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第35章 運用艦『ふさ』と『特殊な趣味』の連中

釣りバカ達の夢の跡

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 バスが『多賀港』に到着して、まず最初に誠が降りてしたことは『吐く』ことだった。

「神前……大丈夫か?」

 カウラはそう言って誠の背中をさすった。

 誠は胃に溜まった胃液を吐き切るとようやくあたりを眺めた。

 真新しい『漁村』がそこにはあった。大きな駐車場に釣具屋が並ぶ。その間には魚料理を食わせる店が点々と並んでいた。

「ここ……うちの『基地』ですよね?運用艦の『母港』ですよね?『観光地』じゃないですよね?」

 後から誠の荷物を手に近づいてくるアメリアに誠はそう言った。

「疑問詞が多いわね。ここは『司法局実働部隊、運用艦『ふさ』の専用母港だもの。まあ、うちの『ふさ』が来てからは、一大『釣り』テーマパークとして成長を続けているけどね」

「『釣りテーマパーク』?」

 そんなアメリアの言葉で、誠は自分が所属しているのが『特殊な部隊』であることを思い出した。

 ここは学生の常識など通用しない『特殊』な社会なのである。

「アメリアさん。今、『釣り』テーマパークって言いませんでした?」

 少しは自分の理解が通用するかと思いながら誠はアメリアに尋ねた。

「神前。貴様はずっと『吐いて』いたから知らないだろうが、この『多賀港』の半径20キロには一切人家が存在しない」

 糸目のアメリアの笑顔を見つめていた誠の背後からカウラがそう言った。

「カウラさん……それはどういう意味ですか?」

 誠はカウラの『パチンコ依存症』が発症したのかと思って振り返った。カウラは極めて普通に無表情だった。

「この『多賀港』における『ふさ』の維持管理には多くのマンパワーを必要とするが、こんな僻地に来る人間は稀なんだ」

 カウラの言葉に誠は少し疑問を持った。

「でも……宇宙や極地なんかに派遣される軍の人は、そう言う『不便』を甘んじて受け入れますよね、普通」

 アメリアは相変わらずの糸目の笑顔だった。カウラは少し困った顔で誠を見つめている。

「バーカ。そんな『志の高い』人間がうちみたいな『特殊な部隊』に来るか?」

 背後でハスキーな女性の声が聞こえたので、誠は振り返った。そこには、いつもの細い茶色のタバコをくわえたかなめが立っていた。

「それって自慢になりますか?」

 誠のまともな問いに答えずかなめはタバコをふかしていた。

「まず、叔父貴が目を付けた『特殊な部隊』向きで、『ふさ』の機関員とかを集めようとしたら、ほとんど逃げられたわけだ。この『多賀港』があまりに僻地で娯楽施設などの楽しみが無いことがばれたんだ。結果、ある娯楽に命を懸ける、『熱い奴等』3名だけが残ったわけだ。これが『特殊な部隊』最強の部の創設を叔父貴に決断させた」

 かなめの少し自分の常識とは異なる見方に、誠はもうすでに慣れている自分に気づく。

「その『熱い奴等』の娯楽が『釣り』ですか?」

 そうあって欲しくない願望を込めながら誠はそう言った。

「そうよ!私達の運用艦『ふさ』を支えるのは『釣り』と、『海産物』に対する絶えざる情熱に燃える『釣りマニア』達!私達ブリッジクルーである『運航部』と島田君の『技術部』、そして『偉大なる中佐殿』を『神』と仰ぐ誠ちゃん達『機動部隊』以外のすべての業務は、彼等『釣りマニア』によって行われているのよ!」

 誠の背後からアメリアの誇らしげな熱弁が響いた。

「僕はクバルカ中佐を『神』認定してないですよ。かわいくて『萌え』ますけど……あまりに『体育会系』過ぎて」

 そんな誠の反論は三人の女性の上官達に完全に無視された。

「奴等『釣りマニア』達は、その釣りへの『愛』のために迫害を受けた、悲しい過去を持つ人間達だったんだ。この遼州同盟各地から『釣りへの愛』で人生が壊れた『釣りバカ』が集まり、全宇宙最強の部隊、『司法局実働部隊艦船管理部』、通称『釣り部』が生まれた」

 誠の脇でカウラはそう情熱的に語った。カウラと同じく『娯楽』で人生を棒に振っている仲間意識がその言葉から感じられた。

 カウラは珍しく感情をあらわにして情熱的にしゃべり続ける。

「人生のすべてを投げうって、ただひたすらに『釣り』に打ち込むその姿。それが奴等の共通言語だったんだ。国境も人種も関係なかった。そしてこの『多賀港』は奴等にとって天国だった。豊かな海、手つかずの山野が奴等の情熱に火をつけた。ここに一大『釣りマニア』の天国を作ろう。奴等はそうして自分の不幸な過去をすべて封印してそう誓い合ったんだ」

 エメラルドグリーンのポニーテールの下の素晴らしいカウラの笑顔に誠は引き込まれた。言っていることはどうにもおかしなことだったが。

「確かに……『釣り』と『海産物』は……どこにでも好きな人がいて、それでとがめられることはあまりないですからね。でもどれくらい投げうったんですか?『釣り部』の人達」

 とりあえずカウラにこれ以上しゃべらせると何を言い出すかわからないので、誠は隣でタバコを吸っているかなめに向けてそう言った。

「大したことじゃねえよ。釣りのために家族を捨てたり、戦場で持ち場を離れて釣りをしていたり、釣りができないと破壊活動をしたくらい。大したことじゃねえだろ?普通だろ?」

 かなめはカウラ以上にヤバい。誠は彼女のあまりにも普通な口調に恐怖した。

「いつまで遊んでるの!こっちよ!」

 遠くからアメリアの叫び声が誠の耳に届いた。

「自分が最初に誠の素直な疑問に火をつけたのに……アメリアさんは勝手だな」

 ひとり呟いた誠の肩をかなめとカウラが叩いた。

『だから、奴は『少佐』なんだ』

 二人のステレオの言葉に誠は打ちのめされながらアメリア達の待つ岸壁へと向かった。

 そこには、まるで巨大な壁のように見える接岸している運用艦『ふさ』の姿があった。

「こいつは本来、ゲルパルト連邦共和国、高速巡洋艦『ローレライ級』2番艦なんだ。全長365メートル。そして水面から聳え立つその高さは、大体20階建てのビル程度だ。まあ、『ローレライ級』は1番艦『ローレライ』が『足が早いだけの使えない艦』として、就航2年で退役して、建造が中断していた余った船に隊長が目を付けたわけだがな」

 『ふさ』に歩み寄る誠の背後からカウラはそう言って『ふさ』の説明をした。

「この艦も……『特殊な部隊』しか使ってくれない『珍兵器』なんですね?」

 誠は立ち止まり、背後のかなめとカウラに向かってそう言った。

「あたりめえじゃん。うちは『人材』から『兵器』まで全部『あまりもの』。なんでも『有効利用』する『遼州人気質』を表してるんだ。すげえだろ」

 かなめの言葉に誠は呆然自失として二人を見つめた。

「『ふさ』では毎日、新鮮な『海産物』ばかりの食事になるが……神前。貴様は嫌いな『海産物』はあるか?」

 まったく無表情でカウラはそう言った。

「特に無いです」

 誠に言えることはそれだけだった。

 呆れるにはあまりにもひどいありさまだったからだ。
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