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第17章 極道の矜持

極道の矜持

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 赤松の指示は愚直に実行に移された。丸腰の自分達を襲撃するものが無いのは陸軍・海軍の憲兵隊の監視によるものだと明石は気づいていた。現にいつもどおりの訓練を終え帝都西城基地でアサルト・モジュールから降りてそのまま着替えをするために更衣室にたどり着く間に憲兵章をつけた兵士と5人もすれ違うことになった。

「父上の配慮でしょうか?」 

 更衣室から出てきた明石を迎えた楓はそう言うとにこりと笑う。あまり笑顔と縁がないと思っていた少女の表情の変化に明石も苦笑いを浮かべた。

「ワレの親父さんが憲兵隊に在籍していた時期があったのは知っとるけど……今でも影響とかあるんか?」 

 そんな明石の言葉にあいまいな笑みを浮かべる楓。

「おう!いたか!タコ!」 

「誰がタコやねん!」 

 突然背後から声をかけられて明石はその声の主の魚住の頭を思い切り押し付けた。2メートルを超える長身を誇る明石の手を載せられてもがく魚住。

「魚住中佐。何か事件でも?」 

「ああ、正親町三条の嬢ちゃんも一緒か?なら話は早いな。端末を起動してくれ」 

 明石の手を振り解いた魚住の言葉に二人は腕の端末を開いた。休憩所にたどり着き、各種のデータを検索したがそこに出てくるのは一人の男の話題だった。

「とうとう腹を決めてくれはりましたな」 

 画面で演説をする男。西園寺基義の姿に明石は安堵しているようなため息をついた。

「そうだな。とうとう本命が出てきたわけだ。しかしタイミングが……こりゃあ荒れるかもしれないな」 

 じっと画面を見つめている楓を一瞥すると魚住がそう言って明石を見上げる。巨漢の明石から比べればかなり小柄な魚住。そんな魚住の向こう側にも広がるパイロットの待機室には数多くの先客がいる。誰も彼も自分の端末に目をやり緊迫した状況に頬を震わせている。

『……であるからして。同盟諸国との連携を図る必要があると考えるわけです』 

「ふざけるな!」 

 一人のパイロットスーツの将校が腕の端末を取り外すと床に投げ捨てた。周りの人々は彼に目をやる。同調するようなそぶりを見せるもの、嫌悪の念を視線に乗せるもの。

 明石はすでに矢が放たれたのを感じながら呆然と自分を見つめている魚住の方に向きなおった。赤松提督の子飼いの士官として名の売れている明石と魚住。明石は教導部隊の隊長としてこの場にいても自然だったが、その明石に魚住が会いに来ていることがこの場にいる烏丸派の将校達の視線を厳しいものにした。

「同盟との連携だ?なんであんな連中と手を組まにゃならんのだ?」 

「やってられるか馬鹿野郎。とっとと政治犯扱いで刑務所に放り込めよ」 

 端末を壊した士官の肩を叩いていた同僚達が明石達を見ながらつぶやいているのを聞いてこぶしを握り締める明石の背中を魚住が叩いた。

「挑発には乗るな。分かってるだろ?」 

 心配そうな楓の表情を見て明石は勤務服の胸のポケットからサングラスを取り出してかける。

「そやな。年金頼みの貴族連の腰巾着の……」 

 そこまで言ったところで端末を壊した士官は明石に走り寄ってきていた。彼が振りかぶった右のこぶしはすでに殴る体制のできていた明石には無意味だった。明石のストロークの短い左のジャブがパイロットスーツの士官の腹にめり込んだ。彼は何もできずにその一撃で意識を失い倒れこんだ。

「弱い犬ほど良く吼える……真理やなあ……」 

 さっと背筋を伸ばした明石。仲間を一撃で倒されて烏丸派の残りの二人の将校は後ずさりながら明石を見上げた。もともと闇屋から裏家業での生活の長い明石はこういう時の喧嘩の仕方は良く心得ている。そしてそれ以外にも二人の将校が読み間違えていることがあった。

「どこで喧嘩をしてるか分かっているのかねえ」 

「やっちまって良いですか?」 

「赤松公の慈悲で丸腰なんだよ俺らは。ついてるなお前等」 

 自動販売機に並んでいた技術士官やエアカーテンの中でタバコを吸っていたパイロット達。彼らも多くは赤松恩顧の兵士達だった。倒れた同僚を助け起こすこともできずに取り囲まれる二人。

「止めや!リンチはいかんで。なあ」 

 余裕の笑みで明石が二人を見下ろす。冷や汗を掻きながら状況を見守っている二人に魚住は気を利かせて気絶をしている最初に手を出した将校を抱えて手渡した。

「すまないねえ。明石は極道モンだから加減を知らなくて……」 

 そう言ってにやりと笑う魚住を見るとすぐに二人はようやく意識を取り戻して唸り始めたパイロットスーツの士官の肩を取るとそのまま引きずって廊下へと消えた。

 周りの西園寺派の将校達は納得したようにあたりに散る。そんな様子を楓はただ呆然と見守っていた。

「お嬢。このくらいでびびっとったらいくら心臓が丈夫でもおかしくなるで」 

「いえ、殴っても良かったんですか?ああ言う手合いは。僕はその……判断がつかなくて……」 

 そう言って笑いながら指の関節を鳴らす楓に明石は改めて彼女があの嵯峨惟基の娘であることを確認していた。
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