1,332 / 1,410
第7章 久しぶりの語らい
世間話
しおりを挟む
「でも安心したな。貴様がこんなになじんでいるとは……本当に」
とりあえず仕事の話を終えたエルマは手にしたキンカンをアメリアの真似をしながら口に運ぶ。その言葉にかなめは眉をひそめた。
「なじんでる?こいつが?全然駄目!なじむと言う言葉に対する冒涜だよそりゃ」
かなめはそのまま手にしたジンのグラスを傾ける。カウラは厳しい表情でかなめをにらんでいる。
「ほら、見てみろよ。ちょっと突いたくらいでカッとなる。駄目だね。修行が足りない証拠だよ」
「そうねえ。その点では私もかなめちゃんに同意見だわ」
手を伸ばしたビールのジョッキをサラに取り上げられてふてくされていたアメリアが振り向く。その言葉に賛同するように彼女から奪ったビールを飲みながらサラがうなづき、それを見てパーラも賛同するような顔をする。
「そうかな。まだやはり慣れているとは言えないか……」
カウラは反省したように静かにつぶやく。その肩を勢い良くアメリアが叩いた。
「その為の誕生日会よ!期待しててよね!」
アメリアはそこで後悔の念を顔ににじませる。誠はすぐにかなめに目をやった。かなめはにんまりと笑い、烏賊ゲソをくわえながらアメリアを見つめている。
「ほう期待できるわけだ。どうなるのか楽しみだな」
「なるほど。分かった。期待しておこう」
納得したようにカウラは烏龍茶を飲む。そこでアメリアの顔が泣きべそに変わる。
「良いもんね!じゃあ誠ちゃんのお母さんに電話して仕切っちゃうんだから!」
そう言うとアメリアは腕の端末を通信に切り替える。だが、彼女の言った言葉を聞き逃すほどかなめもカウラもお人よしではなかった。
「おい、アメリア。こいつの実家の番号知ってるのか?」
かなめの目じりが引きつっている。隣でカウラは呆然と音声のみの通信を送っているアメリアを眺めている。
「実家の番号じゃないわよ。薫さんの携帯端末の番号」
その言葉で夏のコミケの前線基地として誠の実家の剣道場に寝泊りした際に仕切りと母の薫と話をしていたアメリアのことを思い出して呆然とした。
「あのー本気ですか?アメリアさん……あのー」
アメリアに近づこうとする誠をサラとパーラが笑いながら遮る。呼び出しの後、アメリアの端末に誠の母、神前薫の顔が映る。
『もしもし……ってクラウゼさんじゃないの!いつも誠がお世話になっちゃって』
「いいんですよ、お母様。それと私はアメリアと呼んでいただいて結構ですから」
微笑むアメリアをカウラは敵意を込めてにらみつける。烏賊ゲソをかじりながらやけになったように下を見ているかなめに誠は焦りを感じた。
『でも……あれ、そこはなじみの焼鳥屋さんじゃないですか。また誠が迷惑かけてなければいいんですけど』
「今日は今のところ大丈夫」
サラ大きくうなづきながらつぶやいた。誠はただその有様を笑ってみていることしかできなかった。
「大丈夫ですよお母様。しっかり私が見ていますから」
「なに言ってるんだよ。誠の次につぶれた回数が多いのはてめえじゃねえか」
ぼそりとつぶやいたかなめをアメリアがにらみつける。
「なんだよ!嘘じゃねえだろ!」
かなめが怒鳴る。だがさすがに誠の母に知られたくない情報だけに全員がかなめをにらみつけた。かなめはいじけて下を向く。
『あら、西園寺のお嬢さんもいらっしゃるのかしら』
薫の言葉にアメリアは画面に向き直る。
「ええ、あのじゃじゃ馬姫はすっかりお酒でご機嫌になって……」
「酒で機嫌がいいのは貴様じゃないのか?」
今度はカウラが突っ込みを入れる。再びアメリアがそれをにらみつける。
『あら、今度はベルガー大尉じゃないですか!皆さんでよくしていただいて本当に……』
そういうと薫は少し目じりをぬぐう。さすがにこれほどまで堂々と母親を晒された誠は複雑な表情でアメリアを見つめる。
『本当にいつもありがとうございます』
「まあまあ、お母様。そんなに涙を流されなくても……ちゃんと私がお世話をしますから」
そう言ってなだめに入るアメリアをランはただ呆れ返ったように見つめている。その視線が誠に向いたとき、ただ頭を掻いて困ったようなふうを装う以外のことはできなかった。
「それじゃあ誠さんを出しますね」
「え?」
そういうとアメリアは有無を言わさず端末のカメラを誠に向ける。ビールのジョッキを持ったまま誠はただ凍りついた。
「ああ母さん……」
『飲みすぎちゃだめよ。本当にあなたはお父さんと似て弱いんだから』
薫はそう言ってため息をつく。
「やっぱり親父も脱ぐのか?すぐ脱ぐのか?」
ニヤニヤ笑いながら顔を近づけてくるかなめを誠は押しやる。カウラもかなめを抱えて何とか進行を食い止める。
『お酒は飲んでも飲まれるな、よ。わかる?』
「はあ」
母の勢いにいつものように誠は生返事をした。
「おい、クリスマスの話がメインじゃなかったのか?」
思い出したようなランの言葉にアメリアは我に返った。誠達に腕の端末の開いた画像を見せていた彼女はそのまま自分のところに腕を引いた。
『クリスマス?』
薫は不思議そうに首をひねる。
「いえ、カウラちゃんの誕生日が12月25日なんですよ」
アメリアはごまかすように口元を引きつらせながらそう言った。その言葉に誠の母の表情が一気に晴れ上がる。
『まあ、それはおめでたい日にお生まれになったのね!』
「ちなみに八歳です」
「余計なことは言うな」
かなめの茶々をカウラはにらみつけて黙らせる。それを聞いて苦笑いを浮かべながらかなめはグラスを干した。
『じゃあ、お祝いしなくっちゃ……』
そう言うとしばらく薫は考えているような表情を浮かべた。
「そうですね。だから一緒にやろうと思うんですよ」
アメリアの言葉にしばらく呆然としていた薫だが、すぐに手を打って満面の笑みを浮かべる。
『そうね、一緒にお祝いするといいんじゃないかしら? 楽しそうで素敵よね』
「そうですよね!そこでそちらでお祝いをしたいと思うんですが」
ようやくアメリアは神妙な顔になった。その言葉の意味がつかめないというように薫は真顔でアメリアを見つめる。
『うれしいんですけど……うちは普通の家よ。特にクリスマスとかしないし……それに夏にだっていらっしゃったじゃないの』
「でも剣道場とかあるじゃないですか」
食い下がるアメリアだが薫は冷めた視線でアメリアを見つめている。
『道場はその日は休みだし、たしかうちの人も合宿の予定が入っていたような……』
そこで少し考え込むような演技をした後、アメリアは一気にまくし立てた。
「そんな日だからですよ。みんなでカウラの誕生日を祝っておめでたくすごそうというわけなんです」
アメリアを見ながらカウラは烏龍茶を飲み干す。
「完全に私の誕生日ということはついでなんだな」
乗っているアメリアを見つめながらカウラがぼそりとつぶやく。
『そういうこと。じゃあ協力するわね。誠もそれでいいわよね!』
笑顔を取り戻した母に誠は苦笑いを浮かべる。
「まあいいです」
誠はそう答えることしかできなかった。その光景を眺めていたエルマが不思議な表情で誠に迫ってきたのに驚いたように誠はそのまま引き下がる。
「今の女性が君の母親か?若いな」
エルマの言葉にかなめがうなづいている。ランは渋い顔をして誠を見つめているが、それはいつものことなので誠も気にすることもなかった。
「アタシもそう思ったんだよ。まるで姉貴でも通用するだろ?なにか?法術適正とかは……」
「母からは聞いていませんよ。そんなこと。それにそういう言葉はもう数万回聴きました」
夏のコミケでいやになるほどかなめに話題にされた話を思い出してそう言って誠はビールをあおる。空になったジョッキ。ランの方を見れば彼女も飲み終えたジョッキを手に誠をにらみつけている。
「じゃあ、ちょっと頼んできますね。クバルカ中佐は中生で、西園寺さんは良いとして」
「引っかかる言い方だな」
かなめはそう言いながらジンのボトルに手を伸ばす。
「じゃあ、誠ちゃん私も生中!サラとパーラの分も」
「私はサワーが良いな。できればレモンで」
エルマの言葉を聴いて誠は立ち上がった。そのまま階段を降りかけて少し躊躇する。
「まあ、神前君。注文?」
時間を察したのか春子が上がってこようとしていた。そして階下には皿を洗う音だけが響いている。
「神前君、クバルカ中佐、サラちゃんと、それにクラウゼ少佐が生中。それにベルガー大尉とパーラさんが烏龍茶……でいいかしら?」
いつものことながら注文を当ててみせる春子。
「それとお客さんがサワーが良いって言う話しなんですが……」
誠の言葉に晴れやかな表情を浮かべる春子。
「それならカボスのサワーが入ったのよ。嵯峨さんがどうしてもって置いていくから司法局の局員さんだけが相手の特別メニューよ」
いつものように春子は嵯峨の話をする時は晴れやかな表情になる。それを見ながら誠は笑顔を向ける。
「じゃあ、お願いしますね」
そういうと誠は二階への階段を駆け上がった。そこには沈痛な表情のカウラがいた。
「エルマさんも来たいんだってよ。カウラちゃんの誕生日会」
アメリアの言葉にかなめは大きくうなづく。だが、明らかにカウラの表情は硬い。普段なら呆れるところだがそういう感じではなくどう振舞えば良いのか戸惑っている。そういう風に誠には見えた。
「駄目なのか?カウラ」
心配そうな表情でライトブルーの髪を掻き揚げるエルマの肩にカウラはそっと手を乗せた。
「そんなことがあるわけないだろ。私達は姉妹なんだ」
「じゃあ、お姉さん命令。二人とも特例のない限り参加すること。以上!」
アメリアは得意げに命令する。確かにカウラもエルマもアメリアから見れば妹といえると思って誠は納得した。
「おい、特例って……」
「馬鹿ねえ、かなめちゃんは。急な出動は私達の仕事にはつきものでしょ?」
そうアメリアに指摘されてかなめはふてくされる。だが、正論なので黙ってグラスのジンをなめる以外のことはできなかった。
「そうか……ありがとう」
エルマが不器用な笑いを浮かべる。その表情にサラが何かわかったような顔でうなづく。
「どうしたの、サラ」
アメリアの問いにサラはそのままアメリアのところまで這っていって耳元で何かをささやく。アメリアはすぐに納得したとでも言うようにうなづく。
「内緒話とは感心しないな」
カウラの言葉にアメリアとサラは調子を合わせるようににんまりと笑う。
「私が男性と付き合ったことがないということを話題にしているわけだ」
そんなエルマの一言にアメリアとサラは引きつった笑みを浮かべた。
「馬鹿だねえ……テメエ等の行動パターンは読まれてるんだ。こんな艦長の指示で動くとはもう少し空気を読めよ」
階段をあがってきた小夏から中ジョッキを受け取ったランの言葉にカウラが大きくうなづいていた。
「私達は生まれが特殊な上に現状の社会では異物だからな。仕方のない話だ」
そう言いながらカウラがちらりと誠を見上げる。その所作につい、誠は自分の頬が赤く染まるのを感じていた。
「これで後はお母さんと話をつめて……」
アメリアが宙を見ながら指を折っているのが目に入る。
「お母さんて……こいつとくっつく気か?」
かなめの一言にアメリアは頬を両手で押さえて照れたような表情をつくる。
「私は無関係だからな」
カウラはそう言って烏龍茶を煽る。
「本当に楽しそうな部隊だな。神前曹長」
そんなエルマの一言に引きつった笑みしか浮かべられない誠が居た。
とりあえず仕事の話を終えたエルマは手にしたキンカンをアメリアの真似をしながら口に運ぶ。その言葉にかなめは眉をひそめた。
「なじんでる?こいつが?全然駄目!なじむと言う言葉に対する冒涜だよそりゃ」
かなめはそのまま手にしたジンのグラスを傾ける。カウラは厳しい表情でかなめをにらんでいる。
「ほら、見てみろよ。ちょっと突いたくらいでカッとなる。駄目だね。修行が足りない証拠だよ」
「そうねえ。その点では私もかなめちゃんに同意見だわ」
手を伸ばしたビールのジョッキをサラに取り上げられてふてくされていたアメリアが振り向く。その言葉に賛同するように彼女から奪ったビールを飲みながらサラがうなづき、それを見てパーラも賛同するような顔をする。
「そうかな。まだやはり慣れているとは言えないか……」
カウラは反省したように静かにつぶやく。その肩を勢い良くアメリアが叩いた。
「その為の誕生日会よ!期待しててよね!」
アメリアはそこで後悔の念を顔ににじませる。誠はすぐにかなめに目をやった。かなめはにんまりと笑い、烏賊ゲソをくわえながらアメリアを見つめている。
「ほう期待できるわけだ。どうなるのか楽しみだな」
「なるほど。分かった。期待しておこう」
納得したようにカウラは烏龍茶を飲む。そこでアメリアの顔が泣きべそに変わる。
「良いもんね!じゃあ誠ちゃんのお母さんに電話して仕切っちゃうんだから!」
そう言うとアメリアは腕の端末を通信に切り替える。だが、彼女の言った言葉を聞き逃すほどかなめもカウラもお人よしではなかった。
「おい、アメリア。こいつの実家の番号知ってるのか?」
かなめの目じりが引きつっている。隣でカウラは呆然と音声のみの通信を送っているアメリアを眺めている。
「実家の番号じゃないわよ。薫さんの携帯端末の番号」
その言葉で夏のコミケの前線基地として誠の実家の剣道場に寝泊りした際に仕切りと母の薫と話をしていたアメリアのことを思い出して呆然とした。
「あのー本気ですか?アメリアさん……あのー」
アメリアに近づこうとする誠をサラとパーラが笑いながら遮る。呼び出しの後、アメリアの端末に誠の母、神前薫の顔が映る。
『もしもし……ってクラウゼさんじゃないの!いつも誠がお世話になっちゃって』
「いいんですよ、お母様。それと私はアメリアと呼んでいただいて結構ですから」
微笑むアメリアをカウラは敵意を込めてにらみつける。烏賊ゲソをかじりながらやけになったように下を見ているかなめに誠は焦りを感じた。
『でも……あれ、そこはなじみの焼鳥屋さんじゃないですか。また誠が迷惑かけてなければいいんですけど』
「今日は今のところ大丈夫」
サラ大きくうなづきながらつぶやいた。誠はただその有様を笑ってみていることしかできなかった。
「大丈夫ですよお母様。しっかり私が見ていますから」
「なに言ってるんだよ。誠の次につぶれた回数が多いのはてめえじゃねえか」
ぼそりとつぶやいたかなめをアメリアがにらみつける。
「なんだよ!嘘じゃねえだろ!」
かなめが怒鳴る。だがさすがに誠の母に知られたくない情報だけに全員がかなめをにらみつけた。かなめはいじけて下を向く。
『あら、西園寺のお嬢さんもいらっしゃるのかしら』
薫の言葉にアメリアは画面に向き直る。
「ええ、あのじゃじゃ馬姫はすっかりお酒でご機嫌になって……」
「酒で機嫌がいいのは貴様じゃないのか?」
今度はカウラが突っ込みを入れる。再びアメリアがそれをにらみつける。
『あら、今度はベルガー大尉じゃないですか!皆さんでよくしていただいて本当に……』
そういうと薫は少し目じりをぬぐう。さすがにこれほどまで堂々と母親を晒された誠は複雑な表情でアメリアを見つめる。
『本当にいつもありがとうございます』
「まあまあ、お母様。そんなに涙を流されなくても……ちゃんと私がお世話をしますから」
そう言ってなだめに入るアメリアをランはただ呆れ返ったように見つめている。その視線が誠に向いたとき、ただ頭を掻いて困ったようなふうを装う以外のことはできなかった。
「それじゃあ誠さんを出しますね」
「え?」
そういうとアメリアは有無を言わさず端末のカメラを誠に向ける。ビールのジョッキを持ったまま誠はただ凍りついた。
「ああ母さん……」
『飲みすぎちゃだめよ。本当にあなたはお父さんと似て弱いんだから』
薫はそう言ってため息をつく。
「やっぱり親父も脱ぐのか?すぐ脱ぐのか?」
ニヤニヤ笑いながら顔を近づけてくるかなめを誠は押しやる。カウラもかなめを抱えて何とか進行を食い止める。
『お酒は飲んでも飲まれるな、よ。わかる?』
「はあ」
母の勢いにいつものように誠は生返事をした。
「おい、クリスマスの話がメインじゃなかったのか?」
思い出したようなランの言葉にアメリアは我に返った。誠達に腕の端末の開いた画像を見せていた彼女はそのまま自分のところに腕を引いた。
『クリスマス?』
薫は不思議そうに首をひねる。
「いえ、カウラちゃんの誕生日が12月25日なんですよ」
アメリアはごまかすように口元を引きつらせながらそう言った。その言葉に誠の母の表情が一気に晴れ上がる。
『まあ、それはおめでたい日にお生まれになったのね!』
「ちなみに八歳です」
「余計なことは言うな」
かなめの茶々をカウラはにらみつけて黙らせる。それを聞いて苦笑いを浮かべながらかなめはグラスを干した。
『じゃあ、お祝いしなくっちゃ……』
そう言うとしばらく薫は考えているような表情を浮かべた。
「そうですね。だから一緒にやろうと思うんですよ」
アメリアの言葉にしばらく呆然としていた薫だが、すぐに手を打って満面の笑みを浮かべる。
『そうね、一緒にお祝いするといいんじゃないかしら? 楽しそうで素敵よね』
「そうですよね!そこでそちらでお祝いをしたいと思うんですが」
ようやくアメリアは神妙な顔になった。その言葉の意味がつかめないというように薫は真顔でアメリアを見つめる。
『うれしいんですけど……うちは普通の家よ。特にクリスマスとかしないし……それに夏にだっていらっしゃったじゃないの』
「でも剣道場とかあるじゃないですか」
食い下がるアメリアだが薫は冷めた視線でアメリアを見つめている。
『道場はその日は休みだし、たしかうちの人も合宿の予定が入っていたような……』
そこで少し考え込むような演技をした後、アメリアは一気にまくし立てた。
「そんな日だからですよ。みんなでカウラの誕生日を祝っておめでたくすごそうというわけなんです」
アメリアを見ながらカウラは烏龍茶を飲み干す。
「完全に私の誕生日ということはついでなんだな」
乗っているアメリアを見つめながらカウラがぼそりとつぶやく。
『そういうこと。じゃあ協力するわね。誠もそれでいいわよね!』
笑顔を取り戻した母に誠は苦笑いを浮かべる。
「まあいいです」
誠はそう答えることしかできなかった。その光景を眺めていたエルマが不思議な表情で誠に迫ってきたのに驚いたように誠はそのまま引き下がる。
「今の女性が君の母親か?若いな」
エルマの言葉にかなめがうなづいている。ランは渋い顔をして誠を見つめているが、それはいつものことなので誠も気にすることもなかった。
「アタシもそう思ったんだよ。まるで姉貴でも通用するだろ?なにか?法術適正とかは……」
「母からは聞いていませんよ。そんなこと。それにそういう言葉はもう数万回聴きました」
夏のコミケでいやになるほどかなめに話題にされた話を思い出してそう言って誠はビールをあおる。空になったジョッキ。ランの方を見れば彼女も飲み終えたジョッキを手に誠をにらみつけている。
「じゃあ、ちょっと頼んできますね。クバルカ中佐は中生で、西園寺さんは良いとして」
「引っかかる言い方だな」
かなめはそう言いながらジンのボトルに手を伸ばす。
「じゃあ、誠ちゃん私も生中!サラとパーラの分も」
「私はサワーが良いな。できればレモンで」
エルマの言葉を聴いて誠は立ち上がった。そのまま階段を降りかけて少し躊躇する。
「まあ、神前君。注文?」
時間を察したのか春子が上がってこようとしていた。そして階下には皿を洗う音だけが響いている。
「神前君、クバルカ中佐、サラちゃんと、それにクラウゼ少佐が生中。それにベルガー大尉とパーラさんが烏龍茶……でいいかしら?」
いつものことながら注文を当ててみせる春子。
「それとお客さんがサワーが良いって言う話しなんですが……」
誠の言葉に晴れやかな表情を浮かべる春子。
「それならカボスのサワーが入ったのよ。嵯峨さんがどうしてもって置いていくから司法局の局員さんだけが相手の特別メニューよ」
いつものように春子は嵯峨の話をする時は晴れやかな表情になる。それを見ながら誠は笑顔を向ける。
「じゃあ、お願いしますね」
そういうと誠は二階への階段を駆け上がった。そこには沈痛な表情のカウラがいた。
「エルマさんも来たいんだってよ。カウラちゃんの誕生日会」
アメリアの言葉にかなめは大きくうなづく。だが、明らかにカウラの表情は硬い。普段なら呆れるところだがそういう感じではなくどう振舞えば良いのか戸惑っている。そういう風に誠には見えた。
「駄目なのか?カウラ」
心配そうな表情でライトブルーの髪を掻き揚げるエルマの肩にカウラはそっと手を乗せた。
「そんなことがあるわけないだろ。私達は姉妹なんだ」
「じゃあ、お姉さん命令。二人とも特例のない限り参加すること。以上!」
アメリアは得意げに命令する。確かにカウラもエルマもアメリアから見れば妹といえると思って誠は納得した。
「おい、特例って……」
「馬鹿ねえ、かなめちゃんは。急な出動は私達の仕事にはつきものでしょ?」
そうアメリアに指摘されてかなめはふてくされる。だが、正論なので黙ってグラスのジンをなめる以外のことはできなかった。
「そうか……ありがとう」
エルマが不器用な笑いを浮かべる。その表情にサラが何かわかったような顔でうなづく。
「どうしたの、サラ」
アメリアの問いにサラはそのままアメリアのところまで這っていって耳元で何かをささやく。アメリアはすぐに納得したとでも言うようにうなづく。
「内緒話とは感心しないな」
カウラの言葉にアメリアとサラは調子を合わせるようににんまりと笑う。
「私が男性と付き合ったことがないということを話題にしているわけだ」
そんなエルマの一言にアメリアとサラは引きつった笑みを浮かべた。
「馬鹿だねえ……テメエ等の行動パターンは読まれてるんだ。こんな艦長の指示で動くとはもう少し空気を読めよ」
階段をあがってきた小夏から中ジョッキを受け取ったランの言葉にカウラが大きくうなづいていた。
「私達は生まれが特殊な上に現状の社会では異物だからな。仕方のない話だ」
そう言いながらカウラがちらりと誠を見上げる。その所作につい、誠は自分の頬が赤く染まるのを感じていた。
「これで後はお母さんと話をつめて……」
アメリアが宙を見ながら指を折っているのが目に入る。
「お母さんて……こいつとくっつく気か?」
かなめの一言にアメリアは頬を両手で押さえて照れたような表情をつくる。
「私は無関係だからな」
カウラはそう言って烏龍茶を煽る。
「本当に楽しそうな部隊だな。神前曹長」
そんなエルマの一言に引きつった笑みしか浮かべられない誠が居た。
0
お気に入りに追加
54
あなたにおすすめの小説
婚約者の浮気相手が子を授かったので
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。
ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。
アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。
ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。
自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。
しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。
彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。
ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。
まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。
※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。
※完結しました
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな
カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界
魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた
「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね?
それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」
小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く
塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう
一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが……
◇◇◇
親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります
(『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です)
◇◇◇
ようやく一区切りへの目処がついてきました
拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです
【完結】お父様に愛されなかった私を叔父様が連れ出してくれました。~お母様からお父様への最後のラブレター~
山葵
恋愛
「エリミヤ。私の所に来るかい?」
母の弟であるバンス子爵の言葉に私は泣きながら頷いた。
愛人宅に住み屋敷に帰らない父。
生前母は、そんな父と結婚出来て幸せだったと言った。
私には母の言葉が理解出来なかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる