田の名前を呼ぶ。

「降参?降参?」 

 迫るパーラ。ただ島田は黙ってたこ焼きを噛み始めた。
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