1,111 / 1,473
第42章 変革後の世界
目覚め
しおりを挟む
「ここは?」
頭痛とめまいを感じながら、誠は目を覚ました。
彼が最初に見たのは、痩せた眼鏡の医師の日焼けした顔だった。彼もまた『釣り部』の一員なのだろう。誠はぼんやりとした頭でそんなことを考えていた。
「起きましたよ、大佐。神前君、しばらくは安静にしている方がいいと思うんですが……」
誠が絶対磯釣りが好きだと認定した軍医が振り返った先には、嵯峨がついたての隙間から入り口の方を見ている姿があった。
『起きたってよ!』
あわてた調子でかなめがつぶやくのが聞こえる。
『騒ぐな西園寺。一応ここは病室だ』
落ち着いた調子を装うのに必死なカウラの言葉が聞こえてくる。
『残念ねえ……せっかく私が『桐の棺桶』を用意してあげていたのに……『しんらん』聖人サイン入りプロマイドも……』
小さい声だが、アメリアは明らかに誠にも話し声が聞こえるように話していた。
『また作ったの?あのプロマイド。ただ単にアメリアが高校の日本史の教科書から『親鸞聖人』の絵を拡大コピーして、ペンで『しんらん』って書いてるだけじゃない』
不服そうな調子でサラが突っ込みを入れる。
『その時の教科書の代金……もらってないわね。いつだって雑用は私達に押し付けてアメリアは遊んでばかりだもの。これ以上損するのはごめんよ』
パーラはすっかり呆れた調子だった。
『へー。今度『ザビエル』でやりません?高校時代よく落書きしたんすけど、最高傑作は『ザビエル』なんで。……縄文時代の人でしたっけ?『ザビエル』』
今度はまるで声を小さくするつもりはないというような『馬鹿』な島田の声が響く。いくら歴史が苦手な誠も『縄文時代』の歴史的人物の絵はさすがに存在しないことは知っていた。
嵯峨はそんな様子を注意するわけでもなく、とりあえず誠に向き直る。
「まあ、初めてってのは何でも大変なものだ。ドクター。なんか問題点とかありました?」
外の騒動に笑顔を浮かべながら、嵯峨は小柄な釣り好き軍医に声をかけた。
「特にないですね。多少の緊張状態から来る神経衰弱が見られる他は健康そのものですな。うちの技術部のだらけた連中よりよっぽど健康的ですよ。まあ乗り物酔いと緊張した時の胃の内容物の逆流する症状はどうしようもないみたいですけどね」
朗らかに軍医はそう言うと席を立った。
「それと、やはりもう自室に戻るべきかもしれないね。あの連中がなだれ込んでくる前に」
そう軍医が言ったとたんに病室のドアが開いた。
「なんだ、元気そうじゃないか」
軍医と入れ替わりにかなめ達が入ってくる。皆笑顔で上体を起こした格好の誠を見つめた。
「とりあえず差し入れ」
と言うとかなめが飲みかけのラム酒のビンを突き出してくる。
「間接キッス狙いね!」
「馬鹿野郎!んな訳ねえだろ!たまたま他にやるもんがねえからだな!その……なんだ……」
かなめはシャムに言われて言葉を濁しながらおずおずと下を向く。
「馬鹿は良いとして、本当に大丈夫か?」
カウラがそう言うと誠の背に手を当てて、起き上がろうとする誠を支える。バランスが少し崩れて、誠の顔とカウラの顔が数センチの距離で止まる。カウラのシャワーの後の石鹸の残り香が誠には心地よく感じられた。
しかし、すぐさまアメリアのニヤついた顔を見つけた誠は、それをごまかすようにカウラの手を借りてベッドから降りた。
「大丈夫ですよ……ってすいません!」
靴を履こうとした誠がよろける。彼を慌ててカウラが支えた。二人は思わず見つめあう形になる。
「ごほん」
わざとらしくかなめが咳ばらいをした。誠はカウラの支えで、なんとか態勢を立て直すと、握っていたカウラの手を離した。
「それにしても行きは急ぎだっていうのにちんたらパルスエンジンで一週間もかかったのに、帰りは亜空間転移で三日で帰任かよ……まったく同盟法はどうなってるのかねえ……まあ出動時は『ふさ』は軍艦扱いで帰りはもとの警察扱いってことはわかるんけど……まったく融通が利かねえな」
明らかにカウラ達を気にしているかなめがあてこするように嵯峨に言った。
「俺に言っても無駄だよ。同盟法は同盟機構が立案して同盟議会が可決した法案だ。そんな一司法執行関の部隊長がおいそれといじれるもんか」
「同盟機構を提唱して各法案をねじ込んだ人がそれを言います?」
「同機構を提唱?各法案をねじ込んだ?」
誠はアメリアの『特殊』な言葉の意味を理解できずに反芻するばかりだった。
「いいの!病人は気にしなくても!それより祝勝会をするから!誠ちゃんの『偉大なパワー』で全宇宙を平和にする可能性が生まれた!そのお祝いよ!」
糸目でそう言い切るアメリアを見上げて、誠はただ苦笑いを浮かべて自分の運命がこの『特殊な部隊』で変わってしまったことを悟った。
頭痛とめまいを感じながら、誠は目を覚ました。
彼が最初に見たのは、痩せた眼鏡の医師の日焼けした顔だった。彼もまた『釣り部』の一員なのだろう。誠はぼんやりとした頭でそんなことを考えていた。
「起きましたよ、大佐。神前君、しばらくは安静にしている方がいいと思うんですが……」
誠が絶対磯釣りが好きだと認定した軍医が振り返った先には、嵯峨がついたての隙間から入り口の方を見ている姿があった。
『起きたってよ!』
あわてた調子でかなめがつぶやくのが聞こえる。
『騒ぐな西園寺。一応ここは病室だ』
落ち着いた調子を装うのに必死なカウラの言葉が聞こえてくる。
『残念ねえ……せっかく私が『桐の棺桶』を用意してあげていたのに……『しんらん』聖人サイン入りプロマイドも……』
小さい声だが、アメリアは明らかに誠にも話し声が聞こえるように話していた。
『また作ったの?あのプロマイド。ただ単にアメリアが高校の日本史の教科書から『親鸞聖人』の絵を拡大コピーして、ペンで『しんらん』って書いてるだけじゃない』
不服そうな調子でサラが突っ込みを入れる。
『その時の教科書の代金……もらってないわね。いつだって雑用は私達に押し付けてアメリアは遊んでばかりだもの。これ以上損するのはごめんよ』
パーラはすっかり呆れた調子だった。
『へー。今度『ザビエル』でやりません?高校時代よく落書きしたんすけど、最高傑作は『ザビエル』なんで。……縄文時代の人でしたっけ?『ザビエル』』
今度はまるで声を小さくするつもりはないというような『馬鹿』な島田の声が響く。いくら歴史が苦手な誠も『縄文時代』の歴史的人物の絵はさすがに存在しないことは知っていた。
嵯峨はそんな様子を注意するわけでもなく、とりあえず誠に向き直る。
「まあ、初めてってのは何でも大変なものだ。ドクター。なんか問題点とかありました?」
外の騒動に笑顔を浮かべながら、嵯峨は小柄な釣り好き軍医に声をかけた。
「特にないですね。多少の緊張状態から来る神経衰弱が見られる他は健康そのものですな。うちの技術部のだらけた連中よりよっぽど健康的ですよ。まあ乗り物酔いと緊張した時の胃の内容物の逆流する症状はどうしようもないみたいですけどね」
朗らかに軍医はそう言うと席を立った。
「それと、やはりもう自室に戻るべきかもしれないね。あの連中がなだれ込んでくる前に」
そう軍医が言ったとたんに病室のドアが開いた。
「なんだ、元気そうじゃないか」
軍医と入れ替わりにかなめ達が入ってくる。皆笑顔で上体を起こした格好の誠を見つめた。
「とりあえず差し入れ」
と言うとかなめが飲みかけのラム酒のビンを突き出してくる。
「間接キッス狙いね!」
「馬鹿野郎!んな訳ねえだろ!たまたま他にやるもんがねえからだな!その……なんだ……」
かなめはシャムに言われて言葉を濁しながらおずおずと下を向く。
「馬鹿は良いとして、本当に大丈夫か?」
カウラがそう言うと誠の背に手を当てて、起き上がろうとする誠を支える。バランスが少し崩れて、誠の顔とカウラの顔が数センチの距離で止まる。カウラのシャワーの後の石鹸の残り香が誠には心地よく感じられた。
しかし、すぐさまアメリアのニヤついた顔を見つけた誠は、それをごまかすようにカウラの手を借りてベッドから降りた。
「大丈夫ですよ……ってすいません!」
靴を履こうとした誠がよろける。彼を慌ててカウラが支えた。二人は思わず見つめあう形になる。
「ごほん」
わざとらしくかなめが咳ばらいをした。誠はカウラの支えで、なんとか態勢を立て直すと、握っていたカウラの手を離した。
「それにしても行きは急ぎだっていうのにちんたらパルスエンジンで一週間もかかったのに、帰りは亜空間転移で三日で帰任かよ……まったく同盟法はどうなってるのかねえ……まあ出動時は『ふさ』は軍艦扱いで帰りはもとの警察扱いってことはわかるんけど……まったく融通が利かねえな」
明らかにカウラ達を気にしているかなめがあてこするように嵯峨に言った。
「俺に言っても無駄だよ。同盟法は同盟機構が立案して同盟議会が可決した法案だ。そんな一司法執行関の部隊長がおいそれといじれるもんか」
「同盟機構を提唱して各法案をねじ込んだ人がそれを言います?」
「同機構を提唱?各法案をねじ込んだ?」
誠はアメリアの『特殊』な言葉の意味を理解できずに反芻するばかりだった。
「いいの!病人は気にしなくても!それより祝勝会をするから!誠ちゃんの『偉大なパワー』で全宇宙を平和にする可能性が生まれた!そのお祝いよ!」
糸目でそう言い切るアメリアを見上げて、誠はただ苦笑いを浮かべて自分の運命がこの『特殊な部隊』で変わってしまったことを悟った。
0
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 『修羅の国』での死闘
橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった
その人との出会いは歓迎すべきものではなかった
これは悲しい『出会い』の物語
『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる
法術装甲隊ダグフェロン 第三部
遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』は法術の新たな可能性を追求する司法局の要請により『05式広域制圧砲』と言う新兵器の実験に駆り出される。その兵器は法術の特性を生かして敵を殺傷せずにその意識を奪うと言う兵器で、対ゲリラ戦等の『特殊な部隊』と呼ばれる司法局実働部隊に適した兵器だった。
一方、遼州系第二惑星の大国『甲武』では、国家の意思決定最高機関『殿上会』が開かれようとしていた。それに出席するために殿上貴族である『特殊な部隊』の部隊長、嵯峨惟基は甲武へと向かった。
その間隙を縫ったかのように『修羅の国』と呼ばれる紛争の巣窟、ベルルカン大陸のバルキスタン共和国で行われる予定だった選挙合意を反政府勢力が破棄し機動兵器を使った大規模攻勢に打って出て停戦合意が破綻したとの報が『特殊な部隊』に届く。
この停戦合意の破棄を理由に甲武とアメリカは合同で介入を企てようとしていた。その阻止のため、神前誠以下『特殊な部隊』の面々は輸送機でバルキスタン共和国へ向かった。切り札は『05式広域鎮圧砲』とそれを操る誠。『特殊な部隊』の制式シュツルム・パンツァー05式の機動性の無さが作戦を難しいものに変える。
そんな時間との戦いの中、『特殊な部隊』を見守る影があった。
『廃帝ハド』、『ビッグブラザー』、そしてネオナチ。
誠は反政府勢力の攻勢を『05式広域鎮圧砲』を使用して止めることが出来るのか?それとも……。
SFお仕事ギャグロマン小説。
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
【完結】そして、誰もいなくなった
杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」
愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。
「触るな!」
だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。
「突き飛ばしたぞ」
「彼が手を上げた」
「誰か衛兵を呼べ!」
騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。
そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。
そして誰もいなくなった。
彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。
これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。
◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。
3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。
3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました!
4/1、完結しました。全14話。
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる