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第10章 混沌の戦場

対立と交渉

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「こいつはどうも 」 

 降りてきた基地の幹部に嵯峨は敬礼をする。初老の共和軍の中佐は怪訝そうな視線を嵯峨に送る。

「嵯峨惟基中佐。難民の件で話をしたいとのことだが…… 」 

「やっぱり基地司令は出てきませんか。それじゃあこっちから出向きましょう 」 

 そう言って歩き出そうとする嵯峨の前に運転してきた士官が立ちはだかる。

「貴官の要求は基地司令に聞かせる! このまま帰りたまえ! 」 

「このまま帰れだ? なんなら帰るついでにここを血の池地獄に変えても良いんだぜ 」 

 これまでと明らかに違うどすの利いた恐喝染みた口調の嵯峨。一同は明らかに怯んでいる。嵯峨はさらに追い討ちをかける。

「あんた等は状況がわかってるのかよ。あちらの三派の機体。そして俺とあの白い機体。現状じゃあこの基地を攻撃できる機動部隊は二つはあるってこと。それにあの難民の群れだ。ここの基地の鉄条網が破られたら乱入してきた難民になぶり殺しにされることくらい考えが回るんじゃないの? 」 

 仮面の下だが、クリスはその口調から嵯峨が下卑た笑いを浮かべていることが想像できた。

「ならなぜこれまで攻撃してこなかった! 」 

 白いものの混じる髭を直しながら、どうにか体勢を持ち直した少佐がそう叫んだのは無理も無いことだった。

「あのねえ、ここを攻撃するのは簡単ですよ、それは。だけどねえ、北兼台地の入り口であるここを維持するのは俺も難しいと思いますよ。うちが何機のアサルト・モジュールを持っているかは言うまでも無くそちらさんでつかんでいるでしょうが、もしここをすぐに北兼台地制圧の拠点にしようと思えば、この馬鹿みたいに目立つ台地の上、さらに街道の周りには障害物は何も無い。南部に見える山岳地帯の稜線沿いに砲台を並べりゃこの基地は良い的だ。本気でここを守るにはざっと見てあと3倍のアサルト・モジュールが必要になる 」 

 そう言うと嵯峨は再びタバコに火をつける。

「一方、俺がここを攻めたとして近隣地域制圧のために必要な歩兵部隊、治安維持に必要な憲兵部隊、それに右派民兵の奇襲に備えての機動部隊。必要になるものばかりですわ。とてもじゃないが、今はこの基地は落とせないっすよ。今はね 」 

 『今は 』と言うことを強調する嵯峨。共和軍の少佐は言いたいことが山ほどあると言う表情で嵯峨をにらみつける。

「怖い顔しないでくださいよ。俺はシャイなんでね。だからこんな仮面をつけないと…… 」 

「ふざけるな! 」 

「そうですか 」 

 聞き分けの無い子供をあやすような声を漏らした後、嵯峨はヘルメットに手を当てた。将校が、しまったと言う顔で嵯峨に手を伸ばす。だが、嵯峨は何事も無かったようにヘルメットを脱いだ。悪戯を咎められた子供のような視線が共和軍の士官達を射抜いた。

「まあ、何度も言ってますが、喧嘩しに来たわけじゃないですからね 」 

 足元に手にしていたヘルメットを放り投げる嵯峨。

 共和軍の士官の顔が青ざめた。目の前にいるのはニュース映像でもよく出てくる北兼軍閥の首魁、嵯峨惟基のそれだった。

 なぜ彼が奇妙なヘルメットを被っていたのかは、先ほど逃げ出した兵士から聞かされていたようでその足はがたがたと震えている。

「なんすか? 取って食うわけじゃ無いんですから。いい加減、司令官殿にお目通りをお願いできませんかねえ 」 

 クリスは一向に嵯峨がヘルメットを拾いそうにないと見てそれをまた持ち上げた。今度は嵯峨は彼に見向きもしない。その視線は共和軍の初老の佐官に送られている。

「それでは少し待ちたまえ 」 

 そう言うと佐官は車の中の兵士に目配せした。

「あと、あそこの勇者も仲間に入れてやったほうが良いんじゃないですか? 」 

 嵯峨はタバコの煙の行く先で押し問答を続けている東モスレム三派の英雄、アブドゥール・シャー・シン中尉の機体に目を向ける。

「わかった。これから調整する 」 

 佐官はそのまま無線機に小声でささやいている。嵯峨はそれを満足げに眺めながらタバコをくゆらせる。
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