上 下
1,350 / 1,474
第14章 ある一日

朝稽古

しおりを挟む
 神前家の朝は早い。実家に帰るとこれまでの寮生活がいかにたるんだものだったということに誠は気づく。家の慣れたベッドの中、冬の遅い太陽を待たずにすでに誠はベッドで目覚めていた。

 そのまま昨日色をつけ終わって仕上げをどうするか考えていたドレス姿のカウラの絵を見ながら、のんびりと着替えを済ませる。紺色の胴着。その冷たい感触で朝を感じる。その時ドアの向こうに気配を感じた。

「おーい。朝だぞー!」 

 間の抜けた調子のかなめの一言。どうやら今回は薫に起こされて来たらしい。以前来た時は女性隊員は数が多かったので道場で雑魚寝をしていいて薫の朝稽古が終わったあたりでカウラが起きてくるといった感じだった。今回は気の置けない三人とあって母は自分の起床に合わせてカウラ達を起こしたらしかった。

「わかりました、今行きますから……」 

 そう言って頬を叩いて気合を入れてドアを開く。階段を下りるかなめの後姿。白い胴着が暗い階段で浮き上がって見える。

「かなめちゃん……もう少ししゃきっとなさいよ」 

「だってよう、まだ夜じゃん。日も出てないし」 

「珍しいな。低血圧のサイボーグか?」 

 階段を下りると同じように白い胴着を着たアメリアとカウラがいる。

「じゃあ、行きますよ」 

 そう言って目をこすっている三人を引き連れて長い離れの道場に向かう廊下を進んだ。

『えい!』 

 鋭い気合の声が響いてくる。さすがに薫の声を聞くとカウラ達もとろんとした目に気合が入ってきた。

「誠ちゃんですらあの強さ……薫さんもやっぱり強いのかしらね」 

 アメリアの言葉に誠は頭を掻きながら振り返る。誠も一応この剣道場の跡取りである。子供のころから竹刀を握り、小学校時代にはそれなりの大会での優勝経験もあった。

 その後、どうしても剣道以外のことがしたいと中学校の野球部に入って以来、試合らしい試合は経験していない。それでも部隊の剣術訓練では嵯峨親子やラン、かえでは例外としても、圧倒的に速さの違うサイボーグのかなめと互角に勝負できる実力者であることには違いは無かった。

「あら、皆さんも稽古?」 

 四人を迎えた薫の手には木刀が握られていた。冷たい朝の空気の中。彼女は笑顔で息子達を迎える。

「まあそんなところです……ねえ、かなめちゃん」 

 アメリアに話題を振られてかなめは顔を赤らめる。誠はそれを見ておそらくかなめが言い出して三人が稽古をしようという話になったんだろうと想像していた。

「さすが甲武の鬼御前と呼ばれる西園寺康子様の娘さんね。それでは竹刀を……」 

 薫の言葉が終わる前にかなめは竹刀の並んでいる壁に走っていく。冷えた道場の床、全員素足。感覚器官はある程度生身の人間のそれに準拠しているというサイボーグのかなめの足も冷たく凍えていることだろう。

 誠は黙って竹刀を差し出してくるかなめと目を合わせた。

「なにか文句があるのか?」 

 いつものように不満そうなタレ目が誠を捉える。誠は静かに竹刀を握り締める。アメリアもカウラも慣れていて静かに竹刀を握って薫の言葉を待っていた。

「それじゃあ素振りでもしましょうか……」

 そう言って誠達は一列に横に並んだ。

「それじゃあ始めましょう……えい!」

薫はそう言って素振りを始める。

「えい!」

 慣れた調子で誠も素振りをした。

 思えば母とこうして素振りをするのは小学生以来なかったことだった。久しぶりの感触に誠は笑みを浮かべながら素振りを続けた。

「誠ちゃん……気合入ってるわね」

 素振りをする誠に向けてアメリアはそう言って笑いかけた。

「ええ……久しぶりなんで」

「でもバットの素振りはしてたじゃないの」

 薫はそう言って誠に笑いかけた。

「竹刀とバットじゃ振る向きが違うから……バットも野球部を辞めてから振ってないし」

 少し言い訳がましく誠がつぶやくのを見て黙々と素振りをしていたカウラがその手を止めた。

「そうか……神前も久しぶりなのか……」

「そうですよ。でも母さんは毎日やってるんだろ?」

 誠はカウラに向けていた視線を母に向けた。

「そうね、昔からのことだから……もう何年になるのかしら」

 そう言うと薫は誠達の前でいつもの笑顔を見せた。

「じゃあ、朝食の準備をしましょう」

 薫はそう言うと竹刀を置いて道場を後にした。誠達もまた竹刀を壁に立てかけると薫に続いて母屋の台所に向かった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

家の庭にレアドロップダンジョンが生えた~神話級のアイテムを使って普通のダンジョンで無双します~

芦屋貴緒
ファンタジー
売れないイラストレーターである里見司(さとみつかさ)の家にダンジョンが生えた。 駆除業者も呼ぶことができない金欠ぶりに「ダンジョンで手に入れたものを売ればいいのでは?」と考え潜り始める。 だがそのダンジョンで手に入るアイテムは全て他人に譲渡できないものだったのだ。 彼が財宝を鑑定すると驚愕の事実が判明する。 経験値も金にもならないこのダンジョン。 しかし手に入るものは全て高ランクのダンジョンでも入手困難なレアアイテムばかり。 ――じゃあ、アイテムの力で強くなって普通のダンジョンで稼げばよくない?

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

処理中です...