39 / 77
容疑者
第39話 ホシ
しおりを挟む
「それでもまだ人数が多すぎるんですね」
手にした冊子を手渡そうとするカウラを制して、ラーナは端末の画像を誠にも見えるようにしてみせた。そこには15人の男女の写真と経歴が並んでいるのが見えた。
「この全員に『警察のものですが……失礼ですがアストラルパターンデータの計測をお願いできますか?』と言って回るわけか……殴られるぞマジで」
かなめの言葉。そしてアメリアがため息をつく。
「でも……任意の調査でお願いすることは……」
誠の一言に全員の生暖かい視線が誠に向けられた。
「おい、この元となる資料。もしホシを検挙して証拠に使うつもりか?どれも技術部の情報将校共の違法なアクセスで見つかった資料だ。証拠どころかアタシ等が大悪人に仕立て上げられて終わりだよ」
「さすがの西園寺もそのくらいは分かるんだな」
「そのくらいって何だよ」
カウラとかなめがにらみ合う。誠もようやくこの15人を一人に絞り込むことの難しさに納得した。
「じゃあ……全員の行動を」
「だから!誠ちゃん。なぜこの15人なのかを知られたら拙いわけよ。それに下手をすれば他の組織が動き出しているかもしれないしね」
アメリアの言葉に場の空気が不意に冷えてきたのを誠は感じていた。先ほどは完全にかなめに拒否されてへそを曲げている島田。彼も『他の組織 』という言葉を聞くと、箸を止めてしばらく考え事をするようにテーブルに茶碗を置いてこちらの様子をうかがっている。
「それはあるかもな」
かなめはそう言うとほとんど食べ終わっていた茶碗に湯飲みの番茶を注いだ。食事を終えようとする彼女を見ても誠に食欲はわいてこない。極めて嫌な予感がその原因であることは誠にもわかっていた。
「最近聞く……例の『廃帝』ですか?」
誠の言葉に一同は沈黙する。
法術の威力は明らかになればなるほど恐るべきものだと言うことが知れ渡ってきていた。各国の政府機関や軍がそれぞれに法術の研究を行っている。だが、そんな中、司法局に提供される資料の中で法術師の互助会的な組織の存在が指摘されることが増えてきていた。
政府機関関係者の間で『廃帝ハド』の組織はすでにタブロイド紙に目的不明のテロ行為を行う団体が存在すると言う記事を書かせるほどの活動を始めていた。
「『廃帝』だけだと思う?」
いかにも含むところがあるというようなアメリアのつぶやき。彼女も直接は口にはしないが地球諸国や外惑星のネオナチ組織、さらに以前の同盟厚生局のように同盟組織内部でもこの事件の主犯の力に関心を持っているのは間違いない事実だ。そう思うと誠はこの事件の捜査が極めてデリケートに行われなければならないと言う事実を痛感した。
「つまりだ。アタシ等の仕事はこの15人の全員の身柄を安全に保ちつつ、その中でこの前のアストラルパターンを持った人間を特定して生きたまま逮捕することだ。分かるだろ?」
かなめの言葉に誠はつばを飲み込む。要人略取や暗殺を主任務とする甲武陸軍特殊部隊出身のかなめにそう言われるとさらに事件の解決へのハードルが上がるような気分になる。
「この人数で15人を……無理じゃないですか?」
「無理だろうが何だろうがやるしかないの。わかる?」
アメリアはそう言いながら味噌汁をすする。それに頷きつつおかずの鰯を口に咥えているカウラ。見た目は緊張感の無い光景だが、周りの隊員はすべて誠達の話を聞きながらいつでも捜査協力に立候補するようなそぶりを見せているのが誠にもわかった。
「とりあえず測定可能な場所まで近づくのが一番だろうな。今回の違法法術行使はすべて同一犯の犯行と言うことはアストラルパターンデータで分かったんだから」
茶碗の中の茶を飲み終えたかなめは覚悟を決めたようだった。
「でも本当にそうなの?このデータ自体に問題が無いと言い切れるわけ?今回だって私達のところに演操術の存在が知らされるまでタイムラグがあったわよね」
アメリアの何気ない指摘に突然かなめの表情が変わった。彼女の言葉で味噌汁を飲んでいたカウラの顔色も変わる。
「能力演操のデータは少ないっす。それが同じ人物によるものかはなんとも……」
ラーナの言葉に全員が言葉を呑んだ。これまで同一犯と思っていた事件が複数による犯行なら……そう考えるとすべての捜査が無駄になるように思えてきた。誠達は黙り込む。この人数で事件解決することはできない。その結論が出ようとしているときだった。
『そりゃあねえな。自分の調べたデータだろ?もう少し自信を持てよ』
突然端末のスピーカーから聞こえてきたのは嵯峨の声だった。いつもの嵯峨の監視癖を思い出したが誠が周りを見渡せばかなめもアメリアもカウラも救われたような顔をしていた。
『島田から聞いたよ。演操術系の法術のデータなら今そちらに送ったぞ。これはかなり長期の研究の成果だからな信憑性が高いからな。まあこちらも証拠としては使えない某国の秘密実験データのコピーだから犯人の特定以外の役には立たないがな。つまり犯人を逮捕して自白させない限りこの事件は解決しないわけだ』
「叔父貴!アタシ等を踊らせて楽しいか!」
腹に据えかねたようにかなめが叫んだ。顔にこそ出さないがカウラもアメリアも同意見というようにラーナの端末に映る部隊指揮官の顔を睨み付ける。
『怖い顔するなって。お前等も俺やクバルカが支えてやらなきゃならねえほど餓鬼じゃねえだろ?自立してもらわねえと俺も困るんだよ……じゃあ期待してるから』
そして突然のように嵯峨の言葉が終わる。
誠にも意味は分かった。状況証拠が揃っても意味が無い。犯人を特定するだけでも無駄。すべては生きている犯人を逮捕して自白をさせ、それにあった承認や証拠を別にそろえなければ事件は解決しない。
「蜂の巣にはできないわけだな」
かなめは私服を着ても懐に下げている愛銃を叩いた。その滑稽な動きにカウラが微笑む。
「そう言う事っす。多少の捜査の工夫が必要になると言うこって……ちょっとこのデータを嵯峨茜警視正に送りたいんすけど……」
遠慮がちなラーナの言葉にかなめとカウラが大きくうなづく。ラーナはそれを見ると再び端末にかじりついた。
「茜のお嬢さんの調査が終わるまで……時間が惜しいな。どうする」
かなめが周りを見渡す。すでに彼女の言葉が分かっているカウラとアメリアがうなづいた。
「とりあえず15人の現在の住所を確認。見つからない程度にその現状を観察していつでも調査結果に対応できるシミュレーションを行なう」
「カウラ。それだけわかってりゃ十分だ。神前。飯を食え」
かなめは満足げに握りこぶしを向けてきたカウラの右手に自分のこぶしをぶつけた。誠は一斉に出勤準備を始めた隊員達を後目に自分の朝食を取りに厨房の前のカウンターに向かって歩き出した。
手にした冊子を手渡そうとするカウラを制して、ラーナは端末の画像を誠にも見えるようにしてみせた。そこには15人の男女の写真と経歴が並んでいるのが見えた。
「この全員に『警察のものですが……失礼ですがアストラルパターンデータの計測をお願いできますか?』と言って回るわけか……殴られるぞマジで」
かなめの言葉。そしてアメリアがため息をつく。
「でも……任意の調査でお願いすることは……」
誠の一言に全員の生暖かい視線が誠に向けられた。
「おい、この元となる資料。もしホシを検挙して証拠に使うつもりか?どれも技術部の情報将校共の違法なアクセスで見つかった資料だ。証拠どころかアタシ等が大悪人に仕立て上げられて終わりだよ」
「さすがの西園寺もそのくらいは分かるんだな」
「そのくらいって何だよ」
カウラとかなめがにらみ合う。誠もようやくこの15人を一人に絞り込むことの難しさに納得した。
「じゃあ……全員の行動を」
「だから!誠ちゃん。なぜこの15人なのかを知られたら拙いわけよ。それに下手をすれば他の組織が動き出しているかもしれないしね」
アメリアの言葉に場の空気が不意に冷えてきたのを誠は感じていた。先ほどは完全にかなめに拒否されてへそを曲げている島田。彼も『他の組織 』という言葉を聞くと、箸を止めてしばらく考え事をするようにテーブルに茶碗を置いてこちらの様子をうかがっている。
「それはあるかもな」
かなめはそう言うとほとんど食べ終わっていた茶碗に湯飲みの番茶を注いだ。食事を終えようとする彼女を見ても誠に食欲はわいてこない。極めて嫌な予感がその原因であることは誠にもわかっていた。
「最近聞く……例の『廃帝』ですか?」
誠の言葉に一同は沈黙する。
法術の威力は明らかになればなるほど恐るべきものだと言うことが知れ渡ってきていた。各国の政府機関や軍がそれぞれに法術の研究を行っている。だが、そんな中、司法局に提供される資料の中で法術師の互助会的な組織の存在が指摘されることが増えてきていた。
政府機関関係者の間で『廃帝ハド』の組織はすでにタブロイド紙に目的不明のテロ行為を行う団体が存在すると言う記事を書かせるほどの活動を始めていた。
「『廃帝』だけだと思う?」
いかにも含むところがあるというようなアメリアのつぶやき。彼女も直接は口にはしないが地球諸国や外惑星のネオナチ組織、さらに以前の同盟厚生局のように同盟組織内部でもこの事件の主犯の力に関心を持っているのは間違いない事実だ。そう思うと誠はこの事件の捜査が極めてデリケートに行われなければならないと言う事実を痛感した。
「つまりだ。アタシ等の仕事はこの15人の全員の身柄を安全に保ちつつ、その中でこの前のアストラルパターンを持った人間を特定して生きたまま逮捕することだ。分かるだろ?」
かなめの言葉に誠はつばを飲み込む。要人略取や暗殺を主任務とする甲武陸軍特殊部隊出身のかなめにそう言われるとさらに事件の解決へのハードルが上がるような気分になる。
「この人数で15人を……無理じゃないですか?」
「無理だろうが何だろうがやるしかないの。わかる?」
アメリアはそう言いながら味噌汁をすする。それに頷きつつおかずの鰯を口に咥えているカウラ。見た目は緊張感の無い光景だが、周りの隊員はすべて誠達の話を聞きながらいつでも捜査協力に立候補するようなそぶりを見せているのが誠にもわかった。
「とりあえず測定可能な場所まで近づくのが一番だろうな。今回の違法法術行使はすべて同一犯の犯行と言うことはアストラルパターンデータで分かったんだから」
茶碗の中の茶を飲み終えたかなめは覚悟を決めたようだった。
「でも本当にそうなの?このデータ自体に問題が無いと言い切れるわけ?今回だって私達のところに演操術の存在が知らされるまでタイムラグがあったわよね」
アメリアの何気ない指摘に突然かなめの表情が変わった。彼女の言葉で味噌汁を飲んでいたカウラの顔色も変わる。
「能力演操のデータは少ないっす。それが同じ人物によるものかはなんとも……」
ラーナの言葉に全員が言葉を呑んだ。これまで同一犯と思っていた事件が複数による犯行なら……そう考えるとすべての捜査が無駄になるように思えてきた。誠達は黙り込む。この人数で事件解決することはできない。その結論が出ようとしているときだった。
『そりゃあねえな。自分の調べたデータだろ?もう少し自信を持てよ』
突然端末のスピーカーから聞こえてきたのは嵯峨の声だった。いつもの嵯峨の監視癖を思い出したが誠が周りを見渡せばかなめもアメリアもカウラも救われたような顔をしていた。
『島田から聞いたよ。演操術系の法術のデータなら今そちらに送ったぞ。これはかなり長期の研究の成果だからな信憑性が高いからな。まあこちらも証拠としては使えない某国の秘密実験データのコピーだから犯人の特定以外の役には立たないがな。つまり犯人を逮捕して自白させない限りこの事件は解決しないわけだ』
「叔父貴!アタシ等を踊らせて楽しいか!」
腹に据えかねたようにかなめが叫んだ。顔にこそ出さないがカウラもアメリアも同意見というようにラーナの端末に映る部隊指揮官の顔を睨み付ける。
『怖い顔するなって。お前等も俺やクバルカが支えてやらなきゃならねえほど餓鬼じゃねえだろ?自立してもらわねえと俺も困るんだよ……じゃあ期待してるから』
そして突然のように嵯峨の言葉が終わる。
誠にも意味は分かった。状況証拠が揃っても意味が無い。犯人を特定するだけでも無駄。すべては生きている犯人を逮捕して自白をさせ、それにあった承認や証拠を別にそろえなければ事件は解決しない。
「蜂の巣にはできないわけだな」
かなめは私服を着ても懐に下げている愛銃を叩いた。その滑稽な動きにカウラが微笑む。
「そう言う事っす。多少の捜査の工夫が必要になると言うこって……ちょっとこのデータを嵯峨茜警視正に送りたいんすけど……」
遠慮がちなラーナの言葉にかなめとカウラが大きくうなづく。ラーナはそれを見ると再び端末にかじりついた。
「茜のお嬢さんの調査が終わるまで……時間が惜しいな。どうする」
かなめが周りを見渡す。すでに彼女の言葉が分かっているカウラとアメリアがうなづいた。
「とりあえず15人の現在の住所を確認。見つからない程度にその現状を観察していつでも調査結果に対応できるシミュレーションを行なう」
「カウラ。それだけわかってりゃ十分だ。神前。飯を食え」
かなめは満足げに握りこぶしを向けてきたカウラの右手に自分のこぶしをぶつけた。誠は一斉に出勤準備を始めた隊員達を後目に自分の朝食を取りに厨房の前のカウンターに向かって歩き出した。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第二部 『新たなる敵影』
橋本 直
SF
進歩から取り残された『アナログ』異星人のお馬鹿ライフは続く
遼州人に『法術』と言う能力があることが明らかになった。
だが、そのような大事とは無関係に『特殊な部隊』の面々は、クラゲの出る夏の海に遊びに出かける。
そこに待っているのは……
新登場キャラ
嵯峨茜(さがあかね)26歳 『駄目人間』の父の生活を管理し、とりあえず社会復帰されている苦労人の金髪美女 愛銃:S&W PC M627リボルバー
コアネタギャグ連発のサイキックロボットギャグアクションストーリー。
聖女戦士ピュアレディー
ピュア
大衆娯楽
近未来の日本!
汚染物質が突然変異でモンスター化し、人類に襲いかかる事件が多発していた。
そんな敵に立ち向かう為に開発されたピュアスーツ(スリングショット水着とほぼ同じ)を身にまとい、聖水(オシッコ)で戦う美女達がいた!
その名を聖女戦士 ピュアレディー‼︎
特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第四部 『魔物の街』
橋本 直
SF
いつものような日常を過ごす司法局実働部隊の面々。
だが彼等の前に現れた嵯峨茜警視正は極秘の資料を彼らの前に示した。
そこには闇で暗躍する法術能力の研究機関の非合法研究の結果製造された法術暴走者の死体と生存し続ける異形の者の姿があった。
部隊長である彼女の父嵯峨惟基の指示のもと茜に協力する神前誠、カウラ・ベルガー、西園寺かなめ、アメリア・クラウゼ。
その中で誠はかなめの過去と魔都・東都租界の状況、そして法術の恐怖を味わう事になる。
特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』
橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。
それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。
彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。
実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。
一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。
一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。
嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。
そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。
誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。
札束艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
生まれついての勝負師。
あるいは、根っからのギャンブラー。
札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。
時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。
そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。
亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。
戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。
マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。
マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。
高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。
科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる