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第3章 魔都

再会

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「じゃあ、そこの路地のところで車を止めな。飯、食ってから帰ろうや」 

 かなめの声に再びカウラは消火栓の前に車を止めた。

「骨董品屋?なじみなのか?」 

 誠がドアを開けて降り立つのを見ながら、起こした助手席から顔を出すランがかなめに尋ねる。

「まあな。ちょっと先に市場がある、その手前で待っててくれよ」 

 そう言うと最後に車から降りたかなめはそのまま骨董品屋のドアを開けて店の中に消えた。

「歩くなら近くに止めた方が良かったのでは無いですか?」 

 カウラの言葉を聞いてランはいたずらっ子のような顔をカウラに向ける。

「オメーの車がお釈迦になってもよければそうするよ。たぶんこのいかがわしい店は西園寺の非正規部隊時代からのなじみの店なんだろ?非正規部隊員が武器を預けるなんていうことになると骨董店は最適だ。当然この店の客は西園寺が何者か知っているわけだ。その所有物に傷でもつければ……」 

 そう言ってランは親指で喉を掻き切る真似をした。これまでのこの地の無法ぶりにカウラも誠も納得する。

 路地に入ると串焼肉のたれがこげる匂いが次第に三人に覆いかかってきた。パラソルの下、そこは冬の近い東都の湾岸地区にある租界を赤道の真下の遼南にでも運んだような光景が見て取れた。運ばれる魚は確かにここが東都であることを示していたが、売られる豚肉、焼かれる牛肉、店に並ぶフルーツ。どれも東和のそれとは違う独特の空間を作り出していた。

「おう、なんだよそんなところに突っ立ってても邪魔なだけだぜ」 

 遅れてきたかなめはそう言うと先頭に立って細い路地の両脇に食品や雑貨を扱う露天の並ぶ小路へと誠達をいざなった。テーブルに腰掛けて肉にかじりつく男達は誠達に何の関心も示さない。時折彼等の脇やポケットが膨らんでいるのは明らかに銃を所持していることを示していた。

「腹が膨らむと人間気分が穏やかになるものさ」 

 かなめからそう言われて、誠は怯えたような表情を浮かべていたことに気づいた。

「おう、ここだ」 

 そう言うとかなめは露天ではなく横道に開いたうどん屋の暖簾をくぐった。

「へい!らっしゃ……なんだ、姐御!……久しぶりじゃねえですか!」 

 店に入った途端、紫の三つ揃いに赤いワイシャツと言う若い角刈りの男がかなめを見て嬉しそうに叫んだ。その派手ななりに誠は多少この男の素性が推測できた。町の顔役とでも言うところだろう、だがそんな誠の表情が気に食わなかったのか、男は腕組みをしてがらがらの店内の粗末な椅子に座り込んだ。

「おう、客を連れてきたんだぜ。大将はどうした?」 

 かなめはそう言うと向かい合うテーブル席にどっかりと腰掛ける。

「ああ、親父!客だぜ!」 

 チンピラ風の男は厨房をのぞき込んで叫ぶ。のろのろと出てきた白いものが混じった角刈りの男が息子らしいチンピラ風の若造をにらみつける。

「しかし、姐御が兵隊さんとは……あの姐御がねえ」 

 そこまで言ったところでチンピラ風の若造はかなめににらまれて黙り込む。

「良いじゃねえか。この店を担保に娼館から身請けしてやるって大見得切った馬鹿よりよっぽど全うな仕事についていたってことだ。サオリさん!いつものでいいかい」 

 かなめをサオリと呼ぶ大将と呼ばれた店主の言葉にかなめは静かにうなづいた。

「娼館?サオリ?」 

 カウラはその言葉にしばらく息を呑んだ後かなめを見つめた。

源氏名げんじなだよ……まあそのころは陰で工作員をしていたわけだがな」 

 それだけ言うとかなめは黙り込んだ。そんな彼女を一瞥するとランは何かを悟ったようにうなづいた。そのランを見ると男は子供を見かけた時のようにうれしそうな顔をする。

「おう、若造」 

 ランの言葉にすぐにその緩んだ表情が消えた。

「姐御……なんです?この餓鬼は」 

 ランの態度にそれまでかなめには及び腰だったチンピラがその手を伸ばそうとした。

「ああ、言っとくの忘れたけどコイツが今の上司だよ」 

 そんなかなめの一言が男の手を止めた。

「嘘……ついても意味の無いのは嫌いでしたね姐御は。で、このお坊ちゃんは?」 

 チンピラは挑戦的な目で誠を見つめる。

「おい三郎!店の邪魔だからとっとと消えろ!」 

 そう言う大将を無視して三郎と呼ばれた男はそのまま椅子を引きずって誠の隣に席を占める。

「いい加減注文をしたいんだが、貴様に頼んで良いのか?」 

 カウラの言葉に驚いたような表情の三郎だが、すぐに彼は品定めをするような目でじろじろとカウラを眺めた。

「なんだ、気味の悪い奴だな」 

「ゲルパルトの人造人間ってのは肌が綺麗だって言いますけど、本当っすね」 

 そう言ってにじり寄る三郎を見てカウラは困ったように誠を見る。誠はただ周りの不穏な空気を察して黙り込んでいた。そのまま値踏みするような目でカウラを見た三郎はそのまま敵意をこめた視線を誠に向ける。

「へえ、こいつが今の姐御の良い人ですか?」 

「そんなんじゃねえよ、ただの同僚だ。注文とるんだろ?アタシはいつもの釜玉だ」 

 三郎はかなめの顔を見てにやりと笑って今度はランを見た。

「生醤油うどん」 

 ランはそれだけ言うと立ち上がる。彼女が冷水器を見ていたのを察して三郎という名のチンピラは立ち上がった。

「ああ、お水ですね!お持ちしますよ」 

 下卑た笑顔で立ち上がった三郎はそのままカウンターの冷水器に向かう。

「ああ、姐御のおまけの兄ちゃんよう。姐御とは……ってまだのようだな」 

 ちらりと誠を見て三郎は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。カウラは黙っているが、誠もランも三郎がかなめと男女の関係があったことを言いたいらしいことはすぐに分かった。

「私は……ああ、私はきつねで」 

 カウラはまるっきり分かっていないようでそのまま壁の品書きを眺めている。

「僕もきつねで」 

「きつね二丁!釜玉に生醤油」 

 店の奥で大将がうどんをゆで始めているのを承知で大げさに言うと三郎は三つのグラスをテーブルに並べる。

「おい、コイツの分はどうした」 

 明らかに威圧するような調子でかなめは三郎を見つめる。子供じみた嫌がらせに誠はただ苦笑する。

「えっ!野郎にサービスするほど心が広いわけじゃなくてね……この店は水はセルフサービスですんで」 

 その言葉に立ち上がろうとする誠をかなめは止めた。

「店員は店員らしくサービスしろよ。な?アタシもそのときはサービスしたろ?」 

 かなめがわざと低い声でそう言うと、三郎は仕方が無いというように立ち上がり冷水器に向かった。

「で? 西園寺。アタシになつかしの遼南うどんを食べさせるって言うだけでここに来たんじゃねーんだろ?」 

 三郎が席を外しているのを見定めてランがそうつぶやいた。

「今回の事件の鍵は人だ。そして人を集める専門家ってのに会う必要があるだろ?」 

 明らかにかなめは表情を押し殺しているように見えた。その視線が決して誠と交わらないことに気づいて誠はうつむく。

「そう言うことでしょうね。そりゃあそうだ」 

 聞き耳を立てていた三郎が引きつるような声を上げた。

「俺は専門家ってわけじゃないですが、今は俺がここらのシマの人夫出しを仕切っているのは事実ですよ」 

 そう言うと三郎はぞんざいに誠の前にコップを置いた。

「人の流れから掴むか。だが信用できるのか?」 

 手に割り箸を握り締めながらカウラは不安そうに三郎を見つめる。だが三郎の視線が自分の胸に行ったのを見てすぐに落ち込んだように黙り込んだ。

「失敬だねえ。一応ビジネスはしっかりやる方なんですよ。外界の法律が機能しないこの租界じゃあ信用ができるってことだけでも十分金になりますから」 

 そう言って三郎はタバコを取り出した。

「こら!客がいるんだ!それより、できたぞ」 

 店の奥の厨房でうどんをゆでていた三郎の父と思われる老人が叫ぶ。仕方がないと言うように三郎はそのままどんぶりを運んだ。

「人が動く……通行証の管理もオメエがやってるのか?」 

 受け取った釜玉うどんを手にするとかなめはそのまま三郎を見上げた。

「俺も一応出世しましてね。わが社の専門スタッフが……」 

「専門スタッフねえ、舎弟を持てるとこまできたのか」 

 かなめはそう言うとうどんを啜りこむ。今度は誠も無視されずに目の前にうどんを置かれた。

「ああ、そうだ。同業他社の連中の顔は分かるか?」 

 一息ついたかなめの一言に三郎の顔に陰がさす。そしてそのまま三郎の視線は誠を威嚇するような形になった。

「ああ、知ってますよ。ですがこの業界いろいろと競争がありますからねえ」 

「それで十分だ。さっきお前の通信端末にデータは送っといたからチェックして返信してくれ」 

 あっさりそう言うとかなめはうどんの汁を啜る。昆布だしと言うことは遼南の東海州の味だと思いながら誠も汁を啜った。

「まじっすか?あの頃だって店の連絡先しか教えてくれなかったのに……ヒャッホイ!」 

 いかにもうれしそうに叫んだ三郎が早速ポケットから端末を取り出した。

「馬鹿なこと言ってんじゃねえよ!これは仕事だ。それにそいつは仕事の用の端末だからな。落石事故かタンカーが転覆したときに連絡するのもかまわねえぞ」 

 かなめはそう言って一気にどんぶりに残った汁を啜りこんだ。そんなかなめに三郎は心底がっかりした様子でうどんをすする様子を見つめていた。
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