610 / 1,473
第36話 漏洩
漏洩
しおりを挟む
見事な細工の石灯籠。その灰色の御影石に入る龍の文様。見るものには主張が強すぎるように見えるその空想上の生き物には眼が入れられていない。一人の着流し姿の男が剣の手入れを休めてその空虚な空洞に目を遣った。縁側をなびく冬の冷たい風が手にした紙切れをサワサワと揺らす。男はその瞳が無いことに満足したというように笑みを浮かべた後、そのままの表情で手にした刃の流れるような波紋を眺めていた。その波紋は脂のようなものでテラテラと光る。その様がさらに男の笑みを薄気味悪いものへと変える。
「旦那……寒くないですか?」
男に後ろから話しかけた北川公平はダウンジャケットに首の周りには襟巻きを巻いて寒そうに手を合わせてさすっていた。彼もこんな男、桐野孫四郎と一緒に行動するのはうんざりしていた。昨晩は桐野の旧友だというこの家の主と飲んでいるときも居心地が悪いことこの上なかった。
主は次々と収集したという武具やら日本刀やらを二人の前に引き出してきては満面の笑み浮かべた。桐野は甲冑や鉄砲には目もくれずにただ剣が出てくるとその一つ一つを引き抜いてしばらく眺めてみては静かに鞘に収めた。こう言う成金にはとりあえずお世辞でも言えばいいのにと思う北川だが、そんな世渡りのことなど桐野には眼中にない。時々、『これは折れる』とか『斬れないな』などとけちを付ける度に家主の顔が醜く歪む。最後には勝手にしろとばかりに席を立った家主を何とかなだめてこうして家においてもらっているのに、肝心の桐野は自分の剣の手入れにしか関心が無いらしい。
桐野はしばらく北川の問いかけに無視していた。
「気合の問題だな……」
突然その薄い唇から言葉が発せられた。答えていると言うよりも自分に言い聞かせている。そんな様子はいつものことだった。北川はとりあえず桐野が自分の言葉を聞く用意があることを確認できてほっとするとそのまま縁側に腰掛けた。
「前置きはいい。昨日の俺の態度が気に入らないと言う愚痴も結構だ……それより……見つかったのか?」
自分の無愛想の自覚があるのか。桐野の妙な言い回しに思わず顔がにやけそうになるのを引き留めながら北川は懐から携帯端末を取り出した。
「豊川警察署に勤務中の同志からの情報ですが……」
そう言うとキーを操作してすぐに一人の男の顔写真を表示させた。映し出された一人の中年男。特徴がないのが特徴というようなその顔を一瞥すると桐野はそのまま視線を庭に向けてしまった。
「水島勉……聞いたことが無いな」
「旦那。それは冗談で言っているんですよね」
投げやりな言葉にすぐに桐野の虚ろな視線が北川に注がれる。肝を冷やすとはこのことか、北川は桐野の手が鞘に納まった剣から離れているのを確認して大きく息を飲んだ。
「どういう了見で暴れてるのか分かりませんからね。だからすぐに斬りかかるのだけは勘弁して……」
「保障はできないな。相手がこちらの能力を奪って来るならこちらもそれなりに覚悟はするつもりだ」
桐野はそう言うと再び剣を抜いた。突然の動きに驚く北川をあざ笑いながら桐野はすばやく剣を鞘に戻す。
「珍しい力です。太子も大層関心を持っていらっしゃる。できれば生きたまま捕まえたいですから。斬るのは最後の手段にしてくださいよ」
そう言うと北川は立ち上がる。
『この人殺しは……そのうち俺のケツにも火がつくかも知れねえな』
心の中でそう思った北川はそのまま暖房の効いた部屋へと戻っていった。
「別に理想があるわけじゃないんだよ俺は。人が斬りたいんだ……」
独り言のようにつぶやいた桐野はそのままうっとりとした目で自分の業物をまじまじと眺めていた。
「旦那……寒くないですか?」
男に後ろから話しかけた北川公平はダウンジャケットに首の周りには襟巻きを巻いて寒そうに手を合わせてさすっていた。彼もこんな男、桐野孫四郎と一緒に行動するのはうんざりしていた。昨晩は桐野の旧友だというこの家の主と飲んでいるときも居心地が悪いことこの上なかった。
主は次々と収集したという武具やら日本刀やらを二人の前に引き出してきては満面の笑み浮かべた。桐野は甲冑や鉄砲には目もくれずにただ剣が出てくるとその一つ一つを引き抜いてしばらく眺めてみては静かに鞘に収めた。こう言う成金にはとりあえずお世辞でも言えばいいのにと思う北川だが、そんな世渡りのことなど桐野には眼中にない。時々、『これは折れる』とか『斬れないな』などとけちを付ける度に家主の顔が醜く歪む。最後には勝手にしろとばかりに席を立った家主を何とかなだめてこうして家においてもらっているのに、肝心の桐野は自分の剣の手入れにしか関心が無いらしい。
桐野はしばらく北川の問いかけに無視していた。
「気合の問題だな……」
突然その薄い唇から言葉が発せられた。答えていると言うよりも自分に言い聞かせている。そんな様子はいつものことだった。北川はとりあえず桐野が自分の言葉を聞く用意があることを確認できてほっとするとそのまま縁側に腰掛けた。
「前置きはいい。昨日の俺の態度が気に入らないと言う愚痴も結構だ……それより……見つかったのか?」
自分の無愛想の自覚があるのか。桐野の妙な言い回しに思わず顔がにやけそうになるのを引き留めながら北川は懐から携帯端末を取り出した。
「豊川警察署に勤務中の同志からの情報ですが……」
そう言うとキーを操作してすぐに一人の男の顔写真を表示させた。映し出された一人の中年男。特徴がないのが特徴というようなその顔を一瞥すると桐野はそのまま視線を庭に向けてしまった。
「水島勉……聞いたことが無いな」
「旦那。それは冗談で言っているんですよね」
投げやりな言葉にすぐに桐野の虚ろな視線が北川に注がれる。肝を冷やすとはこのことか、北川は桐野の手が鞘に納まった剣から離れているのを確認して大きく息を飲んだ。
「どういう了見で暴れてるのか分かりませんからね。だからすぐに斬りかかるのだけは勘弁して……」
「保障はできないな。相手がこちらの能力を奪って来るならこちらもそれなりに覚悟はするつもりだ」
桐野はそう言うと再び剣を抜いた。突然の動きに驚く北川をあざ笑いながら桐野はすばやく剣を鞘に戻す。
「珍しい力です。太子も大層関心を持っていらっしゃる。できれば生きたまま捕まえたいですから。斬るのは最後の手段にしてくださいよ」
そう言うと北川は立ち上がる。
『この人殺しは……そのうち俺のケツにも火がつくかも知れねえな』
心の中でそう思った北川はそのまま暖房の効いた部屋へと戻っていった。
「別に理想があるわけじゃないんだよ俺は。人が斬りたいんだ……」
独り言のようにつぶやいた桐野はそのままうっとりとした目で自分の業物をまじまじと眺めていた。
0
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 『修羅の国』での死闘
橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった
その人との出会いは歓迎すべきものではなかった
これは悲しい『出会い』の物語
『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる
法術装甲隊ダグフェロン 第三部
遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』は法術の新たな可能性を追求する司法局の要請により『05式広域制圧砲』と言う新兵器の実験に駆り出される。その兵器は法術の特性を生かして敵を殺傷せずにその意識を奪うと言う兵器で、対ゲリラ戦等の『特殊な部隊』と呼ばれる司法局実働部隊に適した兵器だった。
一方、遼州系第二惑星の大国『甲武』では、国家の意思決定最高機関『殿上会』が開かれようとしていた。それに出席するために殿上貴族である『特殊な部隊』の部隊長、嵯峨惟基は甲武へと向かった。
その間隙を縫ったかのように『修羅の国』と呼ばれる紛争の巣窟、ベルルカン大陸のバルキスタン共和国で行われる予定だった選挙合意を反政府勢力が破棄し機動兵器を使った大規模攻勢に打って出て停戦合意が破綻したとの報が『特殊な部隊』に届く。
この停戦合意の破棄を理由に甲武とアメリカは合同で介入を企てようとしていた。その阻止のため、神前誠以下『特殊な部隊』の面々は輸送機でバルキスタン共和国へ向かった。切り札は『05式広域鎮圧砲』とそれを操る誠。『特殊な部隊』の制式シュツルム・パンツァー05式の機動性の無さが作戦を難しいものに変える。
そんな時間との戦いの中、『特殊な部隊』を見守る影があった。
『廃帝ハド』、『ビッグブラザー』、そしてネオナチ。
誠は反政府勢力の攻勢を『05式広域鎮圧砲』を使用して止めることが出来るのか?それとも……。
SFお仕事ギャグロマン小説。
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
【完結】そして、誰もいなくなった
杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」
愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。
「触るな!」
だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。
「突き飛ばしたぞ」
「彼が手を上げた」
「誰か衛兵を呼べ!」
騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。
そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。
そして誰もいなくなった。
彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。
これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。
◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。
3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。
3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました!
4/1、完結しました。全14話。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる