上 下
1,408 / 1,474
おごりと罠

うぶな奴

しおりを挟む
「やっぱりウィスキーは飲むと体が火照るな」 

 そう言ってかなめは静かに誠ににじり寄る。そして上目がちに誠を見ながら髪を掻き揚げて見せた。

 そしていつもは想像も出来ないような妖艶な笑みをかなめは浮かべる。誠はおどおどと視線を落として、いつものように飲みつぶれるわけには行かないと思って静かに湯のみの中のウィスキーを舐める。

「あのさあ」 

 かなめが沈黙に負けて声をかける。それでも誠はじっと視線を湯飲みに固定して動かない。

「オメエさあ」 

 再びかなめが声をかける。誠はそのまま濡れた視線のかなめに目を向けた。

「まあ、いいや。忘れろ」 

 そう言うとかなめは自分の空の湯のみにウィスキーを注ぐ。

「神前。オメエ、女が居たことねえだろ」 

 突然のかなめの言葉に誠は声の主を見つめた。かなめはにっこりと笑い、そのままにじり寄ってくる。

「そんな……そんなわけ無いじゃないですか!一応、高校では野球部のエースを……」 

「そうかねえ、アタシが見るところそう言う看板背負っても、結局言い寄ってくる女のサインを見逃して逃げられるようなタイプにしか見えねえけどな」 

 そう言ってかなめは再び湯飲みを傾ける。静かな秋の夕べ。

 誠とかなめの目が出会う。ためらうように視線をはずそうとする誠をかなめは挑発的な視線で誘う。

「なんならアタシが教えてやろうか?」 

「え?」

 突然のかなめの言葉に誠は息をのんだ。

 しなだれかかってくるかなめに誠はただ体を固くしてうなづく。

 身を乗り出してきたかなめに身を乗り出されて誠が思わず体をそらした時、廊下でどたばたと足音が響いた。

「かなめちゃん!」 

 誠がそのままかなめに仰向けに押し倒されるのとアメリアがドアを蹴破るのが同時だった。

「何してるの!かなめちゃん!」 

「そう言うテメエはなんだってんだ!人の部屋のドアぶち破りやがって!」 

 アメリアとかなめが怒鳴りあう。誠は120kgの機械の体のかなめに乗られて動きが取れないでいた。

「大丈夫?誠ちゃん。今この変態サイボーグから救ってあげるわ!」 

 そう言って手を伸ばすアメリアの手をかなめが払いのける。誠は頭の上で繰り広げられる修羅場にただ呆然と横たわっていた。

「まったくあんな漫画描いてるのに……こういうことにはほとほと気の回らない奴だなオメエは」 

「何言ってるの!相手の意図も聞かずに勝手に欲情しているかなめちゃんが悪いんじゃないの!」 

 誠はもう笑うしかなかった。そして一つの疑問にたどり着いた。

 アメリアがなんでここにいるのか。彼女は新藤と今回の映画の打ち合わせをしているはずである。こだわるべきところには妥協を許さないところのあるアメリアである。彼女が自分の『作品』を放り出して偶然この部屋にやってくるなどと言うことは有り得ない。

 そう思って考えていた誠が戸口を見ると、アメリアとかなめの罵り合いを見下ろしているカウラの姿が見えた。

「カウラ!オメエはめやがったな!」 

 かなめも同様に戸口のカウラに気づいて叫んだ。

「勝手に悲劇のヒロイン気取ってる貴様に腹が立ったんでな。別にやきもちとかじゃ……」 

「そうなの?私に車の中からひそひそ声で連絡が来た時は相当怒ってるみたいだったけどなあ」 

 アメリアの言葉で再びカウラの頬が赤く染まる。そこで一つ良い考えが思いついたと言うようにかなめが手を打つ。

「ったく冗談も分からねえのか……」 

「冗談?本当に冗談なのかしら?」 

 アメリアに顔を突き出されてかなめはあきらめたようにため息をついた。あわてて戸口を見る誠の前には真剣にそのことを考えているカウラがいた。

「遼帝国の後宮じゃあるまいし……」 

「おい、カウラが冗談言ってるぜ」 

「ええ、珍しいわね」 

 真剣に考えた解決策をあっさりとかなめとアメリアに潰されてカウラは力が抜けたと言うようにうなだれた。

「盛り上がっているところ大変申し訳ないんですが……」 

 そう言って現れたのは島田正人准尉だった。技術部整備班長であり、この寮の寮長である彼の介入はある意味予想できたはずだが、誠はその威圧するような瞳にただたじろぐだけだった。

「おう、島田。こいつがドアぶち破ったから何とか言ってやれ!」

 そう言ってかなめは勤務服姿のアメリアを指差した。 

「島田君、誠ちゃんを襲おうとしたかなめちゃんから守ってあげただけよ」 

 突っかかる二人を抑えながら島田はそのまま誠に近づいてくる。

「神前。もう少し配慮してくれよ。俺にも立場ってものがあるんだから」 

 誠の耳元でそう囁くと島田は倒れたままの誠を起こした。

「別に俺も隊長とおんなじで野暮なことは言いたくないんですがね」 

 そう言って場を収めようとする島田だが、かなめは不服そうに彼をにらみつけた。

「まあ、オメエとサラの関係からして当然だな」 

「かなめちゃん!」 

 野次馬の後ろにサラのピンクの髪が揺れている。

「ああ、すいません。ベルガー大尉!そこに集まってる馬鹿共蹴散らしてくださいよ!」 

 島田のその声にカウラが手を出すまでも無く野次馬達は去っていく。そこに残されたのは心配そうに誠を見つめるサラの赤い瞳と汚いものを見るようなパーラの青い瞳だった。

「問題になってるのはこいつでしょ?ちょっと説教しますから借りていきますよ。まあこのドアの修繕費についてはお三方で話し合ってくださいね」 

 そう言うと島田は誠の襟首をつかみ上げて引きずっていく。かなめとアメリアは呆然として去っていく誠を見送っている。

「ああ、ベルガー大尉も同罪ですから。きっちり修理代の何割か支払ってくださいよ」 

 ドアに寄りかかっていたカウラも唖然として誠を連れ出す島田、サラ、パーラを目で追っていく。そのまま誠は階段まで連行され、かなめの部屋から見えない階段の裏でようやく開放された。

「ちょっと俺の部屋に来い」 

 島田はそのまま誠についていくように促して階段を下りる。日のあたらない冬も近いのに湿気がたまっているような西向きの管理人室が島田の部屋だった。元が管理人室というだけあって質素なドアを開けると、中にはバイクや車の雑誌が積まれている机と安物のベッドが置いてあった。

 そのまま誠は付いてきたサラとパーラに押し込まれるようにして島田の部屋に入った。

「まあ、そこに座れ」 

 島田は和やかな面持ちで誠にそう告げる。サラとパーラの痛い視線を受けて誠は島田に促されるままに座布団に腰掛ける。

「まあ、なんだ。お前さんが悪いと言うことは確定しているから置いといてだ……」 

 そう言うと島田は急に下卑た表情に変わる。

「誰が一番なんだ?」 

「は?」

 誠はしばらく島田が何を言いたいのか分からなかった。

「神前君、教えてよ。ね?」 

 興味津々と言った表情でサラはピンクの髪をなびかせて顔を近づけてくる。

「あんた達本当に似たもの夫婦って……ああ、夫婦じゃないわね」 

 呆れたようにパーラは状況を観察している。誠はただ島田とサラに言い寄られて苦笑いを浮かべていた。

「あ、えーと。あの」 

「大丈夫!私達、口重いから」 

 そう言って島田を押しのけて迫ってくるサラの赤い目に思わず誠は引きつった笑みを浮かべて答えた。それをパーラは呆れた瞳で見つめる。

「やめといた方が良いわよ。どうせ話したりしたら30分後には部隊中に広まった上にまたあの三人が殴りこんでくるわよ」 

 パーラは呆れたようにそう言うとそのまま立ち上がる。

「何よ!パーラちゃんだって気になるんでしょ?失敗経験もあるし……」 

 そこまで言ってサラはパーラの顔色が曇るのを見て口をつぐんだ。

「ごめん、パーラ」 

 思わずサラはうなだれる。島田がそっと彼女の肩に手を乗せる。

「悪気があるわけじゃないんだから……」 

「良いのよ、気にしないで」 

 そう言ってパーラは顔を上げて誠を見つめる。明らかにその瞳には殺気が篭っている。パーラの話でうまいこと逃げられると踏んだ誠の思惑とは違う方向に話が転がりそうで思わず背筋に冷たいものが走る。

「無理よね。神前君は優しすぎるから言い出せないんでしょ?」 

 パーラはとつとつと語る。島田とサラの視線が容赦なく誠に突き刺さる。

「あの、別に好きとかそう言うことじゃなくて……」 

「なんだよ……いつも一緒にいるとき良い顔してるように見えるんだけどなあ」 

 友達路線を主張しようとした矢先に島田に釘を刺されてまた誠は黙り込む。

「そうだ!誰が一番神前君のことが好きかで選べば良いんじゃないの?」 

 サラがいかにも良いことを思いついたと言うように叫ぶ。だが、島田もパーラもまるでその意見に乗ってくる様子は無い。

「西園寺大尉が選ばれなければ血を見るだろうな」 

「意外とアメリアも切れるとすごいのよ。それに溜め込んでいるだけカウラもすごいことに……」 

 島田とパーラが今度は同情するような視線で誠を見つめる。

「そんな怖いこと言わないでください……」 

「パーラ!部隊に帰るわよ!車出して!」 

 またドアをいきなり開いて入ってきたのはアメリアだった。アメリアはずかずかと島田の部屋に入り込みパーラの肩を叩く。

「話し合いついたんですか?」 

「当然よ。今回の件はすべて誠ちゃんの責任と言うことで、誠ちゃんに払ってもらうことになったから!」 

 そう晴れ晴れとした表情で言うアメリアに誠は泣きそうな目を向ける。

「アメリアさん……僕、何か悪いことしましたか?」 

 涙目で泣きつこうとする誠だが、アメリアはまるで誠を相手にしていないと言うようにパーラの肩を叩きながら出発を促した。

「まあがんばれ」

 島田はそう言うと立ち上がる。サラとパーラは同情する瞳を投げながら再び隊に戻るべく立ち去ろうとする。誠は一人島田に付き添われてそのまま廊下に出た。島田が部屋に鍵をかける。それを見ながら涙が止まらない自分に呆れる誠だった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 『修羅の国』での死闘

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第三部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』は法術の新たな可能性を追求する司法局の要請により『05式広域制圧砲』と言う新兵器の実験に駆り出される。その兵器は法術の特性を生かして敵を殺傷せずにその意識を奪うと言う兵器で、対ゲリラ戦等の『特殊な部隊』と呼ばれる司法局実働部隊に適した兵器だった。 一方、遼州系第二惑星の大国『甲武』では、国家の意思決定最高機関『殿上会』が開かれようとしていた。それに出席するために殿上貴族である『特殊な部隊』の部隊長、嵯峨惟基は甲武へと向かった。 その間隙を縫ったかのように『修羅の国』と呼ばれる紛争の巣窟、ベルルカン大陸のバルキスタン共和国で行われる予定だった選挙合意を反政府勢力が破棄し機動兵器を使った大規模攻勢に打って出て停戦合意が破綻したとの報が『特殊な部隊』に届く。 この停戦合意の破棄を理由に甲武とアメリカは合同で介入を企てようとしていた。その阻止のため、神前誠以下『特殊な部隊』の面々は輸送機でバルキスタン共和国へ向かった。切り札は『05式広域鎮圧砲』とそれを操る誠。『特殊な部隊』の制式シュツルム・パンツァー05式の機動性の無さが作戦を難しいものに変える。 そんな時間との戦いの中、『特殊な部隊』を見守る影があった。 『廃帝ハド』、『ビッグブラザー』、そしてネオナチ。 誠は反政府勢力の攻勢を『05式広域鎮圧砲』を使用して止めることが出来るのか?それとも……。 SFお仕事ギャグロマン小説。

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

処理中です...