レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
1,454 / 1,536
時代行列

出向

しおりを挟む
 沈黙。それを自分が破ることを先ほど指示された誠は、額に汗を掻きながらそのタイミングを計っていた。かなめもカウラもアメリアもその時を待っている。そして目の前に現れた人影を確認して四人が立ち上がって敬礼した瞬間誠は口を開いた。

「私が……専従そっさかっの……」 

「馬鹿!噛むんじゃねえ!」 

 長い会議を終えたと言うことで難しい顔で所長室に入ってきたのはずんぐりむっくりの豊川警察署の署長だった。悠然と誠の前に現れたその姿を前にして誠は緊張のあまり挨拶すらできない有様だった。そんな誠は明らかに怒りの骨髄反射を起こしたかなめに足の親指をパンプスのかかとで踏まれた。

 飛び上がりたい痛みに耐えながら誠は挨拶を再開しようとする。その痛々しい姿を見て表情を緩めた署長は笑みを浮かべながら口を開いた。

「まあ緊張しなくても……まあかけてくれます?」 

 署長は小太りで白髪が混じってはいるが良く見れば20代後半と言う感じに見えた。でこぼこコンビの大きい方という感じにも見える妙に張ったえらが特徴の角刈りの副署長。こちらは明らかに敵意で武装して誠達を見ながら自分の中で値踏みでもしているように見えた。

「ほら、座ってくださいよ」

 丸顔をさらに丸くしたように笑う署長はリラックスして応接ソファーに誠達を座らせた。

 出向メンバーとして選ばれたのは誠、かなめ、カウラ、そしてアメリアだった。どこか落ち着かない誠達の中で一人、悠然と座って小太りの署長に色目を使うアメリアいつもどおりのことだった。

「法術となると……うちでは素人捜査しかできないものでね」

 署長のその言葉に明らかに不機嫌そうな顔をさらにゆがめる副署長。署長は本庁からのキャリア組、副署長は上級職からの現場叩き上げと言う経歴だろう。誠も何度か警察に出入りしているうちに相手の持っている雰囲気やしゃべる内容で相手の経歴がある程度わかるようになってきていた。

 副署長の『我々にも法術に関する資料が有れば十分に捜査活動は可能なんです!』と言いたそうな顔を十分時間をかけて眺めた後、ゆっくりとアメリアは話を始めた。 

「法術に関しては未だ未解明な部分が多いですから。正直な話、警察署に閲覧権限が無い法術関係の資料を我々が所持していることは否定しません。ですがそれは上層部の決定によるもので私達の一存ではなんとも出来ません。ですので今回私達が専属捜査官としてこちらにお世話になって、それらの情報も十分駆使して解決のために全力を尽くすことに決まりました」 

 丁寧に、そう心掛けているようにアメリアは言葉を紡いだ。同じことをかなめが言ったらたぶん副署長は怒りに任せてその場を立ち去っていたことだろう。誠は言いにくい話をさらりと言うアメリアの技術に感心しながら話を聞いていた。

 文句は山ほどある。そんな顔の副署長を見るとアメリアは大きくため息をついてカウラに目をやった。カウラもそれが多少へりくだって見せろと言うアメリアの意図だと悟って静かな調子で口を開く。

「こちらもまだ捜査のノウハウを蓄積している段階です。市民社会への法術の情報提供はまだ各地で論議の最中ですが、残念なことに情報の漏洩や一部在野研究者による情報リークが進んでいるのが現状です。これからはさらに凶悪化、組織化が予想されますからできるだけ早く対応することが必要になります」 

「とうちの責任者は申しております」 

 カウラの穏やかな言葉にかなめが茶々を入れた。その言葉に明らかに不快そうな顔をしたのはそれまで穏やかな表情だった署長の方だった。キャリアの署長。その言葉自体かなめの気に入る要素は無い。誠はなんとかこの場を乗り切ろうと考えはじめた。

 最初は穏やかな言葉で場の雰囲気を作ったアメリアだが、彼女は当てにならない。おそらく彼女もかなめとこの小太りの署長の相性の悪さには気づいているはずだった。一応、義理は果たしたと言う顔をしているアメリアの本来の行動原理は『面白ければそれでいい』である。引っ掻き回しにかかられたら誠も分が悪い。一方、カウラはそんな相性などは考えることもない。ただ今回の事件が本当に豊川市に舞台を移したのかを知りたいと言う職業倫理に基づいて動くだけ。

「で……この署に法術適正者は何人いるんですか?」 

 早速カウラが尋ねる。実務的な話ならと、それまで不機嫌だった副署長の方がこれからの捜査で主導権を取ろうと話を切り出そうとした。だが彼も組織人である、隣の署長に目をやった。署長はなにやら複雑な笑みを浮かべて黙ってかなめを見つめていた。かなめは目をそらさずにそれに答えて卑屈そうな笑みを浮かべる。この様子に先ほどまでの不快感が吹っ飛んだようで慌てて副署長が口を開いた。

「法術適正はプライバシーの問題がありますからそれについては申し上げられません。それに法術師で無いと捜査官が務まらないとは到底思えません」

 犯罪捜査について持論を延々と展開したいのを我慢しているのが誠にも分かるように言葉を選んでの副署長の一言。署長も特にとがめるようなことを言わなかった部下に満足したようにうなづくとそのまま最初に誠達に向けた笑顔をわざとらしく作って話し始める。 

「法術の検査は政令に定めるとおり、警察署においても任意の検査が原則となっているので。それに適正者で能力的に貴重な人材はすべて本庁の機動部隊に転属になって……」 

「つまり手駒で使えるのはいない確立が高いと……使えねえな」 

 かなめの言葉に署長の米神が痙攣するのを見て誠の胃がきゅるきゅると痛んだ。

 誠の予想通りかなめの『使えない』に副署長まで怒り心頭という感じで膝の上の両の手をぎゅっと握り締めているのが自分を威圧しているように感じられる。誠は口の中が乾いていくのを感じていた。

「申し訳ありませんね、どうも。うちの仕事は荒事ばかりですから。後でしっかりその点は指導しておきますので。では私達はどこに行けばいいんでしょうか?」 

 アメリアもかなめの暴走が予想より早く始まりそうに思えたようでなんとかこの場を治める決意をしたようだった。目の前の二人の警察官僚も別に喧嘩をしたくてここにいるわけではない。早速副署長が立ち上がるとそのまま署長の執務机に置かれた電話機に手を伸ばした。

「一応、『結果』は期待していますので」 

 言葉の頭の『一応』に力を入れてつぶやくと署長は立ち上がる。部屋のドアが開くと二人の女性署員が現れる。

「とりあえず着替えをお願いしますよ。その格好だと軍の人間だと思われますから」 

 まだかなめの言葉を引きずっていると言うような副署長の表情。誠は顔を引きつらせながら立ち上がる。

「あ、神前曹長。男子更衣室まで案内します」

 見た感じ四十手前と言う黒ぶちの眼鏡の女性署員。彼女の言葉につられて誠は一足先に廊下に出た。

 四階建ての警察署の最上階。人気が無くて物寂しくていつもサラなどが走り回っている司法局実働部隊の隊長室の前の廊下とはまるで風情が違った。

「こちらです」 

 女性署員はそのまま階段を小走りで駆け下りる。誠は慌ててその後ろに続いた。三階を通過するとそのまま二階。当然のようにそこで廊下へと進む速度についていくのが誠には骨が折れた。

「こちらです。そしてこちらに着替えてください。すでにロッカーには名前が貼ってありますのでそちらをお使いください」 

 それだけ言うと一礼して去っていく女性署員。誠はすでに眼鏡以外の顔の特徴を忘れたほどに個性の無かった女性署員から受け取った階級章の無い制服を手にロッカールームに入る。真昼間。誰もいない。誠はさっさと着替えてしまおうと幸い目の前にあった『神前』と書かれたロッカーを開いた。

 長いこと誰も使っていなかったのか防虫剤の強い刺激臭が誠を襲う。誠はしばらく扉を開けたままそこに立ち尽くした。

『あの人達……大丈夫かな』

 考えれば考えるほど事態が悪いほうに進んでいくように感じられる。誠は仕方なく急いで着替えに取り掛かった。着替える東和警察の制服とと東和陸軍の制服の徽章を変えただけの司法局実働部隊の制服。着替える要領は同じなのであっさり着替えは終わった。

『神前曹長』 

 調度そのタイミングで今度は男性の声がロッカールームの外から聞こえた。

「はい!着替えが終わりました!」 

 そう言って飛び出した誠の前には背広を着た中肉中背の男が立っていた。

「こちらになります」 

 誠の顔に目も向けずに振り向くと男は先ほどの女性署員と同じような早足で歩き始める。誠はそのまま彼に従って冬の弱い日差しで陰になっている二階の通路を歩き始めた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 人造人間の誕生日又は恋人の居ない星のクリスマス

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第五部  遼州人の青年神前誠(しんぜんまこと)が司法局実働部隊機動部隊第一小隊に配属になってからほぼ半年の時が過ぎようとしていた。 訓練場での閉所室内戦闘訓練からの帰りの途中、誠は周りの見慣れない雪景色に目を奪われた。 そんな誠に小隊長のカウラ・ベルガー大尉は彼女がロールアウトした時も同じように雪が降っていたと語った。そして、その日が12月25日であることを告げた。そして彼女がロールアウトして今年で9年になる新しい人造人間であること誠は知った。 同行していた運用艦『ふさ』の艦長であるアメリア・クラウゼ中佐は、クリスマスと重なるこの機会に何かイベントをしようと第二小隊のもう一人の隊員西園寺かなめ大尉に語り掛けた。 こうしてアメリアの企画で誠の実家である『神前一刀流道場』でのカウラのクリスマス会が開催されることになった。 誠の家は母が道場主を務め、父である誠一は全寮制の私立高校の剣道教師としてほとんど家に帰らない家だった。 四人は休みを取り、誠の実家で待つ誠の母、神前薫(しんぜんかおる)のところを訪れた。 そこで待ち受けているのは上流貴族であるかなめのとんでもなく上品なプレゼントを買いに行く行事、誠の『許婚』を自称するかなめの妹で両刀遣いの変態マゾヒスト日野かえで少佐の訪問、アメリアの部下である運航部の面々による蟹パーティーなどの忙しい日々だった。 そんな中、誠はカウラへのプレゼントとしてイラストを描くことを思いつき、様々な妨害に会いながらもなんとか仕上げることが出来たのだが……。 SFお仕事ギャグロマン小説。

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第五部 『カウラ・ベルガー大尉の誕生日』

橋本 直
SF
遼州司法局実働部隊に課せられる訓練『閉所白兵戦訓練』 いつもの閉所白兵戦訓練で同時に製造された友人の話から実はクリスマスイブが誕生日と分かったカウラ。 そんな彼女をお祝いすると言う名目でアメリアとかなめは誠の実家でのパーティーを企画することになる。 予想通り趣味に走ったプレゼントを用意するアメリア。いかにもセレブな買い物をするかなめ。そんな二人をしり目に誠は独自でのプレゼントを考える。 誠はいかにも絵師らしくカウラを描くことになった。 閑話休題的物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

びるどあっぷ ふり〜と!

高鉢 健太
SF
オンライン海戦ゲームをやっていて自称神さまを名乗る老人に過去へと飛ばされてしまった。 どうやらふと頭に浮かんだとおりに戦前海軍の艦艇設計に関わることになってしまったらしい。 ライバルはあの譲らない有名人。そんな場所で満足いく艦艇ツリーを構築して現世へと戻ることが今の使命となった訳だが、歴史を弄ると予期せぬアクシデントも起こるもので、史実に存在しなかった事態が起こって歴史自体も大幅改変不可避の情勢。これ、本当に帰れるんだよね? ※すでになろうで完結済みの小説です。

銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

メトロポリス社へようこそ! ~「役立たずだ」とクビにされたおっさんの就職先は大企業の宇宙船を守る護衛官でした~

アンジェロ岩井
SF
「えっ、クビですか?」 中企業アナハイニム社の事務課に勤める大津修也(おおつしゅうや)は会社の都合によってクビを切られてしまう。 ろくなスキルも身に付けていない修也にとって再転職は絶望的だと思われたが、大企業『メトロポリス』からの使者が現れた。 『メトロポリス』からの使者によれば自身の商品を宇宙の植民星に運ぶ際に宇宙生物に襲われるという事態が幾度も発生しており、そのための護衛役として会社の顧問役である人工頭脳『マリア』が護衛役を務める適任者として選び出したのだという。 宇宙生物との戦いに用いるロトワングというパワードスーツには適性があり、その適性が見出されたのが大津修也だ。 大津にとっては他に就職の選択肢がなかったので『メトロポリス』からの選択肢を受けざるを得なかった。 『メトロポリス』の宇宙船に乗り込み、宇宙生物との戦いに明け暮れる中で、彼は護衛アンドロイドであるシュウジとサヤカと共に過ごし、絆を育んでいくうちに地球上にてアンドロイドが使用人としての扱いしか受けていないことを思い出す。 修也は戦いの中でアンドロイドと人間が対等な関係を築き、共存を行うことができればいいと考えたが、『メトロポリス』では修也とは対照的に人類との共存ではなく支配という名目で動き出そうとしていた。

処理中です...