上 下
1,074 / 1,473
第29章 不吉なる演習場

デジャブのような光景

しおりを挟む
 本部の玄関で一人誠はたそがれていた。昨日は普通に寮に帰ったが今日はいつものメンツに島田、サラ、パーラを加えての飲み会だった。夏の夕方の粘りのある空気が体にまとわりつく。島田とサラはパーラの大型の四輪駆動車に乗せられて先に店に向かっていた。

 誠も同じように乗せてくれるように頼んだが、かなめの銃が恐い三人は完全に誠の意思を無視して出かけてしまっていた。

 ぼんやりとラフなTシャツにジーンズ姿の誠は空で鳴いているカラスと同じくらいさみしい気持ちで立ち尽くしていた。運航部の士官の女子や技術部員達が、誠をかわいそうな生き物を見る瞳で見つめているのが心に刺さる。

「なんでこんなに飲み会ばっか……まあ嫌いじゃないけど」

 誠がぼやいているところに大きな影が現れた。

「お待たせ!誠ちゃん!」

 こんなに孤独が似合う青年と化した誠に平然と声をかけられる図太い神経の持ち主はアメリア・クラウゼ少佐のほかになかった。

「アメリアさん……」

 焼けつく階段に腰かけていた誠はよろよろと立ち上がった。

「だんだん様になってるみたいじゃないの、シミュレータ。史上最低のド下手返上、あり得るかもよ」

「だといいんですけど……」

 誠は立ち上がって、アメリアの身長が186㎝の誠とほぼ同じであることを確認して大きくため息をついた。

「なに!そのため息は!人を『東都タワー女』だとか思ってるでしょ!なんで赤くないんだとか思ってるでしょ!」

「思ってませんよ!」

 意味不明な怒り方をするアメリアに閉口しながら誠はあたりを見回した。

「来たみたいね」

 そう言ってアメリアは誠背後の誰かに向けて手を振る。誠はアメリアの視線の先を確認しようと振り向いた。

 アスファルト舗装された道を銀色の車が近づいてきていた。恐らくはかなめかカウラが運転している。

「何度見てもレトロな車ですね……」

 その銀色のセダン。運転席にはカウラ、隣にはかなめが座っている。

「そうよね。うちでフルスクラッチした車だからね。まあ、本物は地球の日本だっけ。この東和の元ネタの国で博物館にでもあるんじゃないの。遼州の環境基準は20世紀の地球並みにユルユルだからこうして走れるけど、地球じゃ排ガス規制で絶対走れないわね、公道は」

 アメリアの言葉の意味を考えながら悩んでいる誠の目の前で車は停まった。

 運転席の窓を開けたカウラが口を開く。

「乗れ……あと、アメリア……余計なことは言わなかったろうな?」

 そのカウラの目は殺意が篭っていた。

「言ってないって!カウラちゃんが誰かと結婚して子供ができたら間違いなくパチンコに熱中した結果、保護責任者遺棄致死で逮捕されるなんて……」

「そんな話していませんよ!」

 アメリアに任せておくと何を言い出すのかわからないので誠は強引に定位置と化した後部座席のドアを開けた。

「じゃあ、王子様。どうぞ」

 そう言ってアメリアは開けたドアの前で手招きする。仕方なく誠はそう広くはない後部座席に体をねじ込んだ。誠と同じくらいのでかさのアメリアがその隣に座る。当然後部座席は大柄の二人が座るのには狭すぎるという事だけは誠にもわかった。

「出すぞ」

 そう言うとカウラは自動車を発進させた。

 車はゲートを抜け、工場内を出口に向かう道路を進んだ。カウラは上手な運転の見本のような運転をしている。

「運転お上手ですね……」

「貴様が下手なだけだ」

 カウラは誠をバックミラー越しに見ながらそう言った。車は工場のゲートを抜けていく。

「慣れてきたろ?少しはリラックスしろよ」

 かなめはそう言って自分の後ろに座る誠を見てニヤリと笑う。

「僕の最初に西園寺さんと模擬戦の時に出た力って……なんなんです?答えてくれないんですよね?」

 誠は戸惑いの色を浮かべながらかなめを見つめた。

「とりあえず今のところはね……いずれ分かるわ」

 そう言ってアメリアは笑った。

「力なんて関係ねえよ。オメエは落ちこぼれのように見えて落ちこぼれじゃねえ。だからアタシ達はオメエを気に入った。そんだけだ。カウラ、いつもの」

 そうかなめが言うとカウラは仕方なく横の時代物のオーディオを操作する。

 カウラがそこだけは今時の車らしい操作パネルをいじるとドラムの響きが車内に響く。

「いつもこの人の曲なんですね」

 誠は少し呆れたようにそう言った。すぐにムキになったかなめが助手席から身を乗り出して誠をにらみつけてくる。

「かなめちゃんが言うにはなんでも大昔の地球でデビューして生涯歌い続けた……特に『人として生きるのに疲れた女性の戦いの姿』をテーマにしているわよ……その女性アーティスト……あくまでかなめちゃんの受け売りだけど」

 アメリアは誠の耳元でそうささやいた。

「そうだよ、別に具体的に戦いのテーマがあるが、それは戦闘中にアタシが流すからな……それが流れてないと命中精度が下がるんだ」

 そう言ってかなめは静かに銃の入った革製のホルスターを叩いた。

 誠はようやく始まった伴奏にようやく音楽性を感じた。それ以外は特にただの歌謡曲と同じような歌。その程度に思っていた。

 女性ボーカルの唸るような絶唱を聞きながら、誠は豊川駅前の商店街をカウラの『ハコスカ』に乗せられて走っていた。

「……何度聞いてもいいねえ……やっぱり歌は古いのに限るな。しかもフォーク限定」 

 かなめはそう言うと助手席から伸びをしながら駐車場に降り立つ。誠は後部座席で身を縮めて周りを見渡した。地方都市の繁華街の中の駐車場。特に目立つような建物も無い。

「貴様の趣味の押しつけがましさを何とかした方がいいな。私は会う人すべてにパチンコを勧めたりなどしないぞ!」

 運転席から降り立ったカウラは挑発するようにかなめを見つめる。黒いタンクトップに半ズボンと言うスタイルのかなめは、にらみ返して唾を飛ばしながらカウラに食って掛かる。 

「別にいいだろ?音楽の趣味が合わねえと人は死ぬのか?……って神前!いつまでそこで丸まってるんだ?」 

 誠は後部座席の奥で手足をひっこめて丸まりながら二人を眺めていた。

「西園寺がシートを動かさなければ神前は降りられない。そんなことも分からないのか?」

 赤いTシャツ姿のカウラが噛んで含めるようにかなめに言った。 

「すいません……」 

 誠は照れながら頭を下げる。その姿を見たかなめはめんどくさそうにシートを動かして誠の出るスペースを作ってやった。大柄な誠は体を大きくねじって車から降り立った。

 作り物のような笑顔で、カウラはようやく自由になった手足を伸ばす誠の姿を見つめている。一方、かなめはわざと誠から目を反らしてタバコに火をつけた。

「じゃあ、行くか?」 

 そう言いながらかなめは二人を連れて歩き出した。

「島田先輩達……もう始めちゃったかな?」 

 無表情に鍵を閉めるカウラにそう話しかける。ムッとするようなアスファルトにこもった熱が夏季勤務服姿の誠を熱してそのまま汗が全身から流れ出るのを感じた。

「別に問題ないだろ?いつものことだ」 

 そうは言うものの、カウラの口元には笑顔がある。それを見て誠も笑顔を作ってみた。

「何二人の世界に入ってるんだよ!これからみんなで楽しくやろうって言うのに!」 

 急ぎ足のかなめに対し、カウラはゆっくりと歩いている。誠はその中間で黙って立ち止まった。

「貴様は本当に短気だな」

 そう言うとカウラは見せ付けるように足を速めてかなめを追い抜いた。 

「分かってるよ!そんなことは!」 

 かなめはそうそう言うと手を頭の後ろに組んで歩き始める。駐車場を出るとアーケードが続くひなびた繁華街がそこにあった。誠は初めての町に目をやりながら一人で先を急ぐカウラとタバコをくわえながら渋々後に続くかなめの後を進んだ。

「じゃあ、誠ちゃん。行きましょう」

 かなめ達に続いてアメリアが歩き出す。誠もアスファルトの上の熱波にのぼせながら歩き続けた。

 店はいつもの『月島屋』だった、煙がもうもうと上がる様がすぐに目に入る。

「たぶん島田達が占拠してっから大丈夫だろ」

 かなめの言い回しに嫌な予感を感じながら誠は店の縄のれんをくぐった。

「こら!この外道が!」

 店の中では女子中学生が心張棒でかなめを殴っているところだった。当然、かなめは銃を抜いている。

「小夏!今日こそ死にたいらしいな!撃つからな!撃つからな!」

 かなめは左手で攻撃を避けながら銃口を少女に向けつつ叫ぶ。

「撃つも何も……マガジン入ってないじゃないか……」

 あっさりとカウラがそう言うとそのまま島田達三人が座っているカウンターに席を下した。

「はい、隣が誠ちゃんで、その隣が飼い主のかなめちゃん。アタシは手前でいいわ」

 ここはお姉さん&上官スキルでアメリアが仕切って見せた。

 結果、一番奥からパーラ、島田、サラ、カウラ、誠、かなめ、アメリアと言う形で焼鳥屋のカウンターは占められることになった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 『修羅の国』での死闘

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第三部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』は法術の新たな可能性を追求する司法局の要請により『05式広域制圧砲』と言う新兵器の実験に駆り出される。その兵器は法術の特性を生かして敵を殺傷せずにその意識を奪うと言う兵器で、対ゲリラ戦等の『特殊な部隊』と呼ばれる司法局実働部隊に適した兵器だった。 一方、遼州系第二惑星の大国『甲武』では、国家の意思決定最高機関『殿上会』が開かれようとしていた。それに出席するために殿上貴族である『特殊な部隊』の部隊長、嵯峨惟基は甲武へと向かった。 その間隙を縫ったかのように『修羅の国』と呼ばれる紛争の巣窟、ベルルカン大陸のバルキスタン共和国で行われる予定だった選挙合意を反政府勢力が破棄し機動兵器を使った大規模攻勢に打って出て停戦合意が破綻したとの報が『特殊な部隊』に届く。 この停戦合意の破棄を理由に甲武とアメリカは合同で介入を企てようとしていた。その阻止のため、神前誠以下『特殊な部隊』の面々は輸送機でバルキスタン共和国へ向かった。切り札は『05式広域鎮圧砲』とそれを操る誠。『特殊な部隊』の制式シュツルム・パンツァー05式の機動性の無さが作戦を難しいものに変える。 そんな時間との戦いの中、『特殊な部隊』を見守る影があった。 『廃帝ハド』、『ビッグブラザー』、そしてネオナチ。 誠は反政府勢力の攻勢を『05式広域鎮圧砲』を使用して止めることが出来るのか?それとも……。 SFお仕事ギャグロマン小説。

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

処理中です...