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第12章 卑怯者の挽歌

騙し討ち

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 着陸時のパルスエンジンを絞り込んだ振動がクリスの体を包んだ。格納庫の前、すでに連隊所属の二式の起動は完了していた。本部前には楠木がホバーに乗り込もうとする歩兵部隊に訓示をしている。

「出撃ですか? 難民保護の為? 」 

「なあに、右派民兵組織を殲滅させる為ですよ 」 

 そう言って振り向いた嵯峨の目が残忍な光を放つ。

「戦闘を仕掛けるつもりなんですか? でもそれでは共和軍を刺激して難民達が巻き込まれることになるんじゃあ…… 」 

 クリスが叫ぶ声はコックピットを開く音に飲み込まれていった。ホバーに乗り込む楠木の後ろにハワードがカメラを片手についていくのが見えた。

「現在、右派民兵組織は共和軍とは別の指揮命令系統で動いていることは確認済みでしてね。そして先ほどの会談で難民の移動が完了するまで共和軍は右派民兵組織への支援は行わないと言う確約を受けた訳で…… 」 

 コックピットを開いて振り返る嵯峨。その不気味な笑みに背筋が凍るのを感じるクリスだった。

「それじゃあまるでだまし討ちじゃないですか! 」 

「『まるで 』じゃないですなあ。完全なだまし討ちですよ 」 

 コックピットから降り立った嵯峨が四式の掌で濁った瞳をクリスに向けてきた。

「隊長! 出撃命令を! 」 

 二式のコックピットから身を乗り出す明華の姿が見える。

「待てよ。それより俺の馬車馬どうなってる! 」 

 クリスは後部座席から体を引き抜いた。そしてそのまま嵯峨と同じように四式の掌に降り立つ。

「ああ、それなら菱川の技術者の人が最終調整をしているはずよ 」 

 明華はそのままヘルメットを被る。

「隊長。ご無事で 」 

 四式から飛び降りた嵯峨とクリスに向かって歩いてきたつなぎの整備兵はキーラだった。そしてその後ろに冷却装置の靄に浮かんだ黒いアサルト・モジュールの姿が見えた。

「これが……? 」 

 クリスは見上げた。その周りを青いつなぎの菱川重工業の技術者達が駆け回っている。キーラはそれを見ながら複雑な表情を浮かべていた。

「これが特戦3号計画試作戦機24号。コードネーム『カネミツ 』です 」 

「まじでそれにすんのか? 」 

 クリスに話しかけていたキーラの一言に背広を着た菱川の研究員と言葉を交わしていた嵯峨が振り向いて叫ぶ。 

「我々もそのコードネームで呼んでいましたから 」

 嵯峨と話していた責任者らしい菱川の研究者もそう言っている。 

「マジかよ。そんな気取った名前なんてつけなくても良いのに 」 

 嵯峨は嫌そうに自分の機体を眺めた。ダークグレーの機体。その右肩のエンブレムは嵯峨家の家紋『正親町連翹』。そして左肩には顔のようなものが描かれている。 

「嵯峨中佐。あの左肩の顔……いや面のような…… 」 

「あれですか。あれは日本の能に使われる面でしてね『武悪 』と言うんですよ 」 

 嵯峨は振り向くとそう言いきった。

「武悪? 」 

 思わずそうたずねたクリスを振り返ってまじまじと見つめる嵯峨。

「俺は悪党ですから 」 

 そう言うと嵯峨はゆっくりとその黒い機体に向けて歩き始めた。

「ホプキンスさん。どうします 」 

 ただ立ち尽くしているクリスに振り向いた嵯峨は子供のような無邪気な笑みを浮かべて尋ねてきた。

「別に良いんですよ。俺がシャムを今回の作戦から外した訳もわかったでしょ? 今回はかなり卑劣な手段を取らせてもらうつもりですから。なにせ人民派ゲリラの中にはうちとは組みたくないと言ってる連中も居ますからね。それに対する牽制も兼ねて今回はかなり卑劣な作戦になる予定なんで 」 

「その機体は複座ですか? 」 

 クリスが搾り出した言葉にすでにパイロットスーツを着ていた菱川の技術者が戸惑っている。

「菱川の人。今回はデータ収集は後にしてくれますか? 」 

 その嵯峨の言葉に青いつなぎの菱川の社員は一歩引いた。クリスは嵯峨の隣に立った。エレベータが上がり、冷却装置で冷やされたカネミツから白い蒸気が上がる中、コックピットの前に到着する。端末を片手に駆け上がってきてコックピットを覗き込んでいたキーラが顔を向ける。彼女は出来るだけ感情を表に出すまいとしている。クリスは彼女を見てそう思った。

「火器管制ですが…… 」 

「まあ良いよ、実戦で調整するから。それより四式のオーバーホール頼むぜ。もうちょっとピーキーにした方が俺には合ってるみたいだ。遊びがありすぎてどうも 」 

「わかりました 」 

 クリスから顔を背けるようにしてキーラは降りていく。

「あいつが責任感じることじゃねえんだがな 」 

 嵯峨は頭をかきながらクリスに後部座席に乗るように促す。コックピットに入るとひんやりとした冷気がクリスの体を包んだ。嵯峨はそれでも平気な顔をして七分袖のまま乗り込んでくる。
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