9 / 77
法術適性者
第9話 法術適正者
しおりを挟む
静かに書類に目を通す男。何度と無く黒ぶちの眼鏡を掛けなおす。その姿からその眼鏡が老眼鏡だと言うことは誰の目にも明らかだった。手にしている役所の書類は『法術適正確認書』と呼ばれる書類だった。何度と無くその書類の能力の欄が空欄になっていることを確認し、それでいて適正が有りになっている事実に首をひねる。
「法術適正はあるけど能力が無い……本当に?」
狭い不動産屋のカウンターで広がってきた額に手をやる店主。書類を見るのに疲れて老眼鏡を外しながら目の前の若干天然パーマぎみの疲れた表情の男の顔をのぞき込んだ。
男は何度と無く同じ質問を受けてきたのでさすがに口を開くのもばかばかしいと言うようにうなづいた。実際法術適正検査が任意で行なわれているということになっている東和共和国。だが、実際こうして部屋を借りようなどと言う時には法術適性検査で未反応だったと言う証拠が必要になると知ったのは最近だった。そしてこうして部屋を探すことになることも最近までまるで考えにも及ばなかった。
そんな男の部屋探しの連続面接行事だが、三件目の30歳くらいのきつい近眼の眼鏡をかけた女性の担当者などはかなりひどかった。法術適正はあるかと聞かれ、証明書を出すとそれを投げつけて貸す部屋などないと言い放つ姿には逆にすがすがしささえ感じてしまった。
「それにしても……学生って……おたくいくつ?」
「三十二です」
「で、大学生?」
「法科大学院ですけど……」
店主は灰色の背広の袖を気にしながらそのまま振り返り端末に条件を入力していく。
天然パーマに眼鏡、黒い時代遅れの型のジャンバーを着こんでいる姿は他人から見れば確かに相当滑稽に見えるだろう。そう水島徹は思いながら店主の苦々しげな顔をのぞき込んでいた。入力を終えた店主はこの店に入った当初、まだ水島が法術関連のことに言及する前の親しげな表情に戻ると手を打って笑顔を向けてきた。
「ああ、法科と言うと明法大だね?」
「ええ、そうですけど」
これもまた何度も繰り返された話題だった。法学部で数多くの司法試験合格者を輩出している名門。この豊川市にキャンパスがある以上、それが自然な話と納得するのも当然のことと言えた。
「それにしても最近はこんな能力があるなんて……放火魔がパイロキネシス能力を持っていたりしたらどうなるんだろうねえ」
世間話のつもりで親父がつぶやくのを聞いて水島は正直うんざりしていた。これまでこんな会話をどれだけ聞いてきたことだろう。法術適正の無い連中の無神経な一言がもちたくも無いのに力を持っていることが分かってしまった自分達をどれほど傷つけているか。たぶん彼等には死ぬまでわかることはない。そう思いながらなかなか検索結果が出ない時代遅れの端末を水島はそれとなくのぞき込む。だが店主は自分の世間話に何も反応しない水島をいかにもひどい男だと言うような表情で見つめてくる。仕方なく水島は口を開いた。
「でも……存在が発表される前にも能力はあったんですよね」
店主の反応は冷ややかだった。そんなことは知っているよと言いたげに口を曲げるとそのままようやくデータが映し出された端末に目を移す。
「それはそうだけどさあ……あ、これなんてどう?」
親父はそう言うと水島の前の画面に1Kの物件のデータを表示した。
「8畳一間で……キッチンとユニットバス……それで8万は高くないですか?」
水島の抗議にしばらく自分の提示した案件に目を通す店主。
「確かにねえ……でも最近はオーナーの意向で法術適正のある人間は止めてくれっていう話が多くてね……いや、私はそんなことは気にすることじゃ無いって言っているんだけどね……」
店主のあからさまに気持ちの入っていない言葉。また水島は不愉快と付き合うことになる時間を過ごす自分を見つけることになった。恐らくは法術適正のある人間には多少の無理を言っても聞くだろうと言う計算がアパート経営者の間でも広まっているのだろうと改めて感じた。
海のものとも山のものとも知らない力。そんなものを抱えている人間に部屋を貸すのはギャンブルに等しい。自分にもし力が無ければそう考えたかもしれない。そう思いながら水島はとりあえず考えさせてくれと言うタイミングを計っていた。
「この案件も……法術適正を問わないとなると……すぐ決まっちゃうかもしれないな。明法大の推薦入試の結果は一昨日出たところだからねえ。昨日も親御さん連れて法術適正の書類持った高校生が来てね。結構苦労してたよ」
そう言うと店主は顔を上げてニヤリと笑う。
明らかに今決めろ、貴様にはそれしか道は無い。そう言っているように水島には見えた。
「ちょっと……詳しいことを教えてもらえませんかね」
水島はその彼の言葉に一気に晴れやかな表情になってデータ検索を始める店主の後姿を見つめていた。そしてただ分けも無く自分を取り巻いている周りの環境に対する恨みをまた一つ腹に抱え込んだ。
「法術適正はあるけど能力が無い……本当に?」
狭い不動産屋のカウンターで広がってきた額に手をやる店主。書類を見るのに疲れて老眼鏡を外しながら目の前の若干天然パーマぎみの疲れた表情の男の顔をのぞき込んだ。
男は何度と無く同じ質問を受けてきたのでさすがに口を開くのもばかばかしいと言うようにうなづいた。実際法術適正検査が任意で行なわれているということになっている東和共和国。だが、実際こうして部屋を借りようなどと言う時には法術適性検査で未反応だったと言う証拠が必要になると知ったのは最近だった。そしてこうして部屋を探すことになることも最近までまるで考えにも及ばなかった。
そんな男の部屋探しの連続面接行事だが、三件目の30歳くらいのきつい近眼の眼鏡をかけた女性の担当者などはかなりひどかった。法術適正はあるかと聞かれ、証明書を出すとそれを投げつけて貸す部屋などないと言い放つ姿には逆にすがすがしささえ感じてしまった。
「それにしても……学生って……おたくいくつ?」
「三十二です」
「で、大学生?」
「法科大学院ですけど……」
店主は灰色の背広の袖を気にしながらそのまま振り返り端末に条件を入力していく。
天然パーマに眼鏡、黒い時代遅れの型のジャンバーを着こんでいる姿は他人から見れば確かに相当滑稽に見えるだろう。そう水島徹は思いながら店主の苦々しげな顔をのぞき込んでいた。入力を終えた店主はこの店に入った当初、まだ水島が法術関連のことに言及する前の親しげな表情に戻ると手を打って笑顔を向けてきた。
「ああ、法科と言うと明法大だね?」
「ええ、そうですけど」
これもまた何度も繰り返された話題だった。法学部で数多くの司法試験合格者を輩出している名門。この豊川市にキャンパスがある以上、それが自然な話と納得するのも当然のことと言えた。
「それにしても最近はこんな能力があるなんて……放火魔がパイロキネシス能力を持っていたりしたらどうなるんだろうねえ」
世間話のつもりで親父がつぶやくのを聞いて水島は正直うんざりしていた。これまでこんな会話をどれだけ聞いてきたことだろう。法術適正の無い連中の無神経な一言がもちたくも無いのに力を持っていることが分かってしまった自分達をどれほど傷つけているか。たぶん彼等には死ぬまでわかることはない。そう思いながらなかなか検索結果が出ない時代遅れの端末を水島はそれとなくのぞき込む。だが店主は自分の世間話に何も反応しない水島をいかにもひどい男だと言うような表情で見つめてくる。仕方なく水島は口を開いた。
「でも……存在が発表される前にも能力はあったんですよね」
店主の反応は冷ややかだった。そんなことは知っているよと言いたげに口を曲げるとそのままようやくデータが映し出された端末に目を移す。
「それはそうだけどさあ……あ、これなんてどう?」
親父はそう言うと水島の前の画面に1Kの物件のデータを表示した。
「8畳一間で……キッチンとユニットバス……それで8万は高くないですか?」
水島の抗議にしばらく自分の提示した案件に目を通す店主。
「確かにねえ……でも最近はオーナーの意向で法術適正のある人間は止めてくれっていう話が多くてね……いや、私はそんなことは気にすることじゃ無いって言っているんだけどね……」
店主のあからさまに気持ちの入っていない言葉。また水島は不愉快と付き合うことになる時間を過ごす自分を見つけることになった。恐らくは法術適正のある人間には多少の無理を言っても聞くだろうと言う計算がアパート経営者の間でも広まっているのだろうと改めて感じた。
海のものとも山のものとも知らない力。そんなものを抱えている人間に部屋を貸すのはギャンブルに等しい。自分にもし力が無ければそう考えたかもしれない。そう思いながら水島はとりあえず考えさせてくれと言うタイミングを計っていた。
「この案件も……法術適正を問わないとなると……すぐ決まっちゃうかもしれないな。明法大の推薦入試の結果は一昨日出たところだからねえ。昨日も親御さん連れて法術適正の書類持った高校生が来てね。結構苦労してたよ」
そう言うと店主は顔を上げてニヤリと笑う。
明らかに今決めろ、貴様にはそれしか道は無い。そう言っているように水島には見えた。
「ちょっと……詳しいことを教えてもらえませんかね」
水島はその彼の言葉に一気に晴れやかな表情になってデータ検索を始める店主の後姿を見つめていた。そしてただ分けも無く自分を取り巻いている周りの環境に対する恨みをまた一つ腹に抱え込んだ。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲
俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。
今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。
「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」
その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。
当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!?
姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。
共に
第8回歴史時代小説参加しました!
スペースシエルさん 〜宇宙生物に寄生されましたぁ!〜
柚亜紫翼
SF
「嫌だ・・・みんな僕をそんな目で見ないで!、どうして意地悪するの?、僕は何も悪い事してないのに・・・」
真っ暗な宇宙を一人で旅するシエルさんの身体は宇宙生物の幼虫に寄生されています。
昔、お友達を庇って宇宙生物に襲われ卵を産み付けられたのです、それに左目を潰され左足も食べられてしまいました。
お父さんの遺してくれた小型宇宙船の中で、寄生された痛みと快楽に耐えながら、生活の為にハンターというお仕事を頑張っています。
読書とたった一人のお友達、リンちゃんとの遠距離通話を楽しみにしている長命種の145歳、寄生された宿主に装着が義務付けられている奴隷のような首輪と手枷、そしてとても恥ずかしい防護服を着せられて・・・。
「みんなの僕を見る目が怖い、誰も居ない宇宙にずっと引きこもっていたいけど、宇宙船はボロボロ、修理代や食費、お薬代・・・生きる為にはお金が要るの、だから・・・嫌だけど、怖いけど、人と関わってお仕事をして・・・今日もお金を稼がなきゃ・・・」
小説家になろうに投稿中の「〜隻眼の令嬢、リーゼロッテさんはひきこもりたい!〜」100話記念企画。
このお話はリーゼロッテさんのオリジナル・・・作者が昔々に書いた小説のリメイクで、宇宙を舞台にしたエルさんの物語です、これを元にして異世界転生の皮を被せたものが今「小説家になろう」に投稿しているリーゼロッテさんのお話になります、当時書いたものは今は残っていないので新しく、18禁要素となるエロやグロを抜いてそれっぽく書き直しました。
全7話で完結になります。
「小説家になろう」に同じものを投稿しています。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
BUTTERFLY CODE
Tocollon
SF
東京中央新都心--シンギュラリティを越えた世界へ振り下ろされる古(いにしえ)の十字架。
友達の九条美雪や城戸玲奈からユッコと呼ばれる、13歳の少女、深町優子は父、誠司が監査役として所属する国家公安委員会直属の組織、QCC日本支部の設立した、外資系の学校法人へ通っていた。
そんな中、静岡県にある第3副都心で起こる大規模爆発の報道と、東京都豊島区にあるビルのシステムがハッキングされた事による、人々から任意に提供される記憶情報の改竄…現れた父により明かされる驚愕の真実--人類には、もう時間が無い。水面下で仕組まれた計画に巻き込まれ、翻弄される中でユッコと、その仲間達は直面する逃れられぬ呪いへと、立ち向かう。
人工知能に対する権限を失った世界と衝突する、もう1つの世界。2つの世界が繋がった時、それぞれの交錯する運命は1つとなり、想像を絶する世界へのゲートが開かれた。
父、誠司の脳裏へ甦る14年前の記憶--わかっていた。不確実性領域--阿頼耶識。起源の発露。定められた災厄の刻が訪れただけだ。記憶から立ち上る熱に目を閉じる誠司…古の十字架から逃げ惑う、かつての、同僚であった研究所の人々、血の海へ沈む所長、そして最愛の妻、沙由里の慟哭。宿命から逃れ続けた人類の背負う代償…その呪いを、希望へ変える為に闘うべき時が来たのだ。
定められた災厄へ向かい、音を立てて廻り始める運命の車輪。動き出す地下組織。そして主人公、ユッコの耳へ届く、呪いの慟哭へ僅かに混じる、母の聲…ママ。微かな希望へ光を灯すため、一歩を踏み出す、ユッコ。
そしてその手をとる、それぞれの想いを、残酷な世界の真実へ託す仲間達…出会い、運命、そして宿命。その全ては、1つとなる刻を、待っていた。
そうだよ、ユッコ。力を合わせれば、乗り越えられる。辿り着ける。私達は同じ世界で、同じ想いを持って、ここまで来たんだ。
行き着いた世界の果てに彼女達が見るものとは--。
札束艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
生まれついての勝負師。
あるいは、根っからのギャンブラー。
札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。
時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。
そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。
亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。
戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。
マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。
マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。
高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。
科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!
特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第五部 『カウラ・ベルガー大尉の誕生日』
橋本 直
SF
遼州司法局実働部隊に課せられる訓練『閉所白兵戦訓練』
いつもの閉所白兵戦訓練で同時に製造された友人の話から実はクリスマスイブが誕生日と分かったカウラ。
そんな彼女をお祝いすると言う名目でアメリアとかなめは誠の実家でのパーティーを企画することになる。
予想通り趣味に走ったプレゼントを用意するアメリア。いかにもセレブな買い物をするかなめ。そんな二人をしり目に誠は独自でのプレゼントを考える。
誠はいかにも絵師らしくカウラを描くことになった。
閑話休題的物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる