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第3章 魔都

租界周辺

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 誠は周りの世界の終わりを感じさせるような見渡す限りの廃ビルばかりの景色を見て、以前誘拐された時の記憶がよぎるのを感じていた。

 誠が隊に配属になってすぐに起きた誠の拉致事件の実行犯は調べに対し誘拐の指示とイタリア系のシンジケートに売り渡そうとしていたことは認めたが、それ以上の証言は取れなかった。そして肝心の依頼者のイタリア系シンジケートの東都を統べるボスは証言を拒否していて、捜査は中座していると茜からは聞かされていた。

 見回す町並み。ビルは多くが廃墟となり、瓦礫を運ぶ大型車がひっきりなしに行きかう。

「カウラ、そこを右だ」 

 かなめの声にしたがって大通りから路地へ入る。そこは地震の一つでもあれば倒壊しそうなアパートが並んでいる。ベランダには洗濯物がはためいてそこに人が暮らしていることを知らせていた。道で遊んでいた子供達はこの街には似合わないカウラの『ハコスカ』を見ると逃げ出した。階段に腰掛けていた老人も、珍しい車を見て興味を感じるのではなく、何か怪しげな闖入者が来たとでも言うように屋内に消えた。

「ここ、本当に東都ですか?」 

 誠の声にかなめが冷ややかな笑みを浮かべていた。

「まあこんなところにスポーツカーに乗ってやってくるのは借金取りくらいだろうからな。それとも何か?オメエはここの地元民が両手を上げて歓迎してくれるとでも思ったのかよ」 

 かなめは皮肉を口にして笑う。まだ人が住んでいると言うのに半分壊されたアパート、その隣の一杯飲み屋には寒空の中、昼間から酒を煽る男達が見える。酒を片手ににごった視線を投げてくるこの街の住人達はかなめの言うように誠達を歓迎すると言うより敵視しているように見えた。

「東都のエアポケットって奴だ。政府はここの再開発の予算をつけたいらしいが見ての通り開発の前に治安をどうにかしないとまずいってところだな」 

 ランは目をつぶったままじっとしている。カウラは貧相なパチンコ屋に目をやり興味深げにため息をついた。

「おい、そこのパチンコ屋の角で車を止めろ。アイスでも食いたいだろ?」 

 突然のかなめの言葉に誠は絶句した。

「あの、もう冬ですよ!アイスなんか……」 

「いいから止めろ」 

 かなめの真剣な目にカウラもかなめの指定した場所で車を止める。

「アタシと中佐殿で行くからな」 

「なんでアタシなんだ?」 

「駄菓子屋と言えば餓鬼だろうが」 

 そんなやり取りに誠は助手席から降りながらいつものようにランがかなめを叱り飛ばすと思ったが、ランはなぜか黙ってかなめとともに降りると駄菓子屋に向かった。

「こんなところなら非合法な研究を堂々としていても誰も気にしないと言うことか」 

 カウラはそう言いながら周りを見た。シャッターを半分閉めて閉店しているかと思っていたパチンコ屋から疲れたような表情の客が出て行く。誠もこの界隈が普通の東和、発展する東都から見捨てられた街であることが理解できた。

「しかし……あれを見ろ」 

 そう言うカウラの顔が微笑んでいるのを見て、誠は彼女が指差す駄菓子屋を見た。どう見ても小さな女の子にしか見えないランがかなめに店の菓子を指差して買ってくれとせがんでかなめのジャケットのすそを引っ張っている光景が見える。

「芝居が過ぎるな」 

 カウラの微笑む顔を見て誠も頬を緩めた。かなめはランの頭をはたいた後、店番の老婆に話しかける。老婆はそのまま奥に消え、しばらくして袋を持ってでてそれをかなめに渡した。かなめは財布から金を出して今時珍しく札を渡してで支払いを済ませるとそのまま誠達のところに歩いてきた。

「待たせたな」 

 誠が助手席を持ち上げて後部座席に座ろうとするかなめとランを迎え入れる。かなめは袋からアイスキャンディーを取り出すとカウラと誠に渡した。

「なんだ?ずいぶんと毒々しい色だな」 

 カウラは袋を開けて出てきた真っ青なキャンディーに顔をしかめる。誠もその着色料と甘味料を混ぜて固めたようなアイスを口に運んだ。

「こんなものになんでお札で勘定を済ませたんですか?」 

 口の中に合成甘味料の甘さが広がる。そして吐き出された誠の言葉に、かなめは袋の中から一枚のマイクロディスクを取り出して見せた。

「買ったのはそっちの方でこれはダミーか」 

 カウラはアイスキャンディーを手にしながらそう言うとバックミラーを使って自分の青く染まった舌を確かめた。

「当たりめーだろ。何のためにアタシが芝居をしたと思ってんだ」 

「あれが芝居か?」 

 ランの言葉に苦笑いを浮かべながらかなめは後頭部からコードを伸ばして携帯端末に直結してデータディスクを差し込んだ。

「オメエ等も端末出しとけ。昔なじみの情報屋との連絡はあそこを通すんだ」 

 かなめの言葉にカウラもアイスを外に捨てた。誠はもったいないので最後まで食べる。

「ちょっと待てよ。プロテクトを解除する……よし」 

 誠の端末からもかなめの端末の数字が並んでいる表を見ることが出来た。

「あのう……」 

 それは奇妙に過ぎる表だった。端末に写っているのは臓器の名前と個数。心臓、肝臓、腎臓、網膜。その種類と摘出者の年齢、血液型、抗体など。延々とスクロールしても尽きない表が続いていた。

「司法警察に持ち込めば裏さえ取れれば警察総監賞ものだ。もっともこのデータを買ってくれる親切な人のところに持ってった方がすぐ金になるだろうが」 

 ランがそう言うのも当然だった。

「でもこれって……」 

「租界に流れ込む難民の数と、出て行く難民の数。発表されて無いだろ?人間の使い道がこの土地じゃあ他とは違うんだ」 

 かなめの言葉に誠は悟った。臓器売買のうわさは大学時代から野球と漫画のサークル活動に忙しい誠の耳にも届いてきていた。当時は臓器売買だけでなく薬物や武器までこの租界とその近辺を流れているという噂もあった。そして誠が軍に入ると治安の維持権限の隙を突いて生まれたあらゆる非合法品の輸入ルートと言う利権をめぐり他国の工作部隊が投入されていると言う情報が事実だとわかった。そして同盟軍の治安維持部隊も賄賂を取ってそれを見逃しているという別の噂を耳にすることになった。

 武器の輸出規制が強まり薬物の末端での取締りが強化されるようになって、それでも上納金を求める暴力団や賄賂を待つ治安維持部隊に貢ぐ資金を搾り出すために行われるといわれる人身売買。都市伝説と思っていたものが事実であると示すような一覧が手元にあった。

「そんなに驚くこともねえよ。甲武だって東和の締め付けで薬物の取引なんぞの甘い汁を吸えなくなってからこの租界に派遣されているのは今じゃあ三流の部隊だ。地獄の沙汰もなんとやら、要するに見て通りのことが行われているってことだ」 

 かなめの言葉を聞きながら誠はただ呆然と画面をスクロールさせる。

「でも法術師の研究とは関係ないんじゃないですか?」 

「他の画面も見てみろ……って時間ももったいねえしここじゃあ場所が悪いな。カウラ、車を出せ」 

 ランが端末のモニターをにらみながら指示を出す。車はそのまま路地を走り出した。

「このまま租界に入るぞ。検問の同盟軍の駐留地まで行け」 

 そのまま誠は画面をスクロールさせていく。ようやく一番下まで来ると次の画面に移るためのカーソルが開いた。次の画面はさらに誠の顔をしかめさせるものだった。それはこれまでの文字だけの世界とは違うリストが表示されていた。

 それはまるでペットか何かのように子供の写真と値段が表示される画面。

「おっと二ページ目か。まあ見ての通りだ。人身売買で特に血統重視。遼州系の人間ほど高い値がついている。これでアタシが何を探してきたか分かったろ?」 

 思わず吐き気に口を押さえた誠を冷ややかに突き放すようなランの一言が響く。車内の空気はよどんだ。

「カウラ。とりあえず窓を開けてやれよ」 

 淡々とかなめはそう言うとデータを読み終えてコードを首から外した。

 道は暴徒の侵入を防ぐための巨大な障害物で半分ふさがれていた。その脇では黒い街宣車が大音量で租界の中に暮らしている遼南難民の罵倒を続けていた。カウラの車はすぐに甲武陸軍の制服を着た兵士に止められる。ヘルメットに自動小銃と言うお決まりのスタイルの兵士は大音量を垂れ流す移民排斥を叫ぶ政治結社のバスの群れに目をやりながら停止したカウラの車の窓を叩いた。

「通行証は?」 

 そう言う兵士にカウラは司法局実働部隊の身分証を見せた。二人の兵士は顔を見合わせた後、後部座席をのぞき込む。

「同盟司法局がなんの用ですか?」 

「バーカ。捜査に決まってるだろ?」 

 ランの顔を見てにらみつける兵士だが、すぐに彼女が身分証を取り出して階級を見せ付けると明らかに負けたというように一人はゲートを管理している兵士達に向かって駆け出した。

「ああ、部隊長の顔を拝みたくてね」 

 そんな言葉を吐く幼女を引きつった顔で見つめる兵士はそのまま無線に何事かをつぶやいた。

「とりあえず警備本部もゲートの奥ですから」 

 兵士の言葉を聞くとカウラはそのままバリケードが派手な入り口を通り過ぎてゲートをくぐる。ゲートの周りは脱走者を防止するために完全に見晴らしの効いた場所になっており、ゲート脇の塔には狙撃銃を構える兵士、ゲートの脇の土嚢の中には重機関銃を構えている兵士が見える。カウラはそのまま塔の隣に立てられた警備本部の前に車を止めた。
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