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第13章 厄介なお出かけ

関係

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「でも……吉田少佐とシャムちゃん……どんな関係なのかしら?」 

 突然のアイシャの問題提起に静かにかなめが目を開く。

「男女関係って訳じゃ無いよな……吉田はそれなりに名の知れた傭兵だ。甘い戦友としての友情なんてもんでも無いだろうしな……」 

 かなめの言葉に誠も静かに頷きながら目の前に見える白く雪を湛えた山脈を臨んだ。

「次の交差点を右だ」 

 流れていく景色を薄目を開けて眺めていたのか。かなめがぼそりと呟いた。

「便利ね……人間ナビ」 

「殺すぞ」 

 冷やかすアイシャにかなめは殺気を向ける。誠はただ代わり映えのしない冬枯れの森の景色を見ながらそれを瞬時に判断するかなめに感心していた。

「山道になるな……路面は大丈夫か?」 

「先週は……この辺も雪だったらしいからな。まあ速度は落としておいた方が良いな」 

 かなめのアドバイスにカウラはギアをさらに落としてそのまま対向車の居ない交差点を大きく右にハンドルを切る。後輪を空転させながら爆走するスポーツカー。誠はカウラのテクニックを信じて木々の根元に雪の残る山道の光景を眺めていた。

「でも……こんなに寒いところに来るなんて……」 

「あの餓鬼の故郷はもっと寒いんだ。平気なんだろ」 

 それとないアイシャの心配もまるでどうでも良いことのようにかなめは切って捨てると窓の外にそのタレ目を向ける。森の奥深くまで見通せるのは落葉樹の葉のない木々で覆われた森だからこそ。その森の奥深くは根雪となった雪が視界の果てまで続いていた。

「こんな景色……私、コロニー育ちだからわくわくするわ」 

「そうか?写真や映像で腐るほど見て飽き飽きしてたところだ」 

「そうね、かなめちゃんならそうかも。その重い義体じゃあ雪の中で動き回るのは難しそうだし……それにスキーとかもしないんでしょ?」 

「オメエもしねえじゃないか」 

「出来ないのとやらないのはまるで意味が違うわよ」 

 どうでも良いことで言い争いをする二人を見ながら誠は少しばかり安心していた。シャムの動揺はそれとして他の面々までいつもの調子は失ってはいない。これならシャムを笑顔で迎えられる。そう思うとなんだか誠はうれしくなっていた。

「神前……何か良いことでもあったのか?」 

 バックミラーに誠の笑顔が写っていたようでカウラが笑顔でつぶやく。

「うちはみんなで一つのチームなんだなって」 

「みんなで一つ?よしてくれよ。こんな腐ったのと一緒にされたら迷惑だ」 

「私は腐ってはいません!」 

「いいんだよ!そんなこと!」 

 アイシャとかなめのやりとりはあくまでいつも通りだった。上り坂が終わり、急に道が下り始める。

「まもなくだな」 

 自分に言い聞かせるようなカウラの静かな声に気づいて周りを見た誠の目にこれまでの明るい森とは違う暗い森、針葉樹の濃い緑色が飛び込んできた。

「菰田の奴……うまくやってくれてるかねえ……」 

「何してるの?」 

 それとなく振り返るアイシャの目に革ジャンの下のホルスターから愛用の拳銃XDM40を取り出すかなめの姿があった。

「あれだ、相手は猛獣だからな……40S&Wじゃ力不足かねえ……カウラ!後ろのトランクにショットガン積んであったろ!」 

「お前は何がしたいんだ……あれは下ろした。クバルカ実働隊長からの指示だ」 

 苦笑いとともに答えるカウラにかなめが渋い表情をする。その姿があまりに滑稽に見えた誠が吹き出しそうになるが、かなめの一睨みでそのままおずおずと視線を外に向けた。

 車の速度は制限速度に落ちていた。それもそのはず、急激なクランクが次々と行く手に現われ、制限速度でも十分後輪は横滑りをするほどの状況だった。

「カウラちゃん……かなめちゃんじゃないんだからもっと穏やかに行きましょうよ」 

「私は穏やかに運転しているつもりだ。ちゃんとメーターを見ろ。制限速度は守っているだろ?」

「確かにそうなんだけどねえ……もう、私の周りはどうしてこう言う面々ばかりなのかしら……誠ちゃんの苦労も分かるわ」 

「オメエが一番苦労させているように見えるがねえ……」 

 自分をなだめすかすように愚痴るアイシャに一言入れるとかなめの表情が厳しくなった。

「おい、レンタカーが一台……この先1キロだ。連絡があった西字天神下に停まってやがる……あの馬鹿!見つかりやがった!」 

 おそらく自動車のGPSシステムに介入しているからだろう。瞬時にそう言ったかなめにさすがのアイシャの表情も硬くなった。

「レンタカー……ハイカーさんかなにかだとやっかいだわね」 

 そのままアイシャは親指の爪を噛みながら続くカーブの先を睨み付けている。誠は部隊配属直後の事件が頭をよぎった。

「あのー……法術反応をたどってどこかの組織が動いているとか……」 

 心配そうな顔の誠を瞬間あきれ果てたと言う顔でかなめが見つめる。そして彼女は大きくため息をついた後軽く誠の左肩に手を置いた。

「あのなあ……どこの世界にレンタカーで巨大な熊の護衛付きの法術師を拉致しようって馬鹿がいるんだ?それもこの業界じゃあ使い手で知られた遼南帝国青銅騎士団団長のナンバルゲニア・シャムラード中尉だぞ?」 

「でも暴力団とかの素人連中に実行を依頼しているとか……」 

 あまりにも屈辱的だったのでムキになって叫ぶ誠に今度は同じように呆れた顔のアイシャが助手席から顔を覗かせる。

「そんな時間があったと思う?私達だってさっきまで知らなかった話じゃないの」 

 自分の珍しくした意思表示を完膚無きまでに叩きつぶされて誠は力なくぐんにゃりとうつむく。カウラはバックミラー越しにその様子を見ながらさすがに同情を感じているのか苦笑を浮かべている。

「次のカーブを曲がれば分かることだ……それと西園寺。レンタカーの会社のデータベースにハッキングして掴んだ情報を全部話せ」 

 素早くハンドルを切りながらカウラが呟いた。その言葉の直後に針葉樹の深い森が一瞬で途切れて大きな丸裸にされた丘が目に飛び込んでくる。

「車種は小型のファミリーカー。四駆じゃ無いからそれほど本格的な装備の奴じゃ無いと思うけどなあ……」 

 今度は開き直ったように銃をホルスターから抜いてスライドを引く。

「かなめちゃん……穏便に行きましょうね」 

 さすがのアイシャもこれはまずいとばかりに苦笑いを浮かべるが無情にも山の下に置かれた水色のハッチバックの車影は次第に近づいてくる。

「人気がないな……それにしても肝心のグリンは?」 

「見えるわよ……山の頂点」 

 アイシャが指さす先に小指の先ほどの茶色い塊がじっとしているのが誠にも見えた。

「本当に馬鹿だな……丸見えだぞ」 

「菰田が交通規制の偽情報を流している……この車でも確認できるからな」 

「冒険するわね……菰田君も。うちのカラーに染まってきてるってことかしら」 

 他人事のように呟くアイシャを一瞥した後、カウラは静かに枯れ草だらけの路肩に車を停めた。目の前には人気のない空色の小型車。どうにもハイキングなどの客が好みそうなはやりの新車だった。
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