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第12章 破滅

人買いの最期

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 志村三郎は複雑な表情で事務所の椅子に座り込み携帯端末に耳を当てていた。締め付けられた喉もとの感覚が気になって自分でも悪趣味だと思っている真っ赤なネクタイに手をやる。緩めてみるが事務所の自分の机を叩き続ける貧乏ゆすりのかかとの音は止まることが無い。電話の相手の同盟厚生局保健室の職員と名乗っていた男に高飛びを勧められたことが志村の心を揺り動かしていた。

「あんた達だろうが!臓器売買?冗談じゃない!あんな化け物を作っているなんて話は聞いてないぞ!そんな甘っちょろい話どころか同盟司法局だけじゃなくて駐留軍まで動いてるんだ!」 

 そう怒鳴りつけると端末の電源を落として事務所の中を見回す。すでに彼の不機嫌を知った商社を名乗るこの小さな事務所の中の舎弟達は出て行った後だった。そして自分の立派に過ぎると思っている執務机の画像には一人の少女の姿が映っていた。

 それは西園寺かなめから送られてきたメールに張り付いていた動画の一場面だった。事務所から帰る道すがら、そして帰ってきてからも志村は何度と無くそれに目を通した。確かに彼はその少女を同盟機構の役人にひそかに譲り渡していたのは事実だった。

『別に東都だけが金を稼げるところじゃないでしょ?何なら高飛びの手配でも……』 

 役人が自らそこまで言ったところで志村は通信を切った。

「なんだってんだ!」 

 そう叫んでキーボードを叩いてみるが苛立ちは収まらない。昔、『東都戦争』と呼ばれた東都のシンジケート同士の潰しあいのさなか。西園寺かなめは娼婦の仮面で彼に近づきベルルカン系シンジケートの幹部の動静を探っていた。彼女が甲武の四大公家の嫡子であることを知ったときは満面の笑みで自慢して歩いたものだが、今回の驚きはそれの逆を行く話だった。

 元々遼南からの難民を東都の各地の臓器売買を行っている組織に売り渡す仕事のための事務所。とてもまともとは言えないが、需要があるからと言うことで自分をだましながら続けてきた商売。だが今回はその相手が兵器としての法術師を開発している連中となれば話は違った。志村は試しに自分の端末に再び電源を入れてみた。多数の着信が届いていた。多くが目の前の画像に映っている少女の消息を探っている官憲の犬達のいることを知らせるタレコミだった。

 好意的なものから、古くから付き合いのある臓器ディーラーからは怒りに震えるような文言での脅迫文じみたメールが届いている。

「ったく……どうなってんだよ!」 

 誰もいない事務所で叫んでみても何も変わらないことは分かっていた。法術関係の研究素体向けと思われる取引は彼の知るだけでもこの少女を含めて十三件あった。志村以外のルートでも集めているだろうからそれなりの大きな組織が相手だということは推測できる。 

 突然ドアをノックする音に気づいて志村は机の引き出しから拳銃を取り出した。

「開いてるぞ!」 

 怒鳴った志村の視線の先には死んだような目をしたコートの男が一人立っていた。良く見ればその男の腰には日本刀が下がっている。無法地帯といわれる東都租界でもそんな姿で外を歩けばすぐに身柄を確保されるだろうと呆れながら志村は背広の下に拳銃を隠したまま安全装置を解除した。

「お前が志村三郎か?」 

 死んだ目の男の目に一瞬だけ生気が戻る。だが、すぐによどんだ瞳が軽蔑しているように志村を射抜いた。

「何者だ?あんたは」 

 目の前の男が相当殺し合いの場数を踏んだ人間だということはこの租界で人の目をしのばなければならない仕事をしている人間にならすぐに分かることだった。

「お前は知る必要は無い」 

 そう言うと男はそのまま背を向けて戸棚においてある洋酒に手を伸ばす。ここでこの男の後頭部を銃で撃てばこの男がこれから話すであろう後戻りできない商談から逃れられる。そう思う一方で、もはやこの男だけが自分を救うのではないかとの迷いも浮かぶ。

「いい酒がそろっているな。俺はどちらかと言うと焼酎派なんだけどな」 

 男はそう言いながら手に最高級のウィスキーの瓶と二つのグラスを持って応接用のテーブルに腰掛けた。それを見て志村は先ほど気の迷いで西園寺かなめに連絡を取ったことを思い出して少しばかり自嘲的な笑みを浮かべながら死神のような男の所へと歩み寄っていった。
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