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第2章 朝の実働部隊
夜明け前の出勤
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家庭の暖かさに頬を緩めながら引き戸を開けて外に出たシャムは、思わず襟首から入り込む冷気に身をちぢこめて耐えるしぐさをする。
「寒い」
遠慮なく吹き付ける北からの季節風にシャムは手に手袋が無いのを思い出した。バイクに乗るときには、基本、ジャケットのポケットから取り出したライダーグラブをつけるのが好きだったが、この寒さでは後悔するかもしれないという気になった。
「でも気合を入れなきゃね」
手のひらにはレザーの緊張感が走るが、指は当然剥き出しで、寒さは骨にまでしみる。
「馬鹿やってないで早くしよ」
そう言うと佐藤家の軽トラックの荷台の幌。その隣においてある自分の愛用のスクーターの隣の猫耳つきのヘルメットを被った。なんとなく暖かくなる顔。フルフェイスなのでこの季節風の中を走るのには適していた。
空には星が瞬いている。まだ空が白むには早い時間。
シャムが遠隔キーを操作するとバイクの方向指示器が黄色く点滅した。白い愛用の高出力電動モーターは部隊の整備班が班長の島田正人准尉の肝いりでチューンしただけあって快調に起動した。昨日磨き上げたその車体を眺めてシャムは寒さから一時解放されたかのようにほほ笑むと静かに彼女の低い身長に合わせたかのような小型バイクにまたがった。
「さてと」
そのままクラッチを握り駐車場の斜面に沿ってゆっくりと車輪を滑らせて商店街の歩道に乗り上げるとそのままライトをつける。
魚屋の香りに誘われて集まっていた三匹の猫が突然の光の筋に驚いて駆け抜けていく。
「ごめんね脅かして」
そう言うとシャムはグリップを握りこむ。緩やかに走り出すバイク。軽快なモーターの駆動音が眠ったベッドタウンの豊川市の市街地に響いた。
一気に加速をかけるとカスタムメイドのモーターは唸りをあげる。アーケードが途切れて住宅街を進み、誰も走るもののいない市の動脈といえる駅前から続く道を突っ走るシャムのバイク。その左右の家並みも次第にまばらになったころ、目の前に絶え間なく大型車の流れる幹線道路が現れた。
『産業道路』呼ばれるこの豊川市から東和都心へと向かう大動脈。シャムはためらうことなくそのまま青信号を左にカーブして車の流れに乗る。
「寒いよう……やっぱり毛糸の手袋とかにすれば良かった」
指先の感覚が無くなったりするのを後悔とともに感じながシャムのらバイクは走り続けた。左右には田んぼが広がり、ところどころには大型車目当ての大きな駐車場を持つドライブインが点々とする。東和の首都、東都ではごく当たり前の光景。大陸国の遼南帝国の山岳部族の一員として暮らしてきたシャムには珍しかった光景が並んでいる。
そのとき突然ヘルメットの中のイヤホンに着信音が響いた。ぼんやりとただ正面を眺めていただけのシャムの背筋が反射でピンと立ってしまっていた。
「突然……誰?」
『俺だよ俺』
「俺なんて知らないよ」
『ったく誰にそんな言い方習った』
困ったような声。その主はシャムにもわかっていた。冗談の通じない相棒のいつもの苦笑いを思い出すとシャムには笑みが浮かんでいた。
『いい加減にしろよ』
「わかってるよ。俊平どうしたの?」
第一小隊三番機担当の吉田俊平少佐。全身義体のサイボーグである彼のネットと直結した意識はシャムのヘルメットの猫耳に仕込まれたカメラで薄明かりの中をバイクを走らせているシャムの視線を読み取っていた。
「アタシのすることはいつもお見通しなんでしょ?で、何か用なの?」
『ああ、今朝の畑仕事だが警備部の連中が手伝ってくれるそうだ』
吉田が『警備部』の話題を切り出したことで彼がおそらくは何事かがあって隊に泊まっていたことを知ってシャムは少しばかり不安になったが、それよりも今のような寒い時期に畑の人手が確保できるのがうれしくてさらににこやかに言葉をつづけた。
「そうなんだ。助かるね……機動部隊に動員かけるとかなめちゃん達は嫌がるから誰かに頼みたかったから」
シャムはそう言うと赤に変わった信号の手前でバイクを止めた。背後に巨大なトレーラーが止まる気配を感じる。なぜかそのヘッドライトで背中を照らされて少しばかり暖かくなった気がしてさらにシャムの機嫌は良くなっていた。
『それで……警備部の連中はほとんどがコロニーか外惑星の出身だろ?それだとどうせ植物なんてネットでしか見たことがない連中だから……どれだけ役に立つか微妙なところだがな。とりあえず草でも抜かせるか?』
苦々しげな吉田の様子を想像してシャムは少しばかり意地悪そうに笑いながら静かにバイクを発進させる。ゆっくりとバイクは加速して基地のある菱川重工業豊川工場の手前の信号を通り抜けた。
「この時間に草抜きは……野菜とか抜かれちゃったら大変だから……まだしばらくは休んでいてもらって日が出てからにしようよ」
それだけ言うとシャムはバイクを路側帯に寄せる。予想した通りトレーラーはシャムのバイクをかわして一気に加速をかけて通り抜けて行った。
「それにしても……最近暇よね」
『まあ第二小隊とアイシャは事件捜査で忙しかったみたいだけどな。俺達は蚊帳の外だ』
吉田の言葉でシャムは二週間前のあるシャムの『同類』の起こした後味の悪い事件のことを思い出した。
シャムはいわゆる超能力者、『法術師』である。
シャムにも深い理屈は分からないが地球人達から見て空間を捻じ曲げたり心を読んだり触りもせずに物質を加熱できたりする力は脅威以外の何物でもなかった。
そんな力を持つ人達がマイノリティーとして差別の対象となり始めたことがその事件のすべてのきっかけだとシャムは聞かされていた。
「たぶん隊長の意向だとは思うけど……少しはアタシ達もお仕事したいよ」
菱川重工業豊川工場が近づくと大型車の流れが次第に緩んでいく。シャムはそのままバイクで大型車の間を縫うように走る。そのアクロバティックな動きに思わず焦った鉄骨を積んだトレーラーの運転手がクラクションを鳴らす。
『相変わらず混んでるみたいだな……三車線じゃ足りないだろうが……東和の役所も予算で動いているからな』
「うーん。広くしてほしいの山々なんだけどね。特に昼間は渋滞するから」
そう言いながら前を見たシャムの視線に部隊の駐屯している菱川重工業豊川工場のエントランスゲートが目に入った。
「じゃあもうすぐ着くから」
『待ってるぞ』
通信が切れるのを確認するとシャムは早出で出勤するらしい技術者の乗用車が入り口で係員のチェックを受けるために並ぶ中。その行列の中にバイクで割り込むことになった。
「厳重なのも当然かなあ……」
この前の事件以外にも半年前の法術の存在が公然の事実となってからこの東和を含む遼州と地球圏の関係は流動的で不安定なものになったのはシャムにも理解できることだった。
毎日隣の遼南帝国のある崑崙大陸や同盟非加盟国の多い南半球のベルルカン大陸や実働部隊の怪獣娘こと西園寺かなめの出身国である胡州帝国などの外惑星では法術師によるテロが行われ、アメリカをはじめとする地球圏の対テロ部隊による表ざたにされることのない領域外超法規活動のうわさがまことしやかにささやかれていた。
そして法術を最大限に活用するために開発された人型兵器『アサルト・モジュール』の最新鋭機の開発の中心部であるこの菱川重工豊川工場はには常に危機があると言っても過言ではなかった。
「仕方がないんだよねえ」
シャムにできるのはこうして黙って待っている間に冷えていく指先に息を吹きかけるくらいのことだった。
「寒い」
遠慮なく吹き付ける北からの季節風にシャムは手に手袋が無いのを思い出した。バイクに乗るときには、基本、ジャケットのポケットから取り出したライダーグラブをつけるのが好きだったが、この寒さでは後悔するかもしれないという気になった。
「でも気合を入れなきゃね」
手のひらにはレザーの緊張感が走るが、指は当然剥き出しで、寒さは骨にまでしみる。
「馬鹿やってないで早くしよ」
そう言うと佐藤家の軽トラックの荷台の幌。その隣においてある自分の愛用のスクーターの隣の猫耳つきのヘルメットを被った。なんとなく暖かくなる顔。フルフェイスなのでこの季節風の中を走るのには適していた。
空には星が瞬いている。まだ空が白むには早い時間。
シャムが遠隔キーを操作するとバイクの方向指示器が黄色く点滅した。白い愛用の高出力電動モーターは部隊の整備班が班長の島田正人准尉の肝いりでチューンしただけあって快調に起動した。昨日磨き上げたその車体を眺めてシャムは寒さから一時解放されたかのようにほほ笑むと静かに彼女の低い身長に合わせたかのような小型バイクにまたがった。
「さてと」
そのままクラッチを握り駐車場の斜面に沿ってゆっくりと車輪を滑らせて商店街の歩道に乗り上げるとそのままライトをつける。
魚屋の香りに誘われて集まっていた三匹の猫が突然の光の筋に驚いて駆け抜けていく。
「ごめんね脅かして」
そう言うとシャムはグリップを握りこむ。緩やかに走り出すバイク。軽快なモーターの駆動音が眠ったベッドタウンの豊川市の市街地に響いた。
一気に加速をかけるとカスタムメイドのモーターは唸りをあげる。アーケードが途切れて住宅街を進み、誰も走るもののいない市の動脈といえる駅前から続く道を突っ走るシャムのバイク。その左右の家並みも次第にまばらになったころ、目の前に絶え間なく大型車の流れる幹線道路が現れた。
『産業道路』呼ばれるこの豊川市から東和都心へと向かう大動脈。シャムはためらうことなくそのまま青信号を左にカーブして車の流れに乗る。
「寒いよう……やっぱり毛糸の手袋とかにすれば良かった」
指先の感覚が無くなったりするのを後悔とともに感じながシャムのらバイクは走り続けた。左右には田んぼが広がり、ところどころには大型車目当ての大きな駐車場を持つドライブインが点々とする。東和の首都、東都ではごく当たり前の光景。大陸国の遼南帝国の山岳部族の一員として暮らしてきたシャムには珍しかった光景が並んでいる。
そのとき突然ヘルメットの中のイヤホンに着信音が響いた。ぼんやりとただ正面を眺めていただけのシャムの背筋が反射でピンと立ってしまっていた。
「突然……誰?」
『俺だよ俺』
「俺なんて知らないよ」
『ったく誰にそんな言い方習った』
困ったような声。その主はシャムにもわかっていた。冗談の通じない相棒のいつもの苦笑いを思い出すとシャムには笑みが浮かんでいた。
『いい加減にしろよ』
「わかってるよ。俊平どうしたの?」
第一小隊三番機担当の吉田俊平少佐。全身義体のサイボーグである彼のネットと直結した意識はシャムのヘルメットの猫耳に仕込まれたカメラで薄明かりの中をバイクを走らせているシャムの視線を読み取っていた。
「アタシのすることはいつもお見通しなんでしょ?で、何か用なの?」
『ああ、今朝の畑仕事だが警備部の連中が手伝ってくれるそうだ』
吉田が『警備部』の話題を切り出したことで彼がおそらくは何事かがあって隊に泊まっていたことを知ってシャムは少しばかり不安になったが、それよりも今のような寒い時期に畑の人手が確保できるのがうれしくてさらににこやかに言葉をつづけた。
「そうなんだ。助かるね……機動部隊に動員かけるとかなめちゃん達は嫌がるから誰かに頼みたかったから」
シャムはそう言うと赤に変わった信号の手前でバイクを止めた。背後に巨大なトレーラーが止まる気配を感じる。なぜかそのヘッドライトで背中を照らされて少しばかり暖かくなった気がしてさらにシャムの機嫌は良くなっていた。
『それで……警備部の連中はほとんどがコロニーか外惑星の出身だろ?それだとどうせ植物なんてネットでしか見たことがない連中だから……どれだけ役に立つか微妙なところだがな。とりあえず草でも抜かせるか?』
苦々しげな吉田の様子を想像してシャムは少しばかり意地悪そうに笑いながら静かにバイクを発進させる。ゆっくりとバイクは加速して基地のある菱川重工業豊川工場の手前の信号を通り抜けた。
「この時間に草抜きは……野菜とか抜かれちゃったら大変だから……まだしばらくは休んでいてもらって日が出てからにしようよ」
それだけ言うとシャムはバイクを路側帯に寄せる。予想した通りトレーラーはシャムのバイクをかわして一気に加速をかけて通り抜けて行った。
「それにしても……最近暇よね」
『まあ第二小隊とアイシャは事件捜査で忙しかったみたいだけどな。俺達は蚊帳の外だ』
吉田の言葉でシャムは二週間前のあるシャムの『同類』の起こした後味の悪い事件のことを思い出した。
シャムはいわゆる超能力者、『法術師』である。
シャムにも深い理屈は分からないが地球人達から見て空間を捻じ曲げたり心を読んだり触りもせずに物質を加熱できたりする力は脅威以外の何物でもなかった。
そんな力を持つ人達がマイノリティーとして差別の対象となり始めたことがその事件のすべてのきっかけだとシャムは聞かされていた。
「たぶん隊長の意向だとは思うけど……少しはアタシ達もお仕事したいよ」
菱川重工業豊川工場が近づくと大型車の流れが次第に緩んでいく。シャムはそのままバイクで大型車の間を縫うように走る。そのアクロバティックな動きに思わず焦った鉄骨を積んだトレーラーの運転手がクラクションを鳴らす。
『相変わらず混んでるみたいだな……三車線じゃ足りないだろうが……東和の役所も予算で動いているからな』
「うーん。広くしてほしいの山々なんだけどね。特に昼間は渋滞するから」
そう言いながら前を見たシャムの視線に部隊の駐屯している菱川重工業豊川工場のエントランスゲートが目に入った。
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「厳重なのも当然かなあ……」
この前の事件以外にも半年前の法術の存在が公然の事実となってからこの東和を含む遼州と地球圏の関係は流動的で不安定なものになったのはシャムにも理解できることだった。
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