上 下
1,203 / 1,455
第6章 日常

しおりを挟む
 まず、誠は自分の布団の隣でなにやら争うような物音がしていると言うことを感じて目を覚ました。すぐに意識を取り戻した誠はその音の主を見つめた。そこにはエメラルドグリーンの透き通るような髪が揺れていた。

「あの、カウラさん?それと……」 

「ああ、目が覚めたのか」 

 かなめはそう言うと腕をカウラの首に巻きつけて締め上げ始めた。

「何やってるんですか!」 

 思わずそう言うと飛び起きた誠はかなめの腕を引き剥がそうとした。だが、その独特の人工皮膚の筋の入った強力な人口筋肉は誠がどうにかできるものではなかった。しばらくカウラを締め上げた後、満足したとでも言うようにかなめは手を放した。

「この女が昨日ずっとお前の部屋にいやがったからな。制裁を加えていたんだ」 

 黙って咳き込むカウラを見ながらかなめは悪びれもせずに答える。確かにこの司法局下士官寮に誠の護衛と言うことで同居を始めたカウラ、かなめ、アメリアの三人はできるだけ他の部屋に入らないようにと寮長の島田が説明しているところに誠も同席していた。そのことを盾に不法侵入を繰り返すアメリアにかなめが制裁を加えている場面には何度か行き当たっていた。

「別に制裁なんて……どうせ昨日も泥酔した僕が暴れて看病でもしてくれていたんじゃないんですか?」 

 そう言う誠の顔を見て、タレ目を光らせながらばつの悪そうな顔をしてかなめは頭をかき始める。

「……お前、力の加減くらいはしろ」 

 ようやく息を整えたカウラがかなめをにらむ。

「あー、頭痛い。誠ちゃん起きた?」 

 そう言ってさも当然のように入ってくるのはアメリアだった。シャワーを浴びたばかりのようで胸にタオルを巻いただけのあられもない姿でドアを開けて立っている。かなめは誠を指差す。

「元気そうじゃないの……」 

 そんなアメリアの言葉で誠は昨晩の馬鹿騒ぎを思い出す。

「そう言えば今は何時ですか?」 

 そう言う誠にかなめが腕時計を見せる。まだ7時にはなっていない。とりあえず余裕がある時間だった。

「あの、お願いがあるんですが」 

 誠は三人を見回す。察したアメリアはそのまま出て行った。

「着替えたいんで」 

 その言葉でようやくかなめとカウラは立ち上がった。

「先に飯食ってるからな」 

 かなめはドアを閉めて去っていく。誠はゆっくりと起き上がるとアニメのポスターの張られた壁の下にある箪笥から下着を取り出す。

 そしてすぐドアを見つめた。隙間から紺色の髪が見え隠れしている。

「あの、アメリアさん。なにやってんですか?」 

 そんな誠の言葉で静かにドアが閉じられた。

 隠れていたアメリアを追い返すとそのまますばやく着替えを終える。そして廊下に出ると誰にも行き会わずに食堂に入った。

 スクランプルエッグが食欲を誘った。

「かなめちゃんは味なんてわからない割には素材とかこだわるのよねえ」 

 そう言いながら緑色のジャケットを着たアメリアがちゃんとマスタードを塗りながらウィンナーソーセージを食べている。

「そう言えば今日から隊長休みだったわよねえ」 

「知らねえよ、アタシは叔父貴の保護者じゃねえんだから」 

 周りは半分も食べていないと言うのに皿の隅に残った卵のカスを突くだけになったかなめが答える。

「殿上会。お前はで筆頭公爵の爵位を持っているんだから出ないといけないんじゃないのか?」 

 そう言いながらトマトを箸で掴むカウラをあからさまに嫌な顔をしたかなめが見つめる。彼女がここ遼州星系の第四惑星国家甲武国の公爵の位を持っていることは誠も知っていた。

「誰が出るかって!あんな鼻持ちならねえ公家連中の相手なんて想像しただけで吐き気がするぜ」 

 そう言いながらかなめはテーブルに置かれたやかんから番茶を汲む。

「そう言って、実は康子様に会うのが嫌なんじゃないの?」 

 アメリアのその言葉にびくりと震え、かなめは静かに湯飲みをテーブルに置く。

「康子様?」 

 不思議そうに誠はかなめの顔を見る。その名前を聞いてから確かにかなめの行動がどこか空々しいものになっている。

「ああ、この甲武四大公筆頭西園寺かなめ嬢のご母堂様よ。まあ甲武国西園寺義基首相のファーストレディーと言った方が正確かしら」 

 タレ目で迫力が減少しているとは言え、明らかに殺意を込めた視線をアメリアに送りながらかなめは番茶をすすっている。

「別名、遼州星系最強の生物」 

 そう付け加えるとカウラは茶碗の中の最後のご飯を口に突っ込む。

「西園寺さんのお母さんがですか?」 

「そう言ってたろ、こいつ等も」 

 ぎこちない動きを見せるかなめに誠は思わず噴出しそうになる。だが、ここで噴出せばただではすまないと必死にこらえて茶碗のご飯を無理やり喉に押し込んだ。

「まあ康子様からの電話を取り次いだ時のあの隊長の恐怖に震える表情は最高だったけどねえ」 

 そう言いながらアメリアは自分の手元にやかんを持ってくる。

「隊長が恐怖に震える?……つまり凄い人なんですね」 

「凄いんじゃねえよ、ただ腹黒いだけだ……叔父貴がかわいく見える位にな」 

 誠の言葉に、かなめはそう自分の母を切って捨てた。

「あんまり自分の母親をそう言うふうに言うもんじゃないわよ。当代一の薙刀の名手。自慢くらいしてみなさいよ。ああ誠ちゃん酒臭いわよ。たぶん空いてるからシャワーでも浴びてきなさいよ。そのままじゃクバルカ中佐にいろいろ言われるわよ」 

 アメリアはそう言うと誠の肩を叩いた。

「30分で支度を済ませろ。遅れたら置いていくからな」 

 カウラもそう言うと立ち上がった。誠は番茶も飲めずにそのままシャワーへいかなければならない雰囲気に立ち去らなければならなくなっていた。

「どうせ中佐は昼には出ていくのに……」

 誠は愚痴をこぼしながら自分の部屋にタオルを取りに向かった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が怒らないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

俺は異端児生活を楽しめているのか(日常からの脱出)

SF
学園ラブコメ?異端児の物語です。書くの初めてですが頑張って書いていきます。SFとラブコメが混ざった感じの小説になっております。 主人公☆は人の気持ちが分かり、青春出来ない体質になってしまった、 それを治すために色々な人が関わって異能に目覚めたり青春を出来るのか?が醍醐味な小説です。

鉄錆の女王機兵

荻原数馬
SF
戦車と一体化した四肢無き女王と、荒野に生きる鉄騎士の物語。 荒廃した世界。 暴走したDNA、ミュータントの跳梁跋扈する荒野。 恐るべき異形の化け物の前に、命は無残に散る。 ミュータントに攫われた少女は 闇の中で、赤く光る無数の目に囲まれ 絶望の中で食われ死ぬ定めにあった。 奇跡か、あるいはさらなる絶望の罠か。 死に場所を求めた男によって助け出されたが 美しき四肢は無残に食いちぎられた後である。 慈悲無き世界で二人に迫る、甘美なる死の誘惑。 その先に求めた生、災厄の箱に残ったものは 戦車と一体化し、戦い続ける宿命。 愛だけが、か細い未来を照らし出す。

いつか日本人(ぼく)が地球を救う

多比良栄一
SF
この小説にはある仕掛けがある。 読者はこの物語を読み進めると、この作品自体に仕掛けられた「前代未聞」のアイデアを知ることになる。 それは日本のアニメやマンガへ注がれるオマージュ。 2次創作ではない、ある種の入れ子構造になったメタ・フィクション。 誰もがきいたことがある人物による、誰もみたことがない物語がいま幕を開ける。 すべてのアニメファンに告ぐ!! 。隠された謎を見抜けるか!!。 ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------ 25世紀後半 地球を襲った亜獣と呼ばれる怪獣たちに、デミリアンと呼ばれる生命体に搭乗して戦う日本人少年ヤマトタケル。なぜか日本人にしか操縦ができないこの兵器に乗る者には、同時に、人類を滅ぼすと言われる「四解文書」と呼ばれる極秘文書も受け継がされた。 もしこれを人々が知れば、世界は「憤怒」し、「恐怖」し、「絶望」し、そして「発狂」する。 かつてそれを聞いた法皇がショック死したほどの四つの「真理」。 世界でたった一人、人類を救えも、滅ぼしもできる、両方の力を手に入れた日本人少年ヤマトタケル。 彼は、世界100億人全員から、救いを求められ、忌み嫌われ、そして恐れられる存在になった。 だが彼には使命があった。たとえ人類の半分の人々を犠牲にしても残り11体の亜獣を殲滅すること、そして「四解文書」の謎を誰にも知られずに永遠に葬ることだった。

No One's Glory -もうひとりの物語-

はっくまん2XL
SF
異世界転生も転移もしない異世界物語……(. . `) よろしくお願い申し上げます 男は過眠症で日々の生活に空白を持っていた。 医師の診断では、睡眠無呼吸から来る睡眠障害とのことであったが、男には疑いがあった。 男は常に、同じ世界、同じ人物の夢を見ていたのだ。それも、非常に生々しく…… 手触り感すらあるその世界で、男は別人格として、「採掘師」という仕事を生業としていた。 採掘師とは、遺跡に眠るストレージから、マップや暗号鍵、設計図などの有用な情報を発掘し、マーケットに流す仕事である。 各地に点在する遺跡を巡り、時折マーケットのある都市、集落に訪れる生活の中で、時折感じる自身の中の他者の魂が幻でないと気づいた時、彼らの旅は混迷を増した…… 申し訳ございませんm(_ _)m 不定期投稿になります。 本業多忙のため、しばらく連載休止します。

もうダメだ。俺の人生詰んでいる。

静馬⭐︎GTR
SF
 『私小説』と、『機動兵士』的小説がゴッチャになっている小説です。百話完結だけは、約束できます。     (アメブロ「なつかしゲームブック館」にて投稿されております)

幻想遊撃隊ブレイド・ダンサーズ

黒陽 光
SF
 その日、1973年のある日。空から降りてきたのは神の祝福などではなく、終わりのない戦いをもたらす招かれざる来訪者だった。  現れた地球外の不明生命体、"幻魔"と名付けられた異形の怪異たちは地球上の六ヶ所へ巣を落着させ、幻基巣と呼ばれるそこから無尽蔵に湧き出て地球人類に対しての侵略行動を開始した。コミュニケーションを取ることすら叶わぬ異形を相手に、人類は嘗てない絶滅戦争へと否応なく突入していくこととなる。  そんな中、人類は全高8mの人型機動兵器、T.A.M.S(タムス)の開発に成功。遂に人類は幻魔と対等に渡り合えるようにはなったものの、しかし戦いは膠着状態に陥り。四十年あまりの長きに渡り続く戦いは、しかし未だにその終わりが見えないでいた。  ――――これは、絶望に抗う少年少女たちの物語。多くの犠牲を払い、それでも生きて。いなくなってしまった愛しい者たちの遺した想いを道標とし、抗い続ける少年少女たちの物語だ。 表紙は頂き物です、ありがとうございます。 ※カクヨムさんでも重複掲載始めました。

初恋フィギュアドール

小原ききょう
SF
「人嫌いの僕は、通販で買った等身大AIフィギュアドールと、年上の女性に恋をした」 主人公の井村実は通販で等身大AIフィギュアドールを買った。 フィギュアドール作成時、自分の理想の思念を伝達する際、 もう一人の別の人間の思念がフィギュアドールに紛れ込んでしまう。 そして、フィギュアドールには二つの思念が混在してしまい、切ないストーリーが始まります。 主な登場人物 井村実(みのる)・・・30歳、サラリーマン 島本由美子  ・ ・・41歳 独身 フィギュアドール・・・イズミ 植村コウイチ  ・・・主人公の友人 植村ルミ子・・・・ 母親ドール サツキ ・・・・ ・ 国産B型ドール エレナ・・・・・・ 国産A型ドール ローズ ・・・・・ ・国産A型ドール 如月カオリ ・・・・ 新型A型ドール

処理中です...