上 下
1,420 / 1,473
宿命の対決

教室

しおりを挟む
『カット!まあ……なんというか……かなめちゃん……』 

「あ?何が言いてえんだ?」 

 手を引いたかなめが明らかに不機嫌そうにつぶやく。

『まあ、良いわ。それじゃあ次のシーンね。今度は私も出るから』 

 次の小夏の中学校の担任役でアメリアが登場する。新藤はテキストで『分かった』と返事を出す。恐らくはかなめの怪演に大笑いをしているんだろう。そう思うと誠はかなめに同情してしまった。

『じゃあ皆さんはご自由にどうぞ……かなめちゃんは自重』 

「うるせえ!」 

 かなめの捨て台詞が響くと素早く周りが暗くなる。そしてしばらくたって再びカメラ目線に誠の視界が固定される。そこには小学校。特に誠には縁の無かったような制服を着た私立の小学校の教室の風景が広がっていた。小夏は元気そうに自分のスカートをめくろうとした男子生徒のズボンを引き摺り下ろす。そして彼とつるんで自分を挑発していた男子生徒達を追いかけ回し始めた。

『小夏ちゃん……』

 あまりにはまる小夏の行動に誠は自然とつぶやいていた。

 チャイムが鳴る。いかにもクラス委員といった眼鏡をかけたお嬢様チックな少女が立ち上がるのを見ると騒いでいた生徒達も一斉に自分の机に戻った。

 その時ドアに思い切り何かがぶつかったような音が響いた。そしてしばらくの沈黙の後、アメリアが額をさすりながらドアを丁寧に開いて教室に入ってくる。

「先生!何したんですか!」 

 先ほど小夏にズボンを下ろされていた男子生徒が指をさして叫ぶ。周りの生徒達もそれに合わせて大きな声で笑い始めた。それが扉を開かずにクラスに入ろうとして額をぶつけた音だと言うのが分かり誠の頬も緩む。

「本当に!みんな意地悪なんだから!」 

 アメリアはしなを作りながらよたよたと教壇に向かう。なぜか眼鏡をかけているのはお約束ということで誠は突っ込まないでいるつもりだった。

「はい!静かに!礼!」 

 委員長の言葉で生徒達は一斉に礼をする。

「着席!」 

 再び生徒達は一糸乱れず席に着いた。大学以外は公立学校で過ごしてきた誠はその光景に少し違和感を感じながら目の前の中学校の教室を見つめていた。アメリアは知識は脳へのプリンティングで得ているはずなので彼女の学校のイメージが良く分かった。それを見て誠はニヤニヤしながらバイザーの中の世界の観察を再開した。

「皆さん!数学の宿題はやってきましたか!」 

「はーい!」 

 元気な中学生達。中央の目立つ席についている小夏も元気に答える。

『やっぱり小夏ちゃん、はまりすぎ!』 

 リアル中学生である小夏の姿に誠は苦笑いを浮かべた。

「そう!みんな元気にお返事できましたね!じゃあ早速これから書く問題をやってもらうわね」 

 そう言ってアメリアは相変わらずなよなよしながら黒板にチョークで数式を書き始めた。

『いまどき黒板は無いだろ!僕の中学校も磁力式モニターだったぞ!』 

 突っ込みたい衝動に駆られる自分を抑えて誠はアメリアの後姿を眺める。

『おい、神前』 

 出番の無いかなめが呼びかけてくる。

『東和もまだ甲武みたいに黒板使ってるのか?』 

『そんなわけ無いじゃないですか!アメリアさんの暴走ですよこれは』 

『ふーん』 

 納得したようにそう言うとかなめは黙り込むめ。10問の数式を書き終えたアメリアは満面の笑みで振り向く。

「じゃあ、この問題を誰にやってもらおうかしら?」 

 アメリアがこう言うと一斉に手を上げる子供達。だが、小夏は身を縮めてじっとしている。

「あら?小夏ちゃんどうしたの?」 

 ポロリとアメリアがそう言うと周りの生徒達が小夏に目を向ける。

「あ!こいつ計算苦手だからな!」 

「そうだよ!南條は数学できないからな!」 

 二人の男の子がそう言って笑う。それを見て怒ったように頬を膨らませた小夏が手を上げる。

「そんなこと無いよ!先生!私を指名してください!」 

 勢いよく立ち上がる小夏にアメリアは困ったような顔をした。

「良いの?本当に」 

「大丈夫です!」 

 そう言うと小夏はそのまま黒板に向かう。背の小さい彼女は見上げるようにして一番最初の数式を見つめた。そしてゆっくりと深呼吸をする。

『あれくらいは解けるだろ?』 

『そうですね』 

 かなめの言葉に誠も余裕を持って小夏の方を眺めた。いわゆる鶴亀算の書かれた黒板の文字を凝視する小夏。彼女はゆっくりとチョークを手に持った。

『まさかな……分からないとか言わねえよな……』 

 小夏の動きが止まったのを見てかなめの口が重くなる。

 しばらく経つ。そしてチョークを手にした腕を持ち上げる。

『大丈夫なんだろうな』 

 小夏は一瞬だけ黒板に触れたがすぐに手を引っ込めた。

『おい!』 

 その姿に誠とかなめは同時に突っ込みを入れていた。

 誠は黒板の前で困った顔をしている小夏を見て問題を読み始めた。答えはすべて5。第一問さえ分かれば他の問題もすべて答えられるものだった。

 だが、小夏は困った顔でアメリアを見つめる。

「あらー南條さん、分からないのかな?」 

 アメリアは冷や汗を流しながらヒロイン南條小夏役の小夏を見つめる。小夏はすぐに隣にあった椅子を指差した。

「先生!届かないからこれを使って良いですか?」 

「良いわよ!」 

 さすがにこの問題が分からないわけが無いだろうとアメリアはほっとしてそれを許可する。小夏はそのままその椅子を運んでくると一番上の問題の下にそれを置く。

 小夏はそのまま問題と見詰め合う。

『5だぞ!その解答は5だぞ!』 

『そんなこと言わなくても小夏ちゃんなら分かる……はず……』 

 小夏と多くの行動を共にしているサラでも小夏のことが心配のようでそのまま小夏に連絡する。小夏はそれを聞いてすべての答えに『5』と言う正解を書き始める。

『あーあ、不自然。これまずいんじゃないですか?』 

 小夏が楽しげに何も考えずにサラの解答を聞いて答えを書いていく有様に誠は呆れる。

『あいつに空気を読めとか言うのは無駄だろ?』 

 かなめはそう言って乾いた笑いを漏らす。そのまま小夏はすべての解答に5と言う数字を書き込むと意気揚々と自分の席に戻った。

「凄いわね小夏ちゃん!全部正解よ!」 

 アメリアは明らかに不自然な小夏の行動をとがめるわけにも行かず歯が浮くような白々しさでそう言ってのけた。

「すげー南條。お前いつ勉強してたんだ?」 

「何よ!あなた達が勝手に思い込んでいただけじゃないの。ねえ、南條さん」 

 明らかに小夏の間違いを期待していた男子に言い返す女子。いかにも中学校の教室の雰囲気が出来上がって誠はなんとか胸をなでおろした。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 『修羅の国』での死闘

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第三部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』は法術の新たな可能性を追求する司法局の要請により『05式広域制圧砲』と言う新兵器の実験に駆り出される。その兵器は法術の特性を生かして敵を殺傷せずにその意識を奪うと言う兵器で、対ゲリラ戦等の『特殊な部隊』と呼ばれる司法局実働部隊に適した兵器だった。 一方、遼州系第二惑星の大国『甲武』では、国家の意思決定最高機関『殿上会』が開かれようとしていた。それに出席するために殿上貴族である『特殊な部隊』の部隊長、嵯峨惟基は甲武へと向かった。 その間隙を縫ったかのように『修羅の国』と呼ばれる紛争の巣窟、ベルルカン大陸のバルキスタン共和国で行われる予定だった選挙合意を反政府勢力が破棄し機動兵器を使った大規模攻勢に打って出て停戦合意が破綻したとの報が『特殊な部隊』に届く。 この停戦合意の破棄を理由に甲武とアメリカは合同で介入を企てようとしていた。その阻止のため、神前誠以下『特殊な部隊』の面々は輸送機でバルキスタン共和国へ向かった。切り札は『05式広域鎮圧砲』とそれを操る誠。『特殊な部隊』の制式シュツルム・パンツァー05式の機動性の無さが作戦を難しいものに変える。 そんな時間との戦いの中、『特殊な部隊』を見守る影があった。 『廃帝ハド』、『ビッグブラザー』、そしてネオナチ。 誠は反政府勢力の攻勢を『05式広域鎮圧砲』を使用して止めることが出来るのか?それとも……。 SFお仕事ギャグロマン小説。

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

処理中です...