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第13章 厄介なお出かけ

捜索

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 誠を見つけたアイシャは少しばかり不機嫌そうな顔をしていた。

「何してたのよ……これから手分けして……」 

「それより場所を絞り込む方法が分かったんです!」 

 誠の言葉にアイシャが首をひねる。食堂の奥に据え付けられようとしている端末を調整していたカウラと菰田も珍しそうに確信ありげな誠を見つめていた。

「あの人の故郷に近い場所ですよ!」 

「なに?西の戸川半島にでもいるの?そんな遠いところ私達じゃどうしようもないわよ」 

「違います!針葉樹の森です。あの人の故郷は針葉樹の森が深い場所ですから。この付近で杉とかを大規模に植えている場所にあの人は居ます!」 

 一気にたたみ掛けた誠の言葉にアイシャはいぶかしげな視線を向けるだけだった。

「いや、試してみる価値はあるな」 

 端末の調整を菰田に押しつけてカウラは立ち上がるとポケットから車の鍵を取り出す。

「カウラちゃんまで……まあこの人数なら豊川中の森を探せるでしょうから。まあ私とカウラちゃんと誠ちゃんは……」 

 アイシャはそのまま視線を端末を起動させたばかりの菰田に向けた。

「ちょっと待ってくださいね……針葉樹ですか……飯岡村の辺りが地図の記号では針葉樹が多いですよ」 

「それだわ……じゃあ私達はそちらに向かうから、後は菰田君が仕切ってちょうだい」 

 それだけ言うとアイシャはそのまま先頭に立って歩き出す。誠とカウラは少しばかり呆れながらその後に続いた。

「カウラちゃんの車で行くわよ……」 

 タバコから帰ってきたばかりで今一つ情報が読めないという表情のかなめを無視してカウラはそのまま玄関で靴を履き替える。慌ててかなめも下駄箱の隣にあるロングブーツに手を伸ばした。

「それにしても……誠ちゃん。なんでそんな針葉樹なんて」 

「あれです。シュペルター中尉が教えてくれたんですよ。彼は部隊員のメンタルまで気を使ってくれていますから」 

 誠の言葉に靴を履き替えていたカウラとかなめが顔を見合わせた。

「アイツが役に立つこともあるんだな……」 

「伊達に太っていないな」

「体重の分だけ仕事してくれればいいんだけど」

 ヨハンのことをかなめ、カウラ、アイシャはめちゃくちゃに言う。そんな態度を取られるヨハンに誠は少し同情していた。 

「酷いじゃないですか!あの人だって隊員でしょ!」 

「別に神前が怒ることじゃねえだろ?行くぞ」 

 かなめは自分だけブーツを素早く履くとそのまま立ち上がって駆け出す。

「それにしても意外ね……シャムちゃん。あれだけ吉田少佐のこと信じてるって言ってたのに」 

「それぞれ不安や思うところがあるんだろうな」 

 静かに立ち上がりアイシャとカウラは納得がいったというようにささやきあう。誠はそれを見ながらそのまま外に飛び出していったかなめの後を追った。道路はすでに頂点を通り過ぎた春の太陽の下、ぽかぽかとした空気に満たされていた。誠はその中を隣の駐車場に向けて歩く。

 すでに赤いカウラのスポーツカーの隣には革ジャンを着たかなめがいらだたしげに頬を引きつらせながら誠達を睨み付けていた。

「おい!あの馬鹿が人様に見つかる前に連れ戻すぞ!」 

 かなめの叫び声に誠は首をひねった。

「でもこの車にはグレゴリウスは乗りませんよ?」 

 誠の言葉にかなめは大きくため息をつく。

「あいつも空間転移で移動したんだ。帰るのもそれで行けば良いじゃねえか! ほら!ちんたらするんじゃねえ!」 

 かなめは駐車場の入り口付近で苦笑いを浮かべているカウラとアイシャを呼びつける。カウラは仕方なくドアの鍵を解除した。

「ほら、乗れ」 

 かなめは誠を無造作に車に押し込む。強力な軍用義体の腕力の前には大柄な誠も何も出来ずに狭いスポーツカーの後部座席に体を折り曲げるようにして押し込まれる。

「ご愁傷様ね、誠ちゃん。でも急いだ方が良いのは確かね」 

 助手席に乗り込んだアイシャの表情が厳しくなる。カウラは運転席に乗り込むとすぐにエンジンを始動、車を急発進させて砂利の敷き詰められた駐車場から車を出した。

「おいおい、飛ばすなよ……」 

 勢いに任せて後輪を振り回すようにハンドルを切るカウラに思わず重い義体を誠にぶつけてよろけながらかなめが呟く。

「カウラちゃんは仲間思いだからねえ」 

 狭い路地をかっ飛ばす様に若干はらはらした表情を浮かべながらなだめるように話すアイシャの言葉にそれまで無表情だったカウラの口元が緩んだ。

「我々戦うために作られた人間の数少ない美徳が仲間を思う気持ちだ……これは私も少しは自信がある」 

「いい言葉だねえ……仲間を思いやるか。アタシはアイツが連れてるデカ物がどんな騒動を起こしてアタシ等に迷惑かけるかしか考えてなかったけどねえ」 

「かなめちゃんも……素直じゃないんだから」 

 思わず振り向いてアイシャは誠にウィンクする。

 カウラはそのまま車を大通りに飛び出させる。強引な割り込み。誠もこんなに荒い運転をするカウラは初めてだった。そのまま制限速度を軽く超えて郊外に向けてスポーツカーはひた走る。

「この前の件で警邏の巡回時間を聞いといて正解だねえ……これでネズミ捕りにかかろうもんなら一発免停間違い無しだぜ」 

 苦虫をかみつぶした表情のかなめだが言葉の色は痛快極まりないと言う時のそれだった。誠はただ呆然としながらあっという間に街の半分を通過したことを知らせる市立商業の校舎を見つめていた。

「あの馬鹿のことだ……きっと見晴らしのきく高いところにいるぜ……馬鹿と煙はなんとやら……上から見えるってことは当然下からも見えるわけだ」 

「今の時期なら農作業とかしている人はいないかも知れないけど……あまり放置しているとまずいのは確かね」 

 かなめの言葉にアイシャはジャンバーのポケットから携帯端末を取り出す。かなめが目をつぶっているのは脳を直接ネットとリンクさせているから。誠は何も出来ずに通り過ぎていく景色を眺めるだけ。

『本部から各移動!本部から各移動!』 

「いつから本部になったんだ!キモオタ!」 

 軽快に台詞を決めてみたかったらしい菰田の通信にかなめが叫びを上げる。思わずアイシャと誠は顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。

「何か掴んだのか?」 

 運転しながらのカウラの言葉にアイシャの端末の中で冷や汗を浮かべている菰田がようやく立ち直って口元を引き締めて台詞を吐き出し始めた。

『ええ……まあ飯岡村の都道123号線の西字天神下を通過したドライバーから駐在所に何か大きな動物が尾根を歩いていたって言う通報がありまして……』 

「尾根を散歩だ?あの馬鹿!何考えてんだ?菰田、駐在が出るのにどれだけかかる?」 

 かなめの渋い表情に今度は菰田が満面の笑みを浮かべた。

『備品管理の村田がちょうどあそこの出身で、今日は実家にいるもんですから……』 

「何でも良い!適当なことを言って駐在を部落から出すな!良いか?一歩も出すなよ!出したら……」 

 血相を変えるかなめにすぐに菰田の自信はしぼんで跡形もなくなる。

『分かりました!なんとか足止めします……だから宜しく頼みますよ!』 

 やけになったような叫び声と共に菰田は通信を切った。

「さっきまで警察の本部気取りだったのに……」 

 クスクス笑うアイシャを見ながらかなめはにんまり笑ってそのまま腕を組んで座席にもたれかかる。ただ誠はその周りの景色の早く変わる様に緊張を続けていた。

「さっき警邏隊の状況は把握していると言いましたけど……白バイが流していたらどうするんです?」 

 おそるおそる呟く誠に要は満面の笑みを浮かべる。

「ああ、白バイはこの先にはいねえよ。南陽峠で族が集会を開いているという連絡が入っているはずだからねえ……忙しいんだろ」 

「かなめちゃん。警察無線に割り込んで嘘の情報を流したわね……」 

 呆れるアイシャだがカウラは満足げにアクセルを踏み込む。すでに市街地は過ぎて左右の景色は目の前の東都の西に広がる山脈の足下の観光客目当ての果樹園に変わっている。

「あの馬鹿……捕まえたらただじゃおかねえ!」 

「心配したり怒ったり……本当にかなめちゃんは忙しいわねえ」 

 のんびり構えているアイシャだが誠が見る限りその表情は硬い。

 誠も聞かされてはいるがシャムは遼南内戦でのエースとして熾烈な戦場を生き抜いたタフな心臓の持ち主である。そんなシャムがこれだけ周りに迷惑をかけることをやるほど追い詰められている。ある意味意外に思えた。

『信じているから』 

 周りが相棒の吉田の指名手配の話を振ってもその言葉と笑顔で返してきた元気なシャムの逃避行。誰もがあまりに突然で意外に思っているのは誠も感じていた。

「でも……なんでこんなことをしたんですかね……」 

「知るか!」 

 誠の言葉が出たとたんにかなめは叫んでそのまま狸寝入りを始める。

「吉田少佐の件とは無関係とは思えないけど……あの娘が突然居なくなるなんて……それ以外に何かあったとしか思えないわね」 

 アイシャの言葉にカウラも静かにうなづいた。

 ギアが下げられ、エンジン音が激しく変わる。道は緩やかに登りはじめた。一応国道だというのに道も左右の歩道が消えてすっかり山道という感じに変わっていった。
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