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第4章 捜索初日

魔都の飛び地

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 カウラは静かにハンドルを切った。高速道路から降りた車はそのまま走り抜けいつの間にか大きめの国道に入り込んでいた。一台として続く車は無い。そして下りた道路には街灯も無く、周りには明かりが一つとして灯らないビル群が現われた。

「薄気味悪い街ね」 

 思わずつぶやくアイシャの言葉に誠は自然とうなづいていた。まるで生気のない街。一時期の地球諸国の在遼州諸国に対する国債の償還停止処分でこの近くに巨大な工場を抱えていた製鉄会社が倒産した話を誠は思い出した。

「酷い街。だからこそアタシ等みたいな連中には住みやすい」 

 かなめはそう言うと窓の外のゴーストタウンを見て笑った。時折見せる、疲れたようなその笑いに誠はどこか彼女が遠くの存在になってしまうように感じられて不安になる。

 そのまま車は真っ暗な道を進んだ。時々すれ違う車はどれも地球製の高級車ばかり。明らかに富とは無縁のこの街の景色とは相容れない存在に見えるが誰もそのことを指摘することは無かった。

「そのまま真っ直ぐだ。そして突き当たりを右」 

 かなめは淡々とそう言うとそのまま窓の景色に視線を飛ばしてしまった。カウラはそんな身勝手に見える要を特にとがめることもなく車を走らせる。

「本当に不気味な街ね……ここって本当に東和?」

 皮肉めかしたアイシャの言葉。しかし誰一人その言葉に答えるものは無い。車はそのままヘッドライトの明かりが照らす範囲に突き当たりが見えたところで右にカーブする。

 突如その正面にビル群がが現われた。これまでの幽霊ビルとは違う確かに人の気配のする明かりの灯ったビル。そのきらびやかなネオンサインの並ぶビル群は背後の製鉄所の廃墟の中に浮かぶオアシスのように見える。

「まるで魔法ね。ここの住人は何者かしら?まともな神経じゃないのはわかるけど」

 再びのアイシャの独り言。誠は目の前の人の気配にようやく安心して呼吸を整えた。車の数が急激に増え、カウラは車の速度を落とす。両脇には明らかに派手なネオン街が広がっている。人通りもそれなりにある。歓楽街といった感じだが、歩く人の姿はどう見ても東都の歓楽街のそれとは違った。

 派手な化粧とドレスの女。スーツの男はどう見ても堅気とは思えない鋭い眼光で店の前でタバコをふかしている。

「らしい街だろ?情報屋が隠れ住むには」 

 かなめはにんまりと笑って生気を帯びた瞳で誠を見つめる。誠は数ヶ月前に初めて訪れた東都の湾岸に浮かぶ租界を思い出していた。

 ここは確かに租界によく似ていた。街を歩く人間はすべてアウトローを気取り、ネオンの下の女達は退廃的なけだるい表情で周りを見回す。あえて租界とこの街の違いを述べるとすれば、租界にいた同盟機構から派遣された兵士達の代わりに黒い背広の男達が街のブロックの角ごとに立っていることくらいだった。

「かなりやばそうな人がいるわね……かなめちゃんのお友達?」 

「友達になれるかどうかはこれ次第だな」 

 アイシャの皮肉にかなめはバッグを叩いた。カウラが乾いた笑みを浮かべるとそのままゆっくりとヨーロッパ製の高級車の停まる酒場の前で車を止めた。

「ここか?」 

 カウラの言葉にかなめは静かにうなづいた。

「面倒な事にならなければいいけど……」 

 助手席を跳ね上げ、皮肉混じりの笑みを浮かべながらアイシャが降りる。続いて降り立ったかなめは、にやけながら胸のポケットからタバコを取り出して火をつける。誠もまたアイシャの後に続いて淫猥な雰囲気が漂う街に静かに降り立つことになった。

 ビルの階下につながる階段の周りには黒い背広の男が数人雑談をしている。そしてその手が時々左の胸に触ることがあるのを誠は見逃さなかった。

「黙っていろ……この町の主人公達に嫌われたくないだろ?」

 それと無い笑みを浮かべながらかなめがつぶやく。カウラも明らかに顔を顰めてそのまま男達の脇を通り抜けて階段を下り始めた。

「東和は民間人の銃の所持は禁止されているはずだがな」 

「なに、どこにでも例外はあるものさ」 

 カウラの皮肉にもかなめは動ずることなくそのまま階段を下りきって街のごちゃごちゃした猥雑な空間とは無縁な洒落た雰囲気の踊り場からバーの重い扉を開いて店に入る。

 ピアノの演奏が心地よく響く空間。薄暗い明かりの中に客の姿はまばらだった。街を闊歩していた淫猥な雰囲気の男女とは少し毛色の違うどちらかと言えば上流階級にも見えそうな落ち着いた雰囲気のカップルの客が数人静かに談笑している。

 カウンターでは初老の物腰の柔らかそうなバーテンが穏やかな表情でシェイカーを振っている。

「外の下卑た風景とは別世界……と言うところかしら。かなめちゃんの言うこの町の主人公がいる場所ってことね」 

 アイシャがバーと呼ぶには広い店の中を見渡しながらつぶやいた。かなめは迷うことなく奥のボックス席を目指す。

「ここだ……とりあえず水割り三つとコーラ。当然モノはジュラの24年もので」

「ジュラねえ……私はスコッチはどうも」

「贅沢言うな、アタシの奢りだ」

そう言うとかなめはどっかりとシートに腰を下ろした。遠慮がちにアイシャはカウラとかなめを挟むようにして座ることになった。仕方なく誠はその正面に座る。

「さてそのお金を受け取るのは誰かしら?」

 去っていくウェイターを見送りながらアイシャは不敵な笑みを浮かべつつかなめの手にあるボストンバックを指さした。
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